129 移動手段
「歩くの飽きた」
俺は唐突に思った。
いや、別にそこまで唐突でもない。
我が農場も発足から一年以上が過ぎ、それに応じて広大になった。
畑の面積も増えたし、田んぼや水路もある。
周囲に先生のダンジョンやヴィールのダンジョンなど通う場所もあるし、各自担当者の要請でその間を忙しなく行き来する必要性も多くなった。
自然移動が多くなり、単なる移動時間に浪費を感じてしまう昨今。
ついイライラしてしまう。
こんな長閑な異世界に移り住んだというのに、まだ時間の無駄を苦痛に感じてしまうのは現代人が背負う呪いか何かだろうか?
最初のうちは、移動中眺める景色の美しさに気も紛れたが、毎日となるともう飽きた。
心が倦む。
というわけで、この無駄な移動時間を出来るだけ短縮する方法はないかと考えてみた。
「あ、あのー……」
おずおずと手を挙げる者がいた。
魔族娘のベレナだった。
「私を利用してはどうでしょう? 私の使う転移魔法なら、どんな場所でも一瞬で移動できます」
転移ポイントのある場所ならな。
「農場内に転移ポイントを増設し、必要に応じて私が転移魔法を使って聖者様をお連れすれば各所を一瞬で移動できます! 私の利用価値も上がって皆ハッピー!」
彼女の主張の最後の部分はよくわからんかったが……。
相変わらず自分の存在価値を探し出すことに貪欲な子だ……。
ベレナの案が通れば、それこそ彼女専門の仕事が出来て胸も張れようが……。
「ダメだろ」
バッサリ却下したのはエルフのエルロンだった。
「何故!?」
「転移魔法の恐ろしさは、転移魔法使いのアンタが一番よくわかっているはずじゃないのか? たしかにアレは数ある魔法の中でもっとも便利なものだ。だからこそ敵が使う時もっとも恐ろしい魔法となる」
その指摘にベレナは「うぐッ!?」と表情を歪めた。
「どういうこと?」
「だからな聖者様。転移魔法は離れた場所へ一瞬にして移動することができる。それを使って敵が攻めて来たらどうする? って話なのよ」
そう言われるとたしかに。
転移魔法で大勢の敵が目と鼻の先に現れたら、対処は相当難しくなるだろう。
「直接攻めてくる敵だけに限らない。元盗賊の意見で恐縮だが、敷地内に転移ポイントを置いた屋敷は泥棒から見れば格好のカモだ。厚い塀や数多くの衛兵などを素通りできる」
「でも転移ポイントには座標コードがあって、それがわからないと使用できないんでしょ?」
「蛇の道は蛇だ。盗賊の中には、金庫を開けるように特定の転移ポイントを解析し、座標コードを特定してしまう鍵師がいる。ここのように存在自体を知られていないポイントならともかく、あるとわかった転移ポイントの開錠は、鍵師の腕次第で五分五分の確率だ」
「なんと」
なので転移ポイントを設置する時は、けっして重要拠点の奥深くではなく、外のなるべく離れた場所にする。
それなら万一座標コードを特定されて急襲された場合にも、対処がとりやすいからだ。
そして数も、できるだけ必要最低限。一つ以内に収めるのが定石とのこと。
「この場合、転移ポイントを徒に増やすのは、侵入者が入り込む裏口を増やすに等しい。防犯の観点から賛同できない」
元は魔国、人間国を股にかけて荒らし回った盗賊団首領の言葉だから説得力に溢れかえっている。
「でもさ、そこまで用心すべきかな?」
お城とか貴族の屋敷ならともかく、ウチなんかただの農場だよ?
「忍び込んだり攻め込んだりしてまで奪い取りたいものが、ウチにあるかな?」
「ありすぎるよ!!」
物凄い剣幕で言われたのでビビった。
「聖者様は、この農場がどれだけの宝の山で溢れかえっているかわからないのか!? 畑で採れる野菜は、どれも世界一の味を持っているし、プラティたちが作る魔法薬は一級品! 漬け物と酒もそうだ! 使用される金物は全部マナメタル製で、鋳潰して鉱物に戻しただけでも数年遊んで暮らせる金になるけど、鍛冶の出来がいいからなおさら付加価値が出る! それから……!!」
「わかった、わかった」
防犯には気を付けよう。
安全性と利便性は反比例の裏表か。
「たしかに侵入の恐れのある裏口をたくさん作るのは不安だ。ベレナの案は却下で」
「うわああああんッッ!!」
ベレナが泣きながら走り去っていった。
そろそろ本当に彼女のテコ入れを考えてあげないと……。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
今度はヴィールが意見具申。
「必要な時は、おれがドラゴンの姿でご主人様を運べばよかろう。ドラゴンの翼をもってすれば世界の果てまで行くことも容易い!」
「さすがにそれは行き過ぎかと……?」
それに大袈裟になりすぎない?
行くとこ行くとこドラゴンをもって飛来して来たら迎える人たちいちいち圧倒しまくりなんですが。
「それにヴィールは気まぐれでどっかに行ったりゴロゴロして動かなかったりするじゃん。来てほしい時すぐ来てくれるとは思えないから、やっぱり却下だよ」
「ちっ」
それに。
どうせ高速での移動手段を確立するなら俺一人でなく全員に分け隔てなく利用してほしい。
今ではオークボやゴブ吉も重要な中間管理者で農場内を忙しなく飛び回っているし、プラティも俺の代理を務めてくれることが多い。
そういう意味でもヴィールはどうせ俺以外を運ぼうとはしないだろうし、さっきのベレナの案でも転移魔法を使えるのが彼女のみということを考えて、農場の住民全員の移動をカバーすることは不可能だ。
「……やっぱり馬、かな?」
この世界に、馬に乗って移動する習慣があるのかどうかは知らないが。
機械文明に頼らず移動速度を上げるとしたら、それが唯一の選択だろう。
と言うか、これまでの経験からして前の世界での固定観念に囚われるのはダメだ。
馬と限定せず、とにかく人間大が跨がれて広範囲を走り回れる生き物なりモンスターなりがいれば理想的だ。
それを数揃えて農場で飼育し、必要な者が必要な時に使えるシステムを作り上げる。
「新しい目標できたな」
我が農場、伝馬制構築計画。
ここに始動だ。
* * *
「ん?」
この計画を発表した直後、ヒュペリカオンのポチが俺の前にやってきた。
「……どうした、俺に背中を見せて? ……まさか。乗れって!? お前が俺たち乗せてあちこち移動する気か!? 無理だろ!? いやいや無理! 大丈夫じゃない! そんな自信満々な表情されてもダメ! ……おいオークボ乗るな! お前の巨体じゃなおさら無理だ! 小柄なゴブ吉なら大丈夫って意味じゃない!! とにかくやめろッッ!!」