1296 ジュニアの冒険:社交は不可避
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ハロー僕ジュニア。
現在、見識を広めるために世界中を旅して回り中。
その途上、人間国にてその指導者リテセウス大統領さんが歓迎パーティを開いてくれることとなった。
僕のために。
マジで?
僕、国賓扱いらしい。
国賓とは。
国が歓迎する賓客のことを指す。
何故そこまでVIP待遇なのかと言うと、僕が聖者の息子で農場国の王子様だから……と言うのがすべてであろうか。
僕自身は極まった一般市民でいるつもりなのではあるが。
そんな小市民な僕としては大袈裟なお気遣い無用としたいところではあるんだが、そうは問屋が卸さないのが国と国との事情らしい。
特に現地・人間国を率いるリテセウスお兄ちゃんとしては、自国に立ち入った超VIPに対して何もしないのであれば威信に関わることだし信用問題にもなってしまうからスルーは絶対不可らしい。
――『他国の重要人物に何のもてなしもしない国なんて誰からも信用されなくなる!!』とのこと。
そうなると僕自身としては逃げ出すわけにもいかない。
寸前で逃げたりしたら人間国とリテセウスさんに特大の失礼をぶちかますことになってしまう。
それはパーティに出たくない心理二〇〇%な僕でもやってはいけないことと心得ている。
何故そこまでパーティに出たくないのか?
だって怖いんだもん!!
ドレスコードとか! マナーとか!
その場限りの特別ルールが蔓延している社交界超怖い!!
僕は、そういうこととは無縁の一般社会で暮らしてきたので、まったく別法則の別世界に飛び込むなんて恐怖しかないに決まっているじゃないか!
ナイフとフォークは外側から使えだとか、スープはスプーンを奥から手前に入れて掬えだとか、カレーライスはルーが左側になるように置けだとか、渋沢栄一は不倫してたから結婚式のご祝儀に相応しくないだとか……!
わけわかんないよッ!!
そんなことフツーの家庭でフツーに生きてきた僕にとっては難解すぎる世界だよ!
ノリと思い付きで新しいマナーを続々開発するな!!
そういうわけで国家主催のパーティなど僕にとっては恐怖の対象でしかない。
何とかスルー出来ないかと周囲に相談してみたところ……。
「無理だろう」
「無理でしょうね」
冒険者ギルドに戻って即相談したところ、ギルドマスターさんとギルド職員のサリメルさんから揃って言われた。
「大統領にとってもメンツに関わることだし、何もなしではいられないだろう。お前さんは世界の要人だってことを自覚した方がいいぞ」
「そうです、今や農場国はれっきとした大国の一員。その後継者を歓迎しないとなれば下手をすれば国際問題になります。ジュニアさんは、自分が原因で人間国との関係がこじれてもいいんですか?」
そんなことをハッキリと言われてしまうと……!
うう……!?
「それに個人的な問題を取り上げてもリテセウス大統領は農場で修行して、あそこまでの力を身に着けたんだろう? いわば彼にとって農場は恩人、足を向けて寝られぬ相手。その農場主の息子であるお前さんを歓待しないわけにはいかないだろう」
やっぱりそうですか……。
うごごごご……!
避けて通れぬ道なのか……!
そんな頭を抱える僕を見て、受付嬢サリメルさんは不思議そうに……。
「ジュニアさんは何を悩んでいるのでしょう? 首脳部から歓待を受けるなんて栄誉なことではないですか?」
「農場の人たちは一般的な世の理で動いているわけじゃない。我々一般市民にとってありがたいことでも彼らにとっては特に意味もない。……そんなことはよくあるのだ」
「そ、そうなんですか?」
「あとサリメルくん、あわよくばジュニアくんの担当職員としてパーティに同席しようとか考えていないよな?」
「ななななな、何をそのような!?……でも私がサポートに入ることでジュニアさんが安心できるならアリなのでは?」
「やっぱり企んでやがったか。そもそもお前がジュニアくんの担当職員になったという正式な事実はないだろう。なし崩し的に地位を確立しようとするな」
「ううぅ……!?」
ギルドマスターに釘を刺されて意気消沈するサリメルさんであった。
「ジュニアくんぐらい実力、地位、人徳を兼ね備えた人物に近しくなれば美味しい思いができる、そう考えるのは致し方のないことだが、ギルド職員の本分は冒険者をサポートしてクエストの成功率を上げること。それをそっちのけにして自分の栄達のみを追い求めるような輩を重要ポジションに就けさせられないことは覚えておけ」
「は、はい……!」
「それに社交界については、これくらいジュニアくんの独力で乗り越えてもらわなければ頼りなさすぎる。彼もまた農場国の次期国王として試練の只中にあることを考慮しておきなさい」
「はい……!」
ギルドマスターからの厳しい意見に何も言えないサリメルさん。
僕も何も言えない。
たしかに僕の旅の目的は、将来立派に父さんの跡を継げるように成長すること。
それを考えれば苦手だからと言ってマナーや社交を避けていくのは趣旨に反する。
むしろ苦手だからこそこちらからぶつかっていって、苦手を克服すべきではないのか。
そうだ!
この旅を終えた時、父さんや母さんから『立派になったなあ』と言われるようにならねば旅する意義そのものがなくなる!
そのためにも苦手なものほど率先して当たり、克服していかねば!!
リテセウスお兄ちゃんからの誘いは、苦手克服のための貴重な機会と認識しろ!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!
「ジュニアくんが燃えている!?」
「モチベ上がるのはいいけど、そのたびに気を噴出するのやめてくれないかなあ。室内で暴風吹き荒れるのけっこう被害甚大なんだけど」
「書類が飛び散る!?」
すみません、つい興奮してしまって。
しかし、苦手意識と向き合う決意をしたとしても、どうやって対処していくかは別の話なのでしっかり考えていかなければ。
マナーについてまったく知見のない僕が社交界に飛び込むなど、何のサバイバル装備もなしにジャングルに飛び込むのと同じこと。
絶対に対策が必要だ。
よし、ここは……。
母さんに相談だ。
僕は魔法チャンネルをオンにして母さんへの通信を試みた。
とぅおるるるるるるるる……。
とぅ~るるるるるるるるるる……。
繋がった。
『はいはい、どうしたのジュニア? 久しぶりね? ちゃんとご飯食べてる? 夜更かししてない? 何か困ったことがあったらすぐ言うのよ。いや、困ったことがあったから連絡してるの? どうなの? どうなの?』
久々に通話したら母さんからのトークが怒涛だった。
「えッ? っていうか何なんですかあの魔法? 離れた相手と声だけでやり取りできるとか画期的過ぎるんですけど」
「あれが農場の常識だ。いちいち驚いていたらキリがないぞ」
傍から見ているギルドマスターさんたちの感想が耳に痛い。
我々と彼らの常識のギャップをできる限り狭めないとな。
それより今は……。
『なんだなんだ!? ジュニアからの通信なのか! おーいヴィールなのだー! ジュニア元気か? 旺盛かぁー!!』
『いや待てここは父親である俺がまず話をだな……!』
ダメだ。
本題に入ろうとしたところ回線が混雑している。
ひとまずはそれぞれとお話しして、混乱を収めていく。
久々に家族と話をしたが、皆変わりがなく元気なようでよかった。
それで、そろそろ本題に入りたいのですが……。
『なるほど……社交は王族にとっては避けては通れない。ジュニアにも試練の時が来たというわけね』
人間国の僕・歓迎パーティの話をやっと母さんに伝えることができた。
ここで『そこまで気を使わないようにリテセウスくんに話をしておきましょう』という流れにならないか若干期待したが、そうは甘くなかった。
『ジュニア、いずれ旦那様の跡を継ぐアナタにとって社交を疎かにするわけにはいかないわ。一人前になった暁にはアナタ自身が魔国や人間国、それに人魚国の偉い人たちと交渉して、自国の優位を保っていかないといけないのよ』
はい、わかっております。
その点は、そこのギルドマスターさんから散々指摘を受けましたので。
『しかし安心なさい。この母、元は人魚国の第一王女。その辺りのマナーや社交術はしっかりと叩き込まれてきたわ。それらの必要な教養知識を、今度はアタシがアナタに叩きこむ!』
おお、頼もしい!
王女様としての母さんは僕にとっては馴染み浅いが、しかし今はそれが特段頼もしい!
『それでは、社交の極意をアナタに伝えましょう。この言葉を胸に刻みなさい』
ハイッ!
『敵対する相手は、殴って黙らせろ!』
……。
母さん、それが社交なんですか?
『そうよ! アタシが王女時代、ダル絡みしてくる相手はそうやって黙らせてきたものよ! 学生時代、入学早々上級生のほとんどを退学に追い込んだエピソードも、今となっては懐かしいわ……!』
『聞く相手を間違っているのだー』
ヴィールの指摘がすべてを物語っていた。
そうだった。
我が母のことゆえに僕も実感していることだったが。
母さんは大抵のことは拳で解決する類の人だった……!
人選ミスだ。
誰か他の人に尋ねなければ。






