1294 ジュニアの冒険:無駄ではなかった
こうしてすべての言い訳を塞がれた魔法学院長。
しかし、悪党は悪党でも小悪党であればあるほど最後は見苦しいものだ。
「くそう、オイラはまだ終わらんぞ!」
それまでブルブル青褪めていたのが、ヤケクソ気味に立ち上がる。
「こうなったら、ここにいる全員を皆殺しだ! 目撃者さえいなくなれば捜査も遅れる! そうしてできた時間を利用して逃げおおせてくれるわ! そしてもう一度誰も知らない土地で商売の再開よ!!」
自信たっぷりに叫び散らかす学院長に、僕もベレナお姉さんも先生も一斉にため息をついた。
僕らだけならまだしも、先生までいるこの状況で何を仰っているのか?
「仮にもオイラは魔法学院長を名乗っていた、その魔力を甘く見るな! お前らぐらいアッと言う間に消し炭に……!」
「右手から獄炎霊破斬、左手から氷輪絶寒波を、交互に五十四連射」
「あぎゃぽぅわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」
出た。
ベレナお姉さんの十八番、異なる魔法を右手左手から交互に激速で連発する魔法運用。
純粋な威力もそうだが、その連続性継続性に耐えきれる魔導士は人間の中にはおらず、必ず押し切られて崩壊する。
あの技を出してベレナお姉さんが敵を倒せなかったところを、僕はまだ見たことがない。
先生とヴィールとホルコスフォンとレタスレートと母さん以外では。
当然、学院長もご多分に漏れず、激流の前のボーフラのように一瞬たりとも耐え切れず押し流されていった。
「おんごっほぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」
叫び声だけがやたらと響き渡る。
「魔法の達人を名乗るなら、せめて一撃目ぐらいは凌いでほしかったものね。一瞬だって耐え切れなかったじゃない。それ自体、アナタの魔力がせいぜい凡人並みであったという証拠よ」
『実力行使が却って自分の詐欺行為を証明させるとは、哀れなものよのう』
学院長は、一パーセントも相殺できなかったベレナさんの魔法攻撃をまともに浴びてズタボロとなり、息絶え絶えで痙攣するばかりだった。
あれだけボロボロでもかろうじて生きているとは。
ベレナさんの謎の手加減能力。
しばらくして駆け付けてきた官吏の人たちに、唇をフルフルさせるだけの学院長は連行されていった。
しかしながら学院長、連行の間際にクワッと目を見開き……。
「待て待て待て待てぇえええええええッッ!! これは陰謀だ! 捏造の証拠で私を陥れようとしている! 欺瞞だ! 捏造だ! 陰謀だぁあああああッッ!!」
と力いっぱい叫び散らす。
なんという末期の醜さ。
「詐欺師が最期に言い放つセリフのオンパレードですねえ。何が陰謀よ、自分が陰謀企てたから捕まったんでしょうに」
ベレナさんも披露感たっぷりのため息をついた。
「詐欺の立件て、疲労感が溜まるんですよねえ。詐欺師なんて小数漏らさず小悪党なんだから誅したところで達成感はないし、だからといって犯罪は犯罪だから放置しておくわけにはいかない。本当につまらない仕事です……」
『“ざまぁ”好きなら少しは遣り甲斐があるのかのう』
先生、“ざまぁ”という概念を知ってるんだ……。
さて、首魁である学院長の化けの皮が剥がれることで、魔法学院自体が丸ごと詐欺機関であることが判明した。
何も知らない多くの人を騙して、お金を吸い上げるシステムと化していた。
学院長以外の、ここで働いていた教師たちも……。
「違うんです! 私たちは騙されて仕方なく……!」
その一人、僕をここまで案内していた中年教師が言った。
「魔国で職を失い、路頭に迷っていた私にアイツが話しかけてきたんです。『いい仕事がある』と……! それが魔法教師を騙ることなんて夢にも……! 詳しい内容を知った時には既に詐欺の片棒を担いでいるような状態で、密告もできず……!」
「自分も捕まる覚悟でチクればよかったじゃない」
ベレナさんの容赦ないツッコミが飛ぶ!
このお姉さん、捜査の時はこんな性格になるの? こわ!
『こんな素人から仲間を募っていたとはのう』
「下手に同業者を頼れば、裏切られたり乗っ取られたりする可能性もありますからね。駒として操るなら自発的に考えたりしない素人の方が安全確実と判断したんでしょう」
『同じ詐欺師なら、自分をも欺いてくる可能性がある、か……』
こうしてすべてがウソで塗り固められていた魔法学院は、どう考えても継続は難しいだろう。
教師全員が詐欺で捕まることになるだろうし。
教える者が誰一人としていなくなったら、学校もどう立ち回って行けばいいんだか。
「あああああああ、あの! あのあの! すみません!!」
「はい?」
いきなり縋りついてくる。
誰かと思えばリタニーさんじゃないか。
さっき会話した魔法学院のエリート生徒。
そんな彼女がベレナさんのムチムチの足に縋りついている。
「お願いします! アナタの弟子にしてください!!」
「ええッ!? なんでッ!?」
彼女の目的はベレナお姉さんの弟子となること?
どうして?
まあ魔法学院が崩壊したことによる対処か。ある意味真っ当な。
「学院長をふっ飛ばした魔法! 本当に素晴らしい、威力も構成もハイレベルなものと見ただけでわかりました!」
「あら、見る目のあるお嬢さんね」
ベレナさん……。
相変わらずちょっと褒められただけでご機嫌に。
根底に強い承認欲求があるんだろうなあ。
「このままでは魔法学校がなくなるのは間違いない! でも、アナタに弟子入りしてご指導を賜れば、私はきっと魔法学院で学ぶ以上の大魔法使いになれる! どうかお願いです! 私を弟子にしてください!!」
「うーん、そう言われても……!?」
ベレナさんは悩ましげにうめく。
元々この人は事務処理のヒトデ、人材育成にはあまりかかわっていないからなあ。
それに魔法学院の生徒はリタニーさん一人だけじゃない。
他にも数十人はいる。
それらの人を無視してリタニーさんだけ特別に?
そういうわけにはいくまい。
物事は複雑な方向へとシフトしていく。
「アナタを見て納得しました。ジュニアくんに魔法を教えたのもアナタなんでしょう!?」
「え?」
「私もアナタに習えばあれぐらいの魔法操作すぐ! 栄光の階段はここにあったんだ! 何卒よろしくお願いします!!」
そう平身低頭されてベレナさん、気まずそうに明後日の方向を向いている。
……先生まで?
「ジュニア様が私の弟子なんて……そんなそんな、恐れ多い……!?」
『ワシでもジュニアくんの指導は恐れ多いですからのう……!?』
へッ? 先生まで?
『いや、基礎的なことはワシも教えましたぞ。しかしジュニアくんはなあ……、物心つく前から精霊と戯れ遊んで、精霊の方から好かれているというか……!』
「そんな状態のジュニアくんですから、魔法を学ぶまでもなく精霊が力を貸してくれるんですよね」
『ジュニアくんの使う魔術魔法は、魔術魔法のようでいて魔術魔法にあらず』
「何と言うか呼吸というか。日常の何気ない動作と変わらないんですよね。手足の延長線上で精霊が動いてくれるというか……!」
『これはもはや魔法ではなく……何と呼べばいいかの?』
僕そんな凄いことを知らず知らずのうちにやっちゃってたんですか?
でも僕、先生たちに習って詠唱もちゃんとしていますが?
『そりゃあ、親しき中にも礼儀ありですからのう』
「詠唱は、神や精霊に捧げる祈りと感謝の言葉なんです。感謝を忘れればすぐに傲慢になり、折角愛してくれる精霊からも見捨てられることになりかねませんよ」
なるほど。
そんな気持ちで二人は僕に詠唱を徹底させていたのか。
どんな時でも感謝を忘れない、その通りだ。
僕はこれからも詠唱をかかさずしていくぞ。
『……てなわけで』
先生が向き直る。
そこにはリタニーさんを含めて魔法学校の生徒たちが、捨てられた子犬のような目で見上げていた。
『急に指導者を失ったキミたちの心細さ、察するに余りある。今日までキミたちは日々ひたむきに努力してきたことであろう。夢のため、家族のため、様々な理由で積み重ねてきた日々が無駄になってしまうかもしれないというのは、想像を絶する恐怖であろう』
……皆が先生の言葉に聞き惚れている。
『その一方で、キミたちが今日得たものがある。それは、ヒトを騙して利益を得ようとする者は逆に失うということじゃ。キミたちを騙してきたニセ教師たちは悪事を暴かれ、裁きを受けることとなる』
ヒトのためにならない努力は、何事にも結びつかぬという実証にもなった。
『ヤツらとて努力をしたであろう。いつわりの魔法学校を開くために権力者の後援を募り、場所を整え、キミたちを募集した。そうした行為も努力に当たるのか、……違う』
先生、言う。
『ヒトをためを想わぬ努力を、ワシは努力とは呼ばぬ。自分のためしか考えない努力は結局何の益ももたらさぬ。今日、キミたちはその事実を、とある小悪党の末路が示してくれた。キミたちはそれを教訓としなければならぬ。さらに先へと進むために』
「朗報でーす」
先生の説教が充分効いたところで、ベレナさん登場。
「ここ魔法学院には臨時で講師が在中することになりました。皆さんは引き続き、その人から指導を受けてくださいねー」
皆からの歓声が上がった。






