1292 ジュニアの冒険:見透しの女
僕、ジュニア。
新法術魔法で最強を得たものは実際にいる。
例えばS級冒険者、二代目シルバーウルフことコーリーお兄ちゃん。
彼は一時期、農場国で開拓者として働いていて、そのお陰で新法術魔法を学ぶ機会があった。
それと時折摂取していたドラゴンエキスの効力と併せれば、それこそ次元を画した身体能力を発揮できるのは自明。
もちろんコーリーお兄ちゃん自身の努力もあってこそだが。
さらに最たる例はレタスレート。
ヤツはマジでヤバい(語彙力消失)。
何年前だったが、次元を破って究極破壊神がこの世界に襲来したことがあったが、それをたった一人で倒したのがアイツだ。
あまりにも瞬殺で、異変に気付いて駆けつけようとしたヴィールや先生や父さんも間に合わなかったほどだ。
討伐理由は、レタスレートの豆畑を破壊神が荒そうとしたから。
あくまで『荒そうと』なので実際荒したわけでもないのに原型とどめないほどにタコ殴りにするんだから恐ろしい。
『ヤツの畑にだけは何があっても手出ししない』と幼いながら恐怖に誓ったものだ。
そんな法術魔法だが、こんな便利なものだからさっさと人族の間に流行らせればいいのに、と思ったが、ストップをかける人たちがいた。
ギルドマスターやリテセウス兄ちゃんなど、現在この国のトップにいる人たちだ。
――『こんな凄まじいものがいきなり浸透したら絶対混乱する! 下手をすれば戦争になる!』
――『もっとスムーズに安全に浸透する方法を考えてから! そうでないと危険すぎて許可できない!!』
ということで手をこまねくこと十年。
まったく何も進んでおりません。
「魔法を教えているというのに法術魔法にノータッチ。もはや杜撰で済まされる話でもありません」
ここで一つの疑問が浮かぶ。
これまで調子のいいことばかり言い放っている学院長。
しかしその発言一つ一つは特に根拠のない、いい加減なものばかりだ。
そこで父さんのいつか言った言葉が浮かぶ。
――『いいか、洗濯物は裏返して洗うと柄が落ちにくいぞ』
違う、それじゃない。
心のダイアリーから再検索……。
――『根拠もなく景気のいいことばかり言うヤツは、詐欺だと思いなさい』
そうそれ。
学院長、アナタのムーブはまさしく詐欺師のそれ!
アナタ本当に魔法に一家言お持ちなのですか!?
「なななッ、何を言い出すのだッ!?」
あからさまに動揺しだした。
わかりやすい。
「この世界中で私より魔法に詳しい者はいないぞ! 祖国魔国では『魔法に詳しい年間ランキングトップ5』内に常にとどまり続けたものだ!」
何ですかそのランキング?
そうやってすぐよくわからない権威を持ち出して根拠づけにしようとするところもまた詐欺っぽい。
「その『魔法に詳しい何チャラ』ってのは、どこが出した指標なんです? 公営? 私営?」
「そんなもの、魔国が直々に出したに決まってるじゃないか!」
少しも戸惑わずに即答できたところが逆に怪しい。
あたかも回答を用意していましたとばかりに。
「それを証明するものはありますか?」
「いやぁー、直に魔王府に問い合わせないとなぁー、国外からじゃどうもなぁー」
人間国から国境またいでの確認は物理的に不可能。
真偽証明不可能な主張で煙に巻こうという魂胆か。
そんなことをして怪しさはますます膨らんでいるが、決定的に『クロ』と確定できるものがないのもなた事実。
そうやって逃げ切るのも詐欺師の常とう手段だ。
しかし逃げ切らせはしない。
僕だってそれ相応の準備をしてここまで来たんだ。
ここで助っ人に登場してもらおう!
カモン! タツロウ!
僕の召喚陣を通して現れたのは……!
妖艶に美しい魔族の女性だった!
「な、何者だッ!?」
それを見て学院長は驚き慌てる。
さもあろう、同族となれば外の人間(人族)からはわからない詳しい事情にも精通している。
雑な出まかせが七十パーセントは封じられるだろう。
しかし、それだけで済むと思ったら浅はかさが千パーセントだ。
ここに呼び出したのは、ただの魔族ではないのだから。
「よく来てくださいました! 要請に応えてくれてありがとうベレナおばさん!!」
げん
こつ
「ぐえええええええッ!? 痛い、痛い……!?」
「もう一度言ってみなさいジュニアくん? ベレナお姉さん、でしょう?」
そうだった!
ベレナお姉さんでした、僕失敗!
「そうよ、女は独身なら何歳でも『お姉さん』を名乗れるのよ」
それはそれで悲しくはなりませんか?
じゃあ僕、ベレナさんがいつか『お姉さん』と呼ばれなくなる日が来ることを祈っています。
「ベレナ!? ベレナだと!?……まさか、『見透し』のベレナ?」
「あら、私のことをご存じでしたか。多用は警戒心のある詐欺師のようですね」
ベレナさんは今や農場に欠かせないブレインだ。
農場国においても生産した野菜の総量の計算。
輸出の振り分け。
収支の計算、利益の算出と。
数字関係にめっぽう強い。
農場国の財務大臣とまで言われていて(実際そうだが)、もはやベレナさんがいないと農場国が立ち行かなくなるレベルであった。
それだけでなくベレナさんは他の点でも無双の活躍をしている。
農場国が本格的にスタートする前後のことだったか。
あの辺りが一番怪しい話がはいてくることが多かったそうだ。
何しろ建国前後でもっともバタバタしていた時期。じっくり物事を吟味する余裕もないから、よからぬ者たちから見れば格好のチャンスとでも思ったんだろう。
僕は当時子どもで現場を確認したわけではないが、そりゃあもうありとあらゆるタイプの詐欺師が訪れたらしい。
ウソの取引を持ち掛けて小金をせしめようとする者から、中枢に入り込み裏から国を我が物にしようとする者。
それらを全部叩き潰したのが、ここにいるベレナ……お姉さんだ!
彼女は詳細なデータと照らし合わせ、その矛盾から相手のウソを見抜き、言い逃れできないほど徹底的に追い詰める。
その鮮やかな手口から、よからぬ人たちの間では、このように呼び恐れられた。
『見透し』のベレナ。
彼女の働きで牢獄送りになった詐欺師は百や二百では利かない。
「み、『見透し』のベレナが何故ここに?」
「そりゃあジュニア坊ちゃまに呼ばれたからに決まってるじゃないですか」
ベレナお姉さん……。
アナタだって呼び方に拘るなら『坊ちゃま』はやめてくださいませんでしょうか……!?
もう坊ちゃん呼ばわりされるような歳でもないと本人は思うのですが。
しかしベレナさんはかまわず、携帯していた本をペラペラ捲り……。
「魔法学院長スゲタァーヤさん。言葉の響きからすればさぞかし権威ある御方に聞こえるんですが。そうでもないようで」
「な、なにッ!?」
「私には、魔王軍にある人物データベースを閲覧する権限があります。ある一定以上の能力を持った魔術師は、必ず登録され名簿に並んでいます。ですがスゲタァーヤさん、アナタの名前はありませんでした」
「なんぶッ!?」
「学院長に任命されるほどの魔術師だというのに、これはおかしいですねえ」
さすがベレナ姉さん。
いきなり誤魔化しようのない公的な実証をブッ込んできた。
恐らくこれが、今なお魔法の訓練指導を魔王軍が担当し、その制度を変えない理由なんだろう。
ある程度以上の魔術師をリストアップし、見逃ししないために。
たしかに高位の魔術師は一人で一軍に匹敵する。
けっして野放しにしてはいけない相手だ。
だからこそ、その育成から管理までを魔王軍で一括管理した方が安心安全というわけだ。
今のように、高位魔術師を名乗っているだけの輩もあぶり出しやすいし。
「ヒトに教える立場なら、人並み以上にその道に精通していることは常識。なのにアナタは腕のある魔術師として実績を上げた形式がない。……そもそもスゲタァーヤというのも本名なのか、そこから怪しいんですよね」
「なごごなッ!? えとえとえとえと、えぇっと……!?」
学院長の動揺があからさまに動揺。
アドリブに弱いタイプか? 詐欺師なのに?
「魔術魔法について理解が浸透していない人間国なら、テキトーなこと言っても信じ込ませることができると思いましたか? いるんですよねそういうタイプの詐欺師が。農場国建国直後に何十人と捕まえましたけど」
「違う……私は……!?」
「ちなみにアナタがさっき言ってた『魔法に詳しい何ちゃら』でしたっけ? そんな格付け存在しませんよね。この私が、魔族であることに懸けて保証いたします!!」
ババーン!!
こうまで迷いなく言い切るところがベレナさんの対詐欺師特効。
迷いない断言が、その勢いだけで疑いを吹き飛ばす。
恐ろしいお姉さんだ。
「話を国家レベルまで大きく広げて、その分大きな利権をゲットしようと思いましたか? 愚かですね。話が大きくなればなるほど多くの人の耳にも入る。その分アナタのウソを見破れる人に当たる可能性も高くなるというのに」
栄光への道を駆け上がっているつもりで、地雷原に突っ込んでいたというわけか。
そして今日、ついに特大の地雷を踏んでジ・エンド……。
「お陰で私が出張ることとなったわけですが、アナタの悪だくみは全部、私がお見通しですからね!」
出たッ!
『見透し』のベレナの決め台詞!!






