1290 ジュニアの冒険:ツッコミ王ジュニア
「おお、やっと来たかね我が学院希望の新入生、待ちわびたよ」
教室につくと、さっき出遭った学院長が教壇で待ち受けていた。
何故いる?
どうせ教室で一緒になるなら移動も一緒に……。
……いや、そんな好んで同行する相手でもないか。
「本日は、急遽予定を変更し、私が授業担当することにしました。これも新入生くんへの歓迎の一環と受け止めてください」
はあ……、どうも……。
別に嬉しくもなんともないのだが。
歓迎の意を表すなら他にいくらでもやりようはあるのに、急遽授業内容を変えるなんて他の生徒からすれば振り回されて迷惑千万だろうに。
何と言うかこの人のすること、どこかしらズレてるんだよなあ。
「ドゥフフフフフフフ……! この私の素晴らしい授業を聞けば心の底から感動し、我が学院への入学を望んでくれることでしょう。そして看板生徒となり、ガンガンさらなる新入生を取り込むのです!」
表情に邪心が見えまくりなんだよなあ。
そもそも冒険者ギルドが新たなる教会的勢力として警戒している魔法学院だ。
その本性を探るため、場合によっては本性ごと叩き潰すのが体験入学に潜ませた真の目的。
ここまでのやりとりで充分本性は暴けた気もするが、座学ということでどんなことを教えてくれるやら。
興味があるので今少し様子を見よう。
場合によってはさらに面白いことになるかもしれない。
「さて我が愛しき生徒諸君。今日はこの学院長たる私が直々に、魔法の何たるかについて教えてあげよう」
なんか、言いようが気持ち悪いな。
「まず我が学院について解説していこう。王都魔法学院は、魔法の教育機関としては世界初! 他に類を見ない斬新なコンセプトで設立された世界初!そう、世界初なのだよ!!」
あの学院長、やたら“世界初”なのをアピールするな。
そういうのが大好きな手合いなのか。
しかし僕はここで大いに引っかかった。
心に浮かんだ疑問のままに手を上げる。
「質問です」
「ああ新入生くん! よかろう、我が学院の世界初のどこが素晴らしいのかな!?」
もはや文章としても成り立っていないが……。
付き合ってもいられないので、僕はとにかく心に浮かんだ疑問だけを口にした。
「世界初じゃないですよね?」
「は?」
「だから世界初じゃないですよね。魔法に関する教育機関は」
そこを指摘すると学院長は唾を飛ばして……。
「言いがかりも甚だしい! 魔国には、魔法に関する学校など一つもないぞ!」
まあそうですね。
もちろん魔国でも魔法の訓練指導は行っていますが、それをするのは主に魔王軍。
兵士の養成場で魔法のイロハを叩き込む。
それが慣例になっていて戦争終結から二十年経とうという今でもなかなか変えられない。
代わりに市井では寺子屋的な機関ができて、個人営業レベルで指導しているけれど、ここまでの規模の教育機関となると、たしかに魔国には存在しない。
「そうだろう! そして人間国には今まで魔法自体がなかったんだから、従って魔法教育機関も存在するわけがない! 我が学院を除いてはな! ほら見ろやはり世界初と言っていいではないか!!」
「人魚国は?」
「は?」
「人魚国ですよ、人間国魔国に並ぶ三つ目の大国。海の中にある人魚族の国です」
人魚国にはマーメイドウィッチアカデミアという学校があり、そこでは人魚国の貴族令嬢が、立派な淑女となるための英才教育が行われている。
その一環が魔法薬学の授業だ。
人魚族において魔法薬の製造使用は女性の仕事。女人魚たちは魔法薬の作り方、使い方を学び、その腕がいいほど誉れ高いレディとされる。
そのためにマーメイドウィッチアカデミアでは魔法薬の授業は必須科目なのだ。
「この学院の他にも既に魔法を教えている学校はある。魔法薬学は、魔術魔法法術魔法に並ぶ世界の三大魔法の一つ。それを教えるマーメイドウィッチアカデミアは人魚国そのものと共に数百年の歴史を重ねてきた伝統ある学校だ」
この魔法学院みたいにせいぜい設立数年のポッと出学校とは伝統の重みが遥かに違う。
「だから“世界初”ではないですよね。恐らくですが“魔法教育機関”というカテゴライズではマーメイドウィッチアカデミアが世界最古です」
アナタの心の辞書に訂正をお願いいたします。
「さらに言うと、魔法教育機関は他にもあります」
「はいッ!?」
「農場学校です」
農場学校は、かつては農場本体にあったが、今では農場国に移設されて規模も拡大している。
古くから農場学校方面で先生のことを手助けしていたヤーテレンスさんに表向きの校長を務めてもらい、今日も元気に子どもたちに勉強を教えているに違いない。
そういはいっても先生も普通に授業に参加しているんだけど、本当に大物であることを自覚していないノーライフキングであらせられる。
その農場学校もフツーに魔法の科目を取ってあるし魔術魔法、法術魔法、魔法薬学の選択式だ。
多分だが魔法教育という点では農場学校が一番進んでるんじゃないかな?
そして歴史という点でももちろんこの魔法学院より長い。
世界初どころか二番目ですらないわけだ。
「ば、バカな……!? 海底の半魚種族など数には入らん! 農場国だって国とは言えん未開地だ! そんな場所の学校など断じて認め……!?」
「それ以上は言わない方がいい」
人魚国も農場国も、世界に認められた法治国家だ。
それを否定するのなら魔王おじさんやリテセウス兄さんも対応せざるを得なくなる。
地上二大国から挟まれてすり潰されて見るかい?
「ぐ……、ぐ……ッ!?」
反論ながきようで幸いです。
ではもう一つ質問してもいいですか?
「な、なんだね? 私は授業の続きを……!?」
この学院では、あたかも魔法は魔術魔法しか存在していないかのように進めている。
しかし魔法といえば魔術魔法だけではない。
さっき話に出ていた人魚族の魔法薬学。それに人族の法術魔法。
最低限この三つを網羅しておかなければ、魔法の教育機関を名乗る資格はないのではないでしょうか?
「何を言う? ……魔法といえば魔族の魔法がすべてではないか?」
認識そこからですか?
まず魔法薬学は、人魚族のみに伝わる魔法秘術。
魔力と薬剤を合わせて作り出した魔法薬は、魔術魔法とほぼ同等の威力効果を発揮する。
最大の特徴は、一旦魔法薬を完成させたら魔力のない人でも取り扱いができるということです。
これをもって人魚族は多種多様な魔法薬を世界中に流通させて、一大産業となている。
魔法薬が行き渡ったおかげで撲滅できた病気もここ十年の間にあるんだ。
主に、農場から人魚国医局長に就任したガラ・ルファお姉ちゃんの手腕で。
「そんなッ? 薬草などと併せて使うなら純粋な魔法とは……!?」
魔力を使うなら立派な魔法だ。
それ以上に、法術魔法について何も触れていないことの方が考えられない。人間国で人族相手に教えているというのに。
「ほうじゅ……なんだそれは?」
法術魔法それ自体を知らないのか。
それで『人族には魔法がない』と大見得切って断言していたのか。
法術魔法は、天界神が人族に与えた魔法。
王族など一握りの人々にしか扱われなかったので知名度が低く、今や一般人には知られていないというのは冒険者ギルドで判明した。
しかし、仮にも魔法教育者を名乗るプロフェッショナルに知見がないなんて……!
「しッ、しかしそんなものは旧人間国と共に滅びたんだろう!? 今更ピックアップしたところで……!?」
ほう、そういう認識なんですねえ。
残念ながら法術魔法は滅びていませんよ。
いや、大地のマナを著しく傷つける教会式法術魔法は廃れましたが、それら問題を改善した新法術魔法と呼べるものが存在している。
ノーライフキングの先生が頑張って完成させたものだ。人族いや世界中の人類の未来のために。
見よ!
ハァアアアアアアアアアッ!
ズバゴッ!?
「ひえッ? 彼が拳を突き出しただけで向こう側の壁が突き破られたッ!? ただのバカ力では!?」
滅相もない。
生物になら誰にでも通っている生命マナ。
これを操作し、凝縮したり同調共鳴させたりすることで通常筋力では出せないハイパワーを発揮する。
それが新生法術魔法。
精霊や神からの援けではなく、純粋なる己のマナのみによる術式なので即応性にも優れ、より実戦的な魔法と言える。
そして生物の特徴として、人族こそが全身に巡る生命マナが他種族よりも総量が多いんだ。
よって法術魔法こそが人族にもっとも適した魔法と言えるのに、その法術魔法を教えない魔法学院って何なんです?
「んなあッ!?」
種族による適性はそれだけい留まらない。
魔術魔法だって、やっぱり精霊との馴染みは人族より魔族の方が上だ。
神により規制緩和されたと言えども、やっぱり魔術魔法をもっとも上手く使えるのは魔族。
わざわざ適性の低い魔術魔法を人族に教えるメリットは、何?
「なッ、それじゃあ私たちの学んできたことはまったく無意味だったってこと!?」
まったくの無意味じゃないでしょうけど。
効率悪いことしてるなあ、とはなるね。
結論からして。
この程度の魔法への理解の浅さでよく魔法教育機関を名乗れたものだ。
魔法学院。
やっぱり見過ごしては置けない機関だったな。






