1289 ジュニアの冒険:怪しき頭
「私こそが王都魔法学院の長、スゲタァーヤ学院長でございますよ。ドゥフフフフフフフフ……!」
それは一回聞いた。
なんだろう……、この生理的嫌悪を禁じ得ぬ外見的特徴は?
短身矮躯ででっぷりと肥え、縦に短く横に太い総身の印象はガマガエルだ。
目を細めたニヤつき笑いも益々ガマガエルの印象を強くさせる。
肌の色から察するに……。
「魔族か」
「いかにも、魔術魔法の本家本元は魔族ゆえになあ、国外の魔法学府を治めるのにに魔族が出向してきても、なんらおかしくあるまい?」
一応筋の通った主張だが……。
この見た目の怪しさがなんとも言動を疑わさせるんだよな。
いや、外見で人を判断するのはよくないことだが。
父さんがいつも言ってたよ、
『人は見た目が九割』って。
……あれ?
「人族は魔法が使えぬ。その不公平を憂い、なんとしてでも是正したいと意気込んでいるのが私だ。私は人族のために我が身を尽くす覚悟だよ」
もっともらしいことを言う。
それが却って怪しさを助長している。
「考えてみなさい、魔族と人族のもっとも大きな違いは何か? それは魔法だよ。魔法が使える者と使えない者、その差は圧倒的であることは明らかだ。その証拠に人族は戦争で魔族に負けた」
そんな十年以上前のことを持ち出されても。
「もし人族にも魔法が使えていたら、戦争に勝っていたのは人族だったかもしれない。ああ、なんて不平等な世界なのだろう。私はこの世界にくまなく平等をもたらすために人間国へ来たのです」
その理屈はおかしいですね。
人魔戦争が終結したのはもう二十年近く前。しかし戦争そのものは数百年続いていた。
数百年も。
もし“魔法”という純粋な戦力差による敗因なら、人族はそんなに長い期間戦い続けることができただろうか?
ジリ貧でせいぜい数年粘るのが関の山では?
「ぬぐッ?」
「そうならずに数世紀にもわたって決着がつかなかったのは、実力が伯仲していたからに他ならないでしょう。魔法も含めて実力が、ね」
人魔戦争が終結したきっかけはもっと別のものだ。
そこに魔術魔法は、あまり関係ない。
歴史的事実の空白を、印象や憶測で埋めようとするのはやめるべきだと思う。
ましてそれで自分の利益を得ようなんて。
「……あ、揚げ足取りはいかんな。言葉尻に拘って本質を見失ってはいけない」
「はい?」
「重要なのは、これまで魔法が使えない人族に、魔法が使えるようにすることだ。それが人族によりよい暮らしを与えるものだと私は信じている。キミはどう思うかね?」
そりゃあ、仕えた方がより便利だとは思いますが?
「そうだろう! ならばキミも魔法学院に入学し、学園の名声を上げることに協力したまえ! さすれば多くの者が学院の門を叩き、魔法を使える者が増える。そして人族はますます幸せになるのだ!」
……強力な魔法を使える僕を広告塔にでもする気か?
でも僕がここまでの魔術魔法を使えるようになったのは、魔法学院で学んだからなじゃない。
それなのにそんな僕を客寄せに使っては虚偽広告になるんでは?
「そんな細かいことはどうでもいいのだよぉ、キミの魔法に多くの人族が憧れを抱く。それがすべてなのだ」
猫なで声ですり寄ってくる。
しかしガマガエルの姿で猫なで声ではチグハグ感が凄い。
「これほど凄まじい威力を目の当たりにして、人族たちも魔術魔法がどれほど素晴らしいか知ることだろう。それは言葉で説明するよりずっと印象的で鮮烈だ。人の心を動かすには充分だ」
「僕は冒険者ギルドに所属する冒険者です」
「冒険者など辞めてしまえばいいじゃないか。魔術師の方がずっと強くてクールだぞ」
自分の信じるもの以外に何も価値はないと言わんばかりのこの態度。
どうやら『見た目は悪そうでも、実際はいい人』という可能性はないな。
先入観で物事を極めてはいけないと思い、これまでは様子を見てきたが、どうやら大きく舵を切っても問題なさそうだ。
「まあ、そう身構えずに。我が学院を案内しようじゃないか。そうすればすぐにわかってくれるさ、我が学院の素晴らしさ。そして自分の選ぶべき正しい選択肢がね」
呵々と笑いながら学院長は踵を返す。
「実技訓練だけでは物足りなかろう。つぎは座学も見学するために学院内を案内してやりなさい」
「は、はいッ!?」
指示を受けた中年教師がピンと飛び上がった。
校門からここまで僕を案内した人ね。
「きっとキミも気に入ると思うよ。我が学院をね」
意味ありげなニタリ笑みを浮かべて学院長は去っていった。
何しに来たんだ? あの人?
本当に何しに来たのかわからず、しばらく呆然としていたが……。
「ちょっと、アナタ」
いきなり呼びかけられた。
振り返ると、そこにはバツを悪そうにした女生徒が。
さっきの優等生。
リタニーさんだったかな。
「アナタ、どうやってあんなに凄い魔法を習得したの? 教えなさいよ!」
「ええー?」
いきなり凄い核心を突いてきた気がする。
「訓練場を丸ごと吹き飛ばすような魔法なんて聞いたことない。学院でも習ったことがない。魔法学院じゃせいぜい盾を吹っ飛ばせる程度の威力がせいぜいだわ。それなのにアナタの呪文の威力は……学院で習ったことが無意味としか思えないわ」
「物凄い言い方してくる」
「どんな魔力の使い方をしたの? 精霊との交信の仕方も独特だったし、いやもしかして上級精霊の力を使った? 私、上級精霊の力を使った魔法はまだ習っていないのよ!!」
思ったらすぐ申し込んでくる、その行動力に脱帽。
僕の魔法は……、そう自然と遊び、時の流れに身を任せることで大きな世界と一体化した結果、身に着いたものだな。
「観念的過ぎてよくわからん! ヒトにものを教えるなら、もっとわかりやすく言語化しなさいよ!!」
自分から押し迫ってきておいて!?
大体どうしてそんなにまでして魔法を学ぼうとしてるんですか。
そんなに魔法が好きってこと。
「いや、それほどでも」
好きこそものの上手なれじゃないんか。
「別に自分が成り上れるなら方法は何でもいいのよ。魔法っていう実開拓の新分野なら、その可能性が高いだろうって望みを懸けただけ。私の家みたいに小金持ちの商家じゃ。こんな学校に通って腕を磨くしか他に手段がないのよ。でも他に有効な手段があるなら乗っかりたくなるものじゃない。
小金持ちとこの学校と何か関係あるんですか?
「もっとお金持ちなら、魔国へ留学できるでしょう」
なるほど。
魔術魔法の本場といえば魔国。だって魔術は本来魔族が使うものだから。
本格的に学びたいんだったら、魔国で学ぶのが一番いいよな。
今の情報を総合するに……。
魔法を学びたいけれど本場魔国へ留学することのできない中流階級の人たちが魔法学院のメインターゲットというわけか。
「それでも私は、この魔法学院でのし上がってみせる! そして将来立派な人物として成り上がってやるのよ!!」
リタニーさんは野心家だった。
しかしそれは悪いことじゃない。誰だって目標をもって生きている。それが激しいものか、穏やかなるものかは人それぞれだ。
受け止める側として、魔法学院は真っ当だろうか?
それが実に疑問だ。
「あの……」
おずおずとかけてくる声。
「もういいでしょうか? そろそろ教室に移動しませんと」
「あッ、はい」
リタニーさんとすっかり話し込んでしまっていた。
その間あの中年教師は割って入ることもできずに様子を見守っていたらしい。
どうした?
さっきまではそんな神妙な態度じゃなかったはずだけど?
さっきの爆裂魔法で過剰にビビらせてしまったか。
それとも学院長が過剰に持ち上げてくれたことで扱いを改めたか。
どちらにしろ状況一つでこんなに態度が変わるなんて。
勤め人も大変だなと思った。
「次は教室で授業か……、どんなことするんだろう?」






