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128 王女直轄領

 人族の王女レタスレートちゃんが我が農場へやって来て、一、二ヶ月ほど経っただろうか。


 彼女は意外なほどよく働いた。


 王族といえばイコール不労階級で、その頂点というべき王女様が慣れない農作業をよくあそこまで頑張れるものだ。


「いつか聖者が……、聖者様が……!」


 彼女が作業中、呪文のように繰り返す言葉が原動力らしい。


 いつか聖者キダンが現れ、彼女を助け、人族全体を助けてくれるだろうと。

 聖者なんだから聖なることをしてくれる、聖なることとは魔族を倒して人族を救うことだという理屈。


 まあ、聖者キダンって俺のことなんですけど。

 人族を救う気なんてサラサラないんですけど。


 種族間の戦争なんかまったく興味ないし、むしろ巻き込まれたくない、というのが偽らざる本音。

 魔族側の長である魔王さんとは友だち同士だし。


 そんなわけで聖者キダンであるところの俺が腹を割ってぶちまけると、王女様が心の支えを失ってどうなるかわからないから、今のところ黙っている。


 他の子たちにも口止めを徹底している。


「聖者様、新しく作った畝の具合を見ていただきたいのですが」

「うーい」


 時々誰かが口を滑らせるが。

 そしてそんな時計ったようにレタスレートちゃんが近くにいるが。


「……アナタ、セージャって名前なの?」


 王女がおバカで助かった。


 そんな感じで農場の新たなる住人が、その生活に馴染んだ頃……。


              *    *    *


「自分の畑を持ってみる?」


 思い付きで提案してみた。

 レタスレートちゃんに。


「自分の畑? どういう意味?」

「農場の畑は、共有物だ。皆で耕して皆で整備して、収穫物も皆で分け合う」


 そういうのとは別に、自分だけで育てて自分だけで管理する畑を持たないか? ということだ。


「好きなものを育てられるし、収穫した者は独り占めできるし」


 実はこれは特別でも何でもなく、我が農場に所属するオークやゴブリンたちも、自分たちの寝床の近くにごく小さな家庭菜園や鉢植えなどで自分の好物を育てたりしている。


「ソラマメ!」


 唐突にレタスレートちゃんが言い出した。


「私、ソラマメ育てたい! ソラマメ大好き!」

「そ、そうか……!」


 割と渋い好みだな。


 こうして農場の一角に、王女レタスレートちゃん専用の畑が作られた。

 広さにして二畳程度の、ごくごく小さな畑だ。


「ここが、今日からキミの領地だ。ここで獲れたものは純粋にキミのもの。ただしだからこそ、この畑での作業は誰も手伝ってくれない。すべて自分で始めて自分で片付けるんだ」

「当然よ! 人間国の領地はここに回復したわ! ここを王女直轄領として運営していきます!!」


 なんか大袈裟な話になった。

 そんな感じで、王女の直轄領統治が始まった。


 とは言ってもただ単に土を耕して作物を育てるのが主な統治方法なのだが。


「うう、手が痛い……!?」


 鍬の使い方に慣れていないのか、王女が早速手にマメを作っていた。

 土を鋤いて耕地を作るところから始めるのだ。


 彼女は頑張る。


 ガラ・ルファに薬を塗ってもらいながら決められた範囲を耕作し、種を付け、育てる。

 直接手は貸さなかったが、オークやゴブリンたちもよく彼女にアドバイスを送る。雑草を摘み、害虫を避け、病気を予防し、適切に作物の育成を助けていく。


 そもそもウチの農場には人魚族謹製、植物がモリモリ育つハイパー魚肥の効果で、作物は種まきの時期を選ばず、また通常より遥かに速く育つ。


 王女のソラマメも、すくすく順調に育ち、ほんの数週間で収穫可能な状態に仕上がった。

 しかしそこで、天は彼女に試練を与えてきた。


              *    *    *


「ぎゃー!? 私のソラマメがーッ!?」


 カラスである。

 憎いコンチクショウは、異世界だろうとかまわず生息していやがる。


 ヤツらの狼藉は農場全体にとって悩みの種で、昨年から争いがずっと続いていた。


 王女のソラマメも、細い嘴で器用に鞘から摘まみ取っていきやがる。

 ハシボソカラスか?

 どうでもいいかそんなこと。


「ぎゃあああああ……!? 鞘が空っぽ……? こっちの鞘も……!? 私が大切に育ててきたのに……!!」


 レタスレートちゃんは見た目以上にショックを受けていた。

 心を込めて育てていたからな。


 一応俺たちもカラスどものアンチクショウについては、ずっと悩まされ続けていたので防御策は講じておくのだが、それでも完全を期すことは不可能で、やはり食害が出てしまったらしい。

 ならばできることはただ一つだ。


「収穫してしまおう。カラスどもが食えるってことは、充分収穫可能なまで育ったってことだ」


 害鳥どもの横取りを防ぐに、収穫以上の有効な手段はない。

 この時ばかりは俺たちも手伝って、レタスレートちゃんが初めて自分一人の力で育て切ったソラマメは、無事充分な量を収穫できた。


              *    *    *


「食べるまでが農作業です!!」


 というわけで、収穫したソラマメを早速いただくことになった。

 料理ぐらいは、俺の方で受け持ってやろうと思ったが、レタスレートちゃんはそれも自分の手でやると強硬に主張。


「このソラマメちゃんたちは、私の手で育て上げたのよ! 最後の仕上げまで私の手で行うのが礼儀だわ!!」


 思い入れが尋常ではない。


 とは言え、料理ともなれば刃物を使うし火も使うので、今度は俺の方が心配になってくる。

 俺が付きっきりで見守る下、おっかなびっくり料理が始まり、無事完了した。


 結局のところ、あまり難しいものも作れず、完成したのはごくシンプルなソラマメの塩茹でである。


 それでもレタスレートちゃんは泣くほど美味いと言いながら食べた。


「美味しい! 美味しいわ! 自分の手で育てて料理して食べるものがこんなに美味しいなんて!!」


 とテーブルマナーもかまわずガッツガツと食べまくる。


「本当に美味しいわ! 王宮で食べたどんな御馳走より美味しいわ!!」


 と大絶賛。


「……実際、旦那様の農場で取れる野菜は、人族の王宮で出るものなんかより数倍美味しいんだけど……」

「異世界の食い物だからな。現実として最高峰の珍味だ」


 プラティ、ヴィール、黙って。

 王女様の、初めての労働の成果による感動に水を差してはいけない。


「私! 決めたわ!」


 皿を空っぽにしてからレタスレートちゃん、何か言いだした。


「私はこの畑を直轄地として、生涯守り続けていくことを! この畑で採れる野菜を私は生涯食べ続けて幸せになるのよ!!」

「いや、そしたらアンタの国の復興は……、モガッ!?」


 余計なことを言おうとするプラティの口を塞ぐ。


 いいじゃないか。


 努力の果てに自分を見失うのは好感が持てる。

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