1285 ジュニアの冒険:乗り込んでくるもの
「さてジュニアくん!!」
「はいッ!?」
気を取り直したギルドマスターがバンバンと僕の肩を叩いてくる。
地位ある年長者ならではの馴れ馴れしさ。
「これでギルド内の立場も安定した今、キミには一冒険者としてガンガンクエストをこなしてもらいたい! 人生経験という意味では冒険者ほど実のある体験を積める環境はないと思うよ! ハッハッハッハ!!」
押しが強い……!?
昔はそんなこともなかったけれど、やはりギルドマスターになって何かしらが変わったってことなのかな?
今のシルバーウルフさん(先代)は、冒険者だった時よりも増してエネルギッシュだし脂がのっている。
「さてサリメルくん」
「はいッ!?」
急に名指しで呼ばれてサリメルさん硬直。
ついさっきやらかしを咎められたばかりなのでこれ以上何らかの攻めを受けるのかと戦々恐々の様子だ。
「使いを頼まれてくれ。リテセウス大統領へ書状を送る」
えッ、大統領に直接連絡できるんですか?
やっぱり冒険者ギルドマスターって偉い立場なんだな。
サリメルさんは戸惑いつつ……。
「かしこまりました。一応、連絡内容を窺ってもよろしいでしょうか?」
「ジュニアくんのことだ、無論な」
ですよねー。
大方予想のついた返答だが、しかしこの場にいたサリメルさん、ヒビナさん、シャルドットさんの三人は一様に驚愕と困惑の表情を見せた。
「ジュニアくんのことを大統領に? そこまでする必要が?」
「当然あるに決まっている」
ギルドマスターは真面目に答える。
「ジュニアくんは聖者様の御子息。どの国に行こうと賓客として遇すべき御方だ。それを何の歓迎もせずに捨て置いたとなったら人間国の大失態。株価急落まであり得るぞ」
株価あるんですか、この世界?
「だからこそまずは国のトップである大統領に知らせる必要がある。この国の舵取りをしているのはあの人だからな。国と国との関り事を進めるなら必ずあの人に話を通さなければ」
なんだかガンガン話が大きくなっている……!?
あの、もしや僕とんでもないことやっちゃいました?
やっぱり聖者の息子という僕の立場からすれば、スパイよろしくコソコソと姿を隠して忍び込むのはマズかったでしょうか?
「いや、順番としてはそう悪くはない。お忍びという名目はしっかりとれてるからな。いきなり政庁に乗り込んで『聖者の息子だ!』と騒ぎ立てても信じてもらえないだろうし。そういう意味では大統領より庶民に近いギルドマスターをワンクッションに置くというのは納得を得やすいだろう」
な、なるほど。
世の中の仕組みもなかなか複雑なんだな……。
「ジュニアくんはあくまで私的な旅の途上なんだから、そこまで義理に縛られることはない。最低限、相手の顔を立てておけば後々の交渉事もスムーズにいくだろうという話だ」
これが世渡りの仕方ってことなのか……。
父さんは、終始そういうところのほほんとしていて母さんの方が忙しなく動いていたけれど、具体的にはこんなに大変だったのか。
これもまた旅に出て得た貴重な経験だな。
「というわけでサリメルくん、成長は大統領宛にしっかりと連絡をつけてくれ」
「あのッ……、それは今すぐでしょうか?」
「当然だ、この件は優先度が高いので日常業務は後回しでよい。疾風のごとく全速で動きなさい」
「は、はいッ!?」
ピシリと言われて、ギルドマスターから駆け出るサリメルさん。
一度報連相を怠っている立場なのでグズグズはしていられないのだろう。
「うわー、あんなセカセカしたサリメルちゃん初めて見た」
「そりゃ王族関係の指示なんて早々預かることじゃねえから、あの鉄面女も焦るだろうよ」
まあビビり散らかすだろうな。
今の僕もそうだし。
「まあキミは落ち着いてドンとかまえていればいいのだよ。なにしろ聖者様の息子さんなのだからな。ワッハッハッハ!」
最後豪快に笑ってすべてを収めようとするのがギルドマスターになってからのスタイルなのだろうか。
「マスター、ギルドマスター!」
「お、もう戻ってきた」
さっき部屋から出て言ったばかりのサリメルさんが、再びドアをけ破り入室してきた。
入り方が乱暴。
「大統領への連絡を済ませたのか? 光の速さだな、いくら先の失態を取り戻したいからって無理は体によくないぞ」
「いえ、報告はまだなんですが……」
「あ?」
ギルドマスターさん落ち着いて。
サリメルさんの様子からしてただごとじゃないです。きっと報告を棚上げしてでも引き返すべき理由があるんですよ、きっと。
「ギルド受付まで降りてきたところ、魔法学院の連中が押しかけているのを見かけまして」
「「「魔法学院だと?」」ですって?」
その言葉にギルドマスターさんだけでなく、シャルドットさんやヒビナさんまで顔色を変えた。
主に眉間に皺を寄せる方向性で。
僕だけが何のことかわからず、頼りなげに周囲を見渡す。
「なんでそんな面倒なヤツらが?」
「どうやら、ジュニアくんが郊外でやってのけた大技を聞きつけたらしく……。詳細を教えろとシフトの受付嬢に詰め寄っています」
「ちッ、アイツら嗅ぎつけるのが早いな……!」
「ちょうど私が降りるのとほぼ同時に突入してきて、一刻も早くお知らせするために引き返して……!」
サリメルさんがおっかなびっくりという感じでギルドマスターさんを窺うと……。
「たしかにこっちも緊急事態だな、知らせてくれてありがとう。ヤツらの対処は私がする」
「は、はい! ありがとうございます!」
「サリメルくんは引き続き大統領への報告のために政庁へ向かってくれ、裏口から出てな」
ギルドマスターさんの指示に従ってサリメルさんは再び部屋を出た。
そして彼女以外の面々も慌ただしくなり……。
「聞いての通りだ。私は招かれざる客の対処のため下に行く」
「ギルドマスター! オレたちも……!」
立ち上がろうとするシャルドットさんを、手のひらで制するギルドマスターさん。
「お前たちはジュニアくんと一緒にここにいろ」
「えッ? でも……!」
「地顕獣を倒した件で押しかけているなら、ヤツらの狙いはジュニアくんだろう。
大方、あの巨大バケモノを吹き飛ばした秘密を知りたいってところだな」
それをこの手でやってのけたのは、僕だ。
「そんな連中の目の前に、目的の当人を連れて行くなんて、そんな親切をわざわざしてやることもないだろう?」
「た、たしかに……!?」
「ここギルドマスター室は、一応ギルド内でもっとも厳重な部屋だ。隠しておくにはもってこいだろう。シャルドットとヒビナは、ここでジュニアくんを抑えていてくれ」
「抑えるんですか?」
「ああ、聖者様の息子さんならこの事態にじっとしているわけがないからな」
そんな認識なんですか、僕と父さん?
「まあジュニアくんが出張れば彼一人で解決もできるんだろうが、生憎ここは私のシマなんでね。自分の領域で起きたトラブルは自分で解決しなければ。ということでここは年長者のお手並みを拝見ということにしておいてくれ」
は、はい……!?
微笑むギルドマスターさんから頼もしさすら感じ採れた。
部屋より出陣して数秒後、壁越しからも響いてくるぐらいの大声で『なんだ貴様らカチコミかぁコラぁあああああッッ!!』と聞こえてきた。
あの……?
これは一体どういった状況で?
一人事態についていけていない僕は、一緒に残ってくれているシャルドットさんヒビナさんに助けを求めるように視線を送る。
「そ、そんな捨てられた子犬みたいな目をされても……!?」
「クソ強い上に情に訴えかけることもできんの、無敵じゃね?」
そんなことないです。
どちらにしろ、僕が事態の中心にいるようなのに何も知らないのは可哀想に思えませんか?
僕、世間知らずなか弱い十六歳ですよ?
ね?
「わかったわかった。……サリメルの報告によると魔法学院がお前のこと狙ってるらしいな。面倒なことになったぞ」
報告されただけで、面倒だと確信できるんですか!?
それだけ魔法学院というのが厄介だってこと?
一体どんな組織なんです?
「名前の通り、魔法を教える学校のことね」
「ここ最近、王都に設立された学校でな。魔国からの協力で、人族に魔法の使い方を教えている」
魔法を。
まあ魔法を教えないなら魔法学院なんて言わないよね。
その魔法学院とやらが何故、冒険者ギルドに押しかけてきたのか?
この新たなトラブルがどんな様相を見せていくのか?
これから語られる。