1283 ジュニアの冒険:ジュニアの正体
ついにバレました。
ついに、バレましたぁああああああああ。
僕の出自が、血統が。
まあ、直接面識のあるギルドマスターさんと対面すれば、そうなるのも仕方のないことなんだけれど。
身バレしてすぐさまギルドマスター室へと通される僕。
「それで……、このたびはどの用件で……?」
真剣な顔つきのギルドマスターさんが尋ねてくる。
ギルドマスターさんは先代シルバーウルフといって往年は凄まじい冒険者であったが、今は一線を退いてすっかり穏やか。
メガネなどまで掛けている。
ギルドマスターは元々獣人で、オオカミの頭部を持っているが、それ眼鏡まで掛けると益々愛嬌が上がるというか。
さらにその横には、直接の関係者ということで受付嬢さんとC級冒険者さんとA級冒険者さんが並んで座っていた。
サリメルさんとヒビナさんとシャルドットさんだ。
「冒険者に潜入されたのかな?」
「潜入だなんてとんでもない!!」
僕はただ、普通に冒険者登録して冒険者になっただけですばい!
それは他の多くの人もしている手続きですよね!?
どうしてそれらの人は何事もなくスルーで、僕だけミッションインポッシブル扱いになるんですか!?
「アナタが農場国の王子様だからに決まってるやんけぇえええええッッ!!」
ぐわぁああああああああああッッ!?
正面からのドストレート正論で吹き飛ばされた!?
「普通王子様というのは、冒険者にならないものなんですよ! 王族としての大事な務めがあるから冒険者なんてやってる余裕はないの、わかる!?」
そ、そんなことはない!
無数にある異世界転生ものの中から探せば、冒険者やってる王子様もいるかもしれない!
いや、そういう話じゃなく……。
「……あの、よろしいでしょうかギルドマスター」
「なんだ事情聴取対象?」
この場に連れ込まれている一人のサリメルさんが言った。
「その、ジュニアくんが農場国の王子様だというのは本当なんですか? 何かの間違いというのは?」
「あん? ギルド職員は、この私が人違いするほど目が衰えたと言いたいのか?人を見る目が曇ったと?」
「いえッ!? そういうことではなく……!?」
「私のギルドマスターの職に懸けて間違いなく彼は聖者様の長子、聖者キダン・ジュニア殿だ」
キッパリ断定するギルドマスター。
この言い切る決断力の強さが、彼を上り詰めさせた要因なんだろうな。
「……かつて私は聖者様の住む農場を何度も訪れたことがある。農場国ができるよりずっと昔のことだ」
「農場国ができる前から聖者っていたの?」
「当たり前だ。聖者様は本来俗世を厭い、誰もたどり着けない秘境に隠れ住む御方だった。このジュニアくんもそうした奥地で生まれ育ったのだ」
はい、奥地出身のジュニアです。
「しかし聖者様のお力はあまりに大きく、世界お思いやる善の心は深かった。それで魔王や人魚王が拝みに拝み倒し、農場国の統治者に収まっていただいたのだ。……私は現役時代から、その聖者様の隠棲所に何度も招かれて訪問したのだ」
「それは何で?」
「わからんか? 私が、優秀なS級冒険者であるからに他ならんからだろうが」
「ううう……たしかに……!?」
納得するんだ。
ギルドマスターさんも、普通にそんな言葉を放てば傲慢と捉えられかねないけれど、そう響かないのは自負の強さゆえだろうな。
「私のS級冒険者としての知恵知識が、聖者様にとってすら役に立つことがあると、喜んで提供させてもらった。とはいえ、それが農場そのものにとってどこまで重要だったかは疑問だがな」
「と、言いますと?」
「農場の凄さは想像を絶するということだ。敷地内に複数のダンジョンを有し、軽微についているモンスターは一人一人が勇者級の強さを持つ。……聖者様がノーライフキングやドラゴンを従えているという噂は有名だが、あれも本当だ。実際に会ったことがあるからな」
たしかに。
ノーライフキングの先生に初めて会った時、驚きのあまり失神していましたよねギルドマスターさん。
「それだけの力を持った御方がその気になれば世界征服もできるだろうに、拝み倒されてやっと一国の主の立場についているのは、彼にとって権勢欲など何の意味もないということを示すだけ。根っからの善人なのだよ聖者様は。その息子であるジュニアくんも、父君の善性をよく引き継いでいらっしゃる」
いやいや、そんな……!
親子揃って気が小さいだけですって……!
「そんな聖者様だからこそ冒険者ギルドも、私個人としても粗相をかますことなどできないんだ。恐れ多くも聖者様は私などを友人として扱ってくれている。その関係もあって、そこのジュニアくんの遊び相手を務めたこともある」
そんなこともありましたねえ。
僕の幼い頃の話。
「戯れに冒険者のイロハを授業したこともあったが恐ろしいほど知識の吸収ぶりが凄くてな。教えてるこっちがタジタジになるほどだったよ。あの時から既に天才の片りんが見えていたなあ」
「……本当にジュニアを教えていたのがギルドマスターだったのかよ……!」
そこで青い顔をなさっているのがA級冒険者シャルドットさん。
僕が幼少、とある冒険者から指導を受けていたと聞いただけで『どうせドロップアウトの素人冒険者だろー』と言っていた彼だもの。
推測だけでモノを言うと、とんでもないことになるという見本のようなアレだった。
「頼む……! 絶対にギルドマスターには伝わらんどいてくれ……! どうか、どうか、どうか、どうか……!」
と小声ながら呪文のように繰り返す。
そんなに心配しなくても、誰も好き好んで言いふらすような真似なんかは……。
「はいはーい、私からの発言いいでしょうか?
「ん、C級冒険者のヒビナだったな、どうした?」
「シャルドットさんがー、『ジュニアを指導した冒険者なんて途中で実力不足で辞めたヤツ』とか言っててー」
しかし後ろから刺してくるヤツはいた!
「どわわわわぁあああああああああッッ!?」
「きゃああああッ! 襲われるぅうううッ!?」
襲われても仕方のないことをしているのはアナタです。
ヒビナさんは即座に口を塞がれ、そのまま床に沈められるぐらいの勢いで抑え込まれる。
さすがにC級とA級では力の差が歴然としすぎた。
その醜い有様を見てギルドマスターさんは深いため息をつく。
「……別に冒険者の軽口なんていつものことだ。本当に適当に大それたことを放言するのが冒険者だから。聞く方も多少のことなら聞き流すすべを身に着けていなければ、冒険者など務まらん」
「あッ、意外に許された……!?」
「もちろん限度はあるがな。ところでジュニアくんを指導していたのは何も私だけではない。先代ゴールデンバットのヤツも意外にジュニアくんには甲斐甲斐しかったな」
先代?
ゴールデンバットさんももう引退しているんですか?
「ジュニアくんは知らなかったか。アイツもさすがに老いと衰えには勝てないようでな。直弟子のムルシェラくんに称号を譲って引退した。今は新米冒険者の指導員としてギルドに籍を置いている」
へぇー、ゴールデンバットさんまで引退していたとは、彼の性格を思うに引退なんて死ぬまでしないと思えたんだが、それも時間の流れってことなのかなあ。
「アイツ意外と後進の育成が上手くてなあ。今は新人冒険者を引き連れて山登り合宿に出ている」
「やっぱり山好きなんだ……」
「もし帰ってきてから今回の話を聞いたら……イメージ通りアイツは私より遥かに寛容ではないからな。何かの拍子でシャルドットくんの放言が耳に入れば……」
それを聞いて益々顔を青くするシャルドットさん。
「ぎゃあああああああああああああああッッ! やめてぇえええええええええええええッッ! 教官長にチクらないでぇえええええええええええええッッ!!」
「ふふッ、お前もアイツの再研修を受けるいい時期だろう。S級冒険者となるには言葉に気をつけることも重要だ。上を目指すために避けて通れないことと思え」
彼を思っての処置ということですな。
「わぁい、シャルドットさんカワイソー」
「ヒビナ、お前も研修を受けるように手配しておくからな」
「なんでぇえええええええええッッ!?」
「ところで……」
話題の切り替え方がエグい。
さすがギルドマスターだ。
「そろそろ教えていただけませんかな? ジュニアくんは何を目的にして冒険者ギルドに潜入したのかな?」
だから潜入じゃありませんって!
仕方ない、ここは一から経緯を説明するか。
別に隠したいわけじゃないからな。
そこで僕はここにまで至った流れ……。
両親の勧めで修行の旅に出たこと。第一の目的地を人間国に定めたこと。
人間国は冒険者発祥の地だってことを思い出した。そこで冒険者という職を体験してみようと一念発起してみたこと。
その経験はいずれ僕が農場国を背負って立つのにきっと重要な経験となるはずだ、と。
「……なるほど、一応筋が通った理由になるな」
なんでそんなに疑り深いんですか?
別に他意なんてありませんので、このままここで冒険者として働かせてください!
「ジュニアくんもいずれは聖者様の跡を継いで農場国の王とならなければならない。そのために国外で経験を積むというのは実に正しい考えです。……ただな、受け入れる側の都合も考慮いただけたら……」
そんな申し訳なさそうにしないでくださいギルドマスターさん!
たしかに、僕が加入することでギルド全体への影響が及ぶのを考えられなかった僕の落ち度です。
配慮が足りませんでした。
こういうことを実感するための修行の旅だったと思います!