1282 ジュニアの冒険:どなたと心得る
地顕獣対策。
これにてクエストクリアです。
「うほぉおおおおおおおおおおおおッッ!! やったぁあああああああああああああああああああああああッッ!」
ごべっぷ!?
ヒビナさんが僕へ向けてダイブ。体当たりされて変な息が漏れた。
「ホントに凄いよジュニアきゅん! もはやS級の所業だよ! ジュニアきゅんをS級に上げても全然問題ナッシングだよ!」
いやいや、それを一冒険者たるヒビナさんが判断するのは問題ありなのでは?
周囲でも一般冒険者の皆さんが怒涛に沸き立っており、スタンディングオベーションだった。
いやあの、皆さんが喜んでくれたのなら幸いです。
と無難に返しておく。
「こんな、これが一人の冒険者の能力なのですか……!?」
「サリメルは直に見るの初めてだっけ? ジュニアの実力をよ」
受付嬢サリメルさんとA級冒険者シャルドットさんも呆然としている。
「オレもここまでとは思っていなかったがな。せいぜい無手最強ってところかと思ってるんだが、個人で大殲滅魔法撃ち出せるって、詐欺かよ……!?」
「アレは魔法なのですかね? これほどの実力者だったなんて……私、ずっと失礼なことばかりしてきました……!」
そんな重く考えなくても。
受付嬢サリメルさんは深呼吸するとキリッと表情を結び直して、速やかに仕事モードへと立ち戻る。
「ジュニアさん」
「あっ、ハイ……!」
毅然とした対応。
その態度には冒険者ギルド職員としての矜持が感じられる。
「巨獣排除の働き見事でした。冒険者ギルドを代表してお礼申し上げます」
いえいえ。
僕はただ、人として当然のやるべきことをしたりしてなかったりで。
「こたびのアナタの功績は仔細漏らさず報告し、その功績に相応しい褒賞を授けられるように取り計らいましょう。おそらくは特例による昇級が与えられると思います。心構えをしておいてください」
「しょ、昇級ですか?」
僕、先日冒険者になったばかりなのですが?
そもそも自分が何級かもまだ伝わっていないんですが?
「それは失礼……。すべての冒険者はまずF級から始まります。しかしF級とは、冒険者の心得を修めていない仮免に与えられる等級ですので、大抵は一通りダンジョンを潜ってすぐにE級に昇格します。Eこそが、冒険者にとって始まりの等級といえます」
ふむふむ。
「ですがジュニアさんは、今回の目覚ましい働きによってすぐさま破格の昇級を受けることとなるでしょう。B級……いえ、A級への昇格もあり得ます。登録一日目でそこまでのスピード昇格は前代未聞。ギルドの歴史に残る快挙になるでしょう」
「ジュニアきゅんが、早速私を追い抜いたッ!?」
C級冒険者であるところのヒビナさんが悶える。
「でもジュニアきゅんの実力を想えばA級も納得よね。いや、むしろさっさとS級にしろという意味で納得できない」
「S級への昇格はそう簡単には出せません。全冒険者の代表でもあるのですから実力だけでなく、人格や知性をも評価の対象になります。それらは時間をかけてしっかりと見極めなければ」
そう言いながらサリメルさんは僕の方を見る。
その視線はとても鋭い。
「たしかに、彼が次なるS級冒険者の最有力候補であることは私も認めましょう。ですが、力あるだけの乱暴者にはけっして冒険者の頂点を取らせるわけにはいきません」
「そ、そうっすね……!?」
「アナタの品格教養を見極めることは、我らギルド職員の務め。私もその一人としてじっくりアナタのことを観察していきます。気を抜く暇もありませんよ」
なんだかエラい人にロックオンされた気がする。
たしかに息詰まるな。
僕は父さん譲りで気が小さいんだから、誰かからの視線を感じるだけで緊張して色々間違えそう。実力も半分ぐらいしか発揮できなさそう。
「ちゃんと聞いていますかジュニアさん?」
「はい! お母さん!」
「私はお母さんではありません」
ぎゃああああああッ!?
これは学校の教師を間違えてママ呼びして赤っ恥掻く類のヤツ!?
もーやだ、やっぱり注目されると委縮してしまう。
「誤解はしないでください。私はアナタに期待しているのです。最初の出会いでこそ邪険に扱ってしまいましたが、アナタは才能豊かな逸材だったのですね。自分の不明を詫びましょう」
サリメルさんはしおらしい態度で頭を下げてくる。
たしかに最初にギルド受付を訪ねた時とは打って変わった態度。
「アナタのような優れた冒険者のサポートにつけることは、ギルド職員にとってもこの上ない名誉です。アナタが栄達するほど、陰で支えてきた私たちの自負へと繋がります」
「『アイツはワシが育てた!』みたいな?」
「アナタも少しは成長してほしいものですね」
ヒビナさんの入れる茶々をクールに一蹴。
「むしろ、私が担当になったからには、アナタが立派な冒険者になれるようビシバシ鍛えていきますよ。一日も早くS級冒険者になれるように励んでください」
なんか彼女のレールに乗せられているような、何とも言えない雰囲気。
「ギルド職員にとっちゃ、自分の推す冒険者の昇格は、そのまま自分自身のキャリアに繋がるからな。お前みたいな有望株に目をつけてパトロン気どりするヤツは多いぜ」
シャルドットさんが耳打ちする。
「もしも嫌ならハッキリと拒絶した方が後々のためだぜ。別にギルド職員の支持なんて絶対必要なわけじゃない。特にサリメルは、見た目通りに上昇志向が強いからな。ウカウカしてると秒単位で組まれたスケジュール押し付けられるぞ」
それは怖い。
僕としても拘束されるのは嫌だけれど、父から受け継ぎしNOといえない日本人の遺伝子が息づいている。
追随から逃れきれるだろうか。
「ちょっと、クソ強いとわかった途端にすり寄ってくるんじゃないわよ! ジュニアきゅんは私とコンビを組んで大暴れするんだから!」
「C級のアナタとでは実力のバランスが合いません。ジュニアさん足を引っ張るだけです。ギルド全体を考えて身を引きなさい!」
ヒビナさんとサリメルさんが絵に描いたような女のケンカをしていた。
どうしよう、ここで僕が割って入れば余計にややこしいことになりそうな気がする。
こんな系統の苦労、父さんはしなかったはずなんだが。
困っていると、そこにさらなる人物登場。
王都の方からえっほえっほと寄ってくる。
「急げ! 急げ! まさかこんな時に腰をいわすとは。いででででででで……!?」
あれは、ギルドマスター!?
先代シルバーウルフさんとも言う。いつ以来の再会か、最後に会った時から随分老け込んだなあ。
「ギルドマスター、今更何しに来たんですか?」
「なんだその言い方は!? 満身創痍に鞭打って駆けつけたんだぞ!」
ギックリ腰を発症してしまったというギルドマスター。
なのに担架に乗せられ、ここまで乱暴に揺られてきたのか。なんという無茶を。
「大昔に引退した身だが、これでも冒険者たちを束ねるギルドマスター。現役が全員留守ならこの身が砕け散ってでも人々を守る!」
おお……!
これが冒険者の一時代を代表した冒険者。
衰えようとも気概は少しも色褪せない。
「大丈夫ですよ、ギルドマスターが粉骨砕身するまでもなく事態は解決しました」
「ハァッ!? どうやって!?」
「ここにいる期待の新鋭ジュニアくんによってです!」
ババーンと、手のひら向けて紹介される僕。
ギルドマスターさんとバッチリ視線が合わさった。
「ジュニアくん……まさかキミは?」
「お久しぶりですー」
「やっぱり、あのジュニアくんか!? 大きくなってて記憶と結びつけるのに時間がかかった。いや大きくなったなあ」
まさしく親戚のおじさんの反応。
それにサリメルさんはまったく動じず……。
「ジュニアくんの実力は目を見張るものがあります。今回の功績を鑑みてA級へ昇格させるべきかと。そしてゆくゆくはS級への動議も……」
「ばっかもぉおおおおおおおんッッ!!」
ギルドマスター、渾身の怒号。
大丈夫だろうか。腰に響きはしないだろうか。
「S級とかA級とか昇格とかそれ以前の問題だッ! 新人冒険者の登録については逐一漏らさず私に報告しろと言っておいただろうが!!」
「はいッ? いえ彼の登録はつい昨日のことで、それなのに大成果を上げたことの方がむしろ重要かと……?」
「だからその前に考えなきゃいけないことがあるから都度報告しろと言ってるの! ジュニアくんがS級相当だなんてわかり切ってるんだよ! それでも、そうやすやすとS級冒険者にしてやれない事情がジュニアくんにはあるの!!」
「えッ、どういうことです!?」
戸惑いを隠せないサリメルさん。
それにかまわずギルドマスターは間髪入れずにぶちまける。
「ジュニアくんは聖者様の息子さんなんだよ! 農場国の王の後継者! そんな人物をS級にして冒険者ギルドにガッツリ取り込んだら差しさわりがあるに決まってるじゃないか! 各国首脳から痛くもない腹を探られるわ!」
「は?」
周囲から集中してくる視線。
「おうじさまですー」
「ぷりんすですー」
大地の精霊が気の抜けた感じで言った。
「聖者様の御子息なんだからそりゃS級になれる力ぐらい普通にあるよ! というか五、六歳の時点でS級昇格試験に合格したこともあったわ! 私自身がこの目で見た!」
そんなこともあったなあ。
あの当時は幼児の分際でわけもわからず乱入参加してごめんなさい。
「この世界を自由に組み替えることもできる聖者様の親族だからこそ、『S級にしてやろう』なんて考え方自体がおこがましいんだよ! ジュニアくんは、彼が幼い頃に私が直々に教えてあげたこともある! 彼の才覚は私が一番よくわかっているわ!」
そう怒鳴られて、青い顔をしているサリメルさんの横で、シャルドットさんも人知れず青い顔をしていた。
『ジュニアに教えた冒険者なんてどうせ素人だよなー』とか言ってたもんね。
大丈夫、僕は言いふらしたりしないから大丈夫だよ!
僕はね。