1280 ジュニアの冒険:不在のピンチ
「地顕獣が人間国でも発生していたなんて……!?」
「じけんじゅう? 何それ、農場国じゃあのバケモノのことそんな風に呼んでるの? カッコイー」
――『いや、ドラゴン肥料を国外に輸出したのがアダとなったわー。外貨獲得が美味しかったんだけどねー』
――『何を勝手にゃあああああああああああッッ!?』
僕の脳内で、イマジナリー母さんとイマジナリー父さんが夫婦喧嘩している。
僕のイメージと事実との間に一光秒ほどのズレもないはずだ。
「シャルドットさん、シャルドットさん。ジュニアくんとこじゃあのバケモノ地顕獣って言うんですって!」
「何それカッケェえええええええッ!! オレたちもそう呼ぼうぜ!!」
僕が遠き故郷に思いを馳せている隣で、シャルドットさんとヒビナさんが中学生みたいな会話をしていた。
「そうビビらなくてもいいわよジュニアきゅん、地顕獣が人里を襲うなんてほとんどないんだし、今日だって結局監視だけで終わるわよきっと」
ヒビナさんはあっけらかんと言い放った。
実際そうだろう、地顕獣はあくまで充溢したドラゴンパワーから生み出された疑似生物。
自身の意思も自意識もないので、ただフラフラと彷徨うだけ。
そんな怪物が村落にブチ当たるかは、本当に偶然からしか導き出せないだろう。
他多くの自然災害と同じように。
彼ら冒険者のクエストは、本当に不測の事態に対応するための用心。
それだけのためにここまでの人数を動員できることは、素晴らしいことだと思う。
だって数十人はいるぞ。
「このまま何事もなく過ぎ去ってくれたら無事任務完了。王都に戻って歓迎会の続きでもしようや」
また飲む気ですか!?
昨日飲んだから充分でしょう!? なんで酒飲みって連日飲もうとするんですかッ!?
「そこに酒があるからよ!」
『そこに山があるから登る』論法を何にでも適用しようとする動きやめろ。
「あ、あのー、シャルドットさん?」
「なんだヒビナ? もちろん奢りじゃねえぞ割り勘だからな」
「いや飲み会のことじゃなく、地顕獣なんですが……」
「ん?」
「こっち向かってきてません?」
ヒビナさんからの指摘に皆注目すると……あの巨大災害獣、たしかにズシンズシンと地鳴らしながら、どんどんこっちに近づいてきている。
待機している僕たちの後方にあるのは王都。
つまり僕たちに向かって近づいているということは、王都に向かって近づいているということだった。
「うーん、明らかに一直線に、こちらへ向かってきていますねえ」
「つまり、このまま方向を変えずに向かってきたら……!?」
あの巨獣が王都を踏み荒らすということに。
そんなことになったら最低でも壊滅。下手したらバイク戦艦に踏みつぶされるかのごとく全消滅になってしまう。
「こりゃあ、ここで警戒した甲斐があったってことかなあ」
シャルドットさんが言うが、その顎先には冷や汗が滴っている。
無論、王都壊滅どころか毛ほどの被害も出すわけにはいかない。
ここに集まった冒険者全員に緊張が走った。
「どどどどど、どうするんだシャルドットの旦那!?」
「いま、この場で冒険者階級が一番高いのはアンタだぜ! アンタが仕切ってくれなきゃ困るぜこっちも!」
集まった冒険者たちが口々に慌てだす。
彼らにとっても今日は、あの巨獣が素通りしていくのを見届けるだけの簡単な作業のつもりだったんだろうな……。
「そうだな……、ギルド側も地顕獣直撃なんて夢にも思ってなかったからA級冒険者であるオレに仕切りをさせた。しかし本来ならあんなバカデカ獣はさしものオレでも手に追えねえ。だってオレ……A級だし!!」
あんなのS級でもないと、どうにもできねえよなあ!!
というシャルドットさんの開き直りともとれる発言。
その居直りに、周囲の一般冒険者たちはますます慌てる。
その間も巨獣はズシンズシンと近づいてくる。
「なななななな、なら早くS級冒険者に来てもらいましょう! 王都の危機ともなれば、すぐ駆けつけてくれるでしょう!?」
「バカ野郎! そんな呼べばすぐ来るようなS級なんて有難味がねえだろうが!」
有難味などを論じている場合なのかなあ?
「それを置いてもS級冒険者なんて世界中で十人未満しかいないんだぞ。誰もが前人未到のダンジョンに潜ったり、未開領域を探索したりで連絡取るのも一苦労だ。呼んですぐ来るような手近なところにいる存在じゃないんだよ!」
希少なるもの追い求めるS級冒険者も希少生物であった。
「ぎゃああああああッ!? どうすればいいんだッ!?」
「S級冒険者が来れないなら、あのバケモノを止められるヤツは誰もいないってことじゃねえかッ!? うぎゃあああああダメだ、詰むぅううううううううッ!」
ついには恐慌をきたす一般冒険者たち。
「黙れぃ、騒ぐな! オレたちは冒険者、危険を前に狼狽えてどうする!」
それを一喝するシャルドットさんはさすがのA級の貫録だった。
「絶対的なピンチを前にしても冷静に考え、生還の糸口を見つけ出す! それこそ冒険者のあるべき姿! 安心しろ、このA級冒険者シャルドット様に秘策あり!!」
「おおッ!?」「さすがA級、S級には及ばずとも頼りがいがある、憧れる!!」
皆でシャルドットさんを讃え奉った。
そして、シャルドットさんが抱える秘策とは……?
「いいか、ここ王都にはギルドマスターがいるだろう?」
「え? はい……!?」「そりゃいるでしょう、王都は冒険者ギルドの総本山なんですから」
一般冒険者たちから戸惑いの声が上がる。
もしや……。
「知らないヤツもいるようだが、ギルドマスターもかつては冒険。先代シルバーウルフとはあの人のことだ!」
「えッ、シルバーウルフってコーリーさんのことでは!? 襲名性だったの!?」
「コーリーの兄貴は、ギルドマスターから信任を受けて称号を引き継いだんだ。かつてがギルドマスターこそがシルバーウルフの名で席巻し、冒険者の頂点に立っていた!」
その先代シルバーウルフさんが一線を退いてギルドマスターとなったわけだけれど……。
「引退したとはいえ、かつてS級冒険者だった時の実力はまだまだ健在のはず! そしてギルドマスターであるだけに所在もハッキリしている! むしろハッキリしててもらわないと困る! 手続き的な問題で!!」
「おお、たしかに!!」
「王都の危機を告げれば、ギルドマスターだって重い腰を上げてくれるはず! かつての最強冒険者の実力を見せつけてもらおうぜ!!」
という内容を窺えば他力本願という感想がしっくりくる案だった。
「既に状況は通信で送ってある! あとはギルドマスター本人の到来を待つばかりだ! 皆、往年の最強冒険者の到来を待ちわびろ!!」
野放図にその場を盛り上げるシャルドットさん、
「おおおおおおおッッ!! キタキタキタキタキタぁああああああッッ!?」
「オレ、ギルマスのこと全然尊敬してなかったけど、今日から一番尊敬するぜぇええええッ!」
「オレの目標、ギルドマスター!!」
「お願いです! アナタの弟子にしてください!!」
そして全体の場も野放図に盛り上がっていく。
そこへ、王都の方から爆走してくる人影。
「もしやギルドマスターか!?」
「呼んだらすぐ来る、速い巧い安い! これこそ最強冒険者の実力!」
と好き放題に盛り上がっていたが、実際に到着してみて皆は戸惑った。
何故なら駆けつけてきたのはギルドマスターではなく受付嬢のサリメルさんだったからだ。
普段デスクワークなのに全力疾走したせいか、ゼエゼエ息を乱して顔中から汗を噴き出していた。
「サリメルちゃんじゃないか? なんでお前さんが? オレたちが呼んだのはギルドマスターなんだけど?」
「ゼェゼェ……、ぎ、ギルフォ……いやギルドファブ……ゼェゼェ……!」
いいから、息を整えてから落ち着いて喋って。
「……ギルドマスターは報せを受けてすぐに、こちらへ向かおうと勢いよく立ち上がりました。それが祟って腰に想像以上のダメージが発生し……」
「え?」
「いわゆる、ギックリ腰に……!!」
……。
痛々しい沈黙を、地顕獣のズシンズシンいう足音がかき乱す。
ズシーン、ズシーン。
「では、ギルマスは?」
「もちろん来られません、現在ギルド医務室で集中治療を受けています」
……また沈黙のあと、今度は轟々とした恐慌が巻き起こった。
「終わりだ! 終わりだぁああああああッ!?」
「希望が失われたぁああああああッ!?」
「ギルマスのバカ野郎! やっぱりアイツは尊敬できない!!」
いやいや、ギルドマスターさんも据わり仕事が多かったことだろうから、急に力を籠めたらボキッといったりもしましょうよ。
若い僕にはまだまだわからないことながら。
ギルドマスターさんだって、現役を退いてから十年以上経ってるし現役最強の能力をいつまでも保ち続けていられるとは思えない。
やはり今の問題は、今を生きる現役冒険者たちで解決しなければ。
……そもそも地顕獣は、ウチの農場の住人たちの軽率な行動から生まれた災害。
このまま未曽有の大災害を見過ごすこともありえぬが、多少なりとも農場の責任が絡んでいるなら聖者キダンの息子として償いをしなくては。
ジュニア、動きます!