1277 閑話・農場神拳の秘密
俺です。
農場の聖者こと俺です。
ジュニアが自分探しの旅に出ており早や一日。
不安と寂しさで身を焦がしそうだった。
ちゃんとご飯は食べていないだろうか?
誰も見てないからって三食ポテトチップスとかになってない?
睡眠はちゃんととっているか?
遊びたいからって簡単に徹夜して生活リズムがグチャグチャになっていないか?
変な友だちとかできていないだろうか?
都会は誘惑も多いからな。ジュニアとて年頃の男の子、女性に興味も出始めるに違いないし……。
……イヤァあああああああああああああああッッ!?
あのあどけなくて純真だったジュニアが彼女ができてウェーイウェーイしだすなんて想像するだけで脳が粉砕炸裂するぅううううううッッ!?
「落ち着きなさい」
ぐぇっぷッ!?
キミはプラティ!?
何故キミは冷静なんだ? キミだって母親としてジュニアのことが心配でたまらないのではないか!?
「たとえそうだとしても、子どもはいつか親元から巣立っていくもの。アタシたち親は、それを受け止めなければいけないのよ! それにアタシたちの間にはまだまだ何人も子どもたちがいるの。その子らが独立するたびに身悶えていたら体がいくつあっても足りないわよ!」
それは……プラティの主張する通りだけどさ……。
プラティだって動揺してるだろ、タバコ逆さだぞ。
「はッ!?」
そもそもタバコを吸うことすら今まで一度もなかったのに、その時点から動揺が極まっているじゃないか!
「そ、そういう旦那様こそ、いったん抜いたダイコンを逆さにしてまた土中に埋めようとしてるじゃない! 動揺ぶりなら旦那様の方が遥かに上よ!」
何ぃッ? そんなこと……はッ!?
たしかに、俺は何をしているんだ?
ジュニアが旅立ったことでここまで生活に支障をきたすとは。
俺たちは子どもを支えているつもりで、支えられていたんだなあ。
「どんなに動揺してても抜いたダイコンを埋め直すことはしないと思うんだけれど」
何を言う、ヴィールなんか見てみろ。
動揺しすぎて顔人間のままドラゴンに変身してるんだぞ。
あっちの方がよっぽどありえんだろう。
「アイツとも長い付き合いだけど、あんな変身の仕方もできたのね。新発見だわ」
アイツもそれぐらいジュニアのことを気にしているってことなんだろう。
場合によっては両親の俺たちよりジュニアを可愛がっていたヴィールだからな。
このままヴィールロスに陥らなければいいが……。
『とは言っても、ジュニアくんならなんやかんやで上手くやるでしょう。あの子の有能さは、誰もが認めるところなのですから』
おや、先生?
……先生も首の向きが真逆ですよ? 顔が背中に向かってますよ?
ノーライフキングだからってそんな動きできたんだ。また大発見だ。
それもやっぱ動揺からのしくじりですか?
『あの子は、学んだことはすぐ自分のものにしますからな。ワシの召喚術まで覚えた時はビックリいたしました。あれほど器用ならどこへ行っても困ることはありますまい』
太鼓判を押してくれる先生。
たしかに、ジュニアの覚えのよさは皆の知るところ。
それを面白がって、寄ってたかって色々教えるものだから結果的に英才教育みたいになっていたからなあ。
農場に集まる人物なんて、誰もがひとかどの実力者。
つまり教師側に回れば最高の指導者になってくれるわけで、一等の才能に一等の教えが重なればどんな最強の人材が完成するか。
可愛がりの延長線上でモノを教えていた人々の全員が、仕上がりを見て『オレたちは、なんという怪物を育て上げてしまったんだ……!?』と戦慄したものだった。
いやぁ……ウチの子は天才だなあ……(親バカ)。
「それを言うなら旦那様こそアレじゃない?」
アレとは?
プラティからの指摘に先生まで同調する。
『そうですぞ、農場神拳などという秘奥義をいつの間にやらジュニアくんに伝えて。アレをジュニアくんから披露された時は驚きで腰を抜かしましたぞ』
「アタシだって、あんな超強力なの度肝を抜かれたわよ。この『王冠の魔女』にして『農場の母』とも呼ばれるプラティがね!」
プラティは農場国が立ち上がってから、また変な異名を名乗るようになった。
そんな新宿の母みたいな……!
農場神拳。
それは農場に代々伝わる一子相伝の暗殺拳……ではなく。
ヘパイストス神から与えられしギフトを格闘戦に応用した技で『触れたものの潜在能力を操作する』特質を最大限に生かし、相手の潜在能力をゼロに、自分の潜在能力を最大限として、いかなる相手、いかなる環境においてもワンサイドゲームを実現させる脅威の戦法だ。
これをチートと呼ばずして何をチートというのか、そう言う他ない。
「あんな凄まじい技術体系を旦那様が身に着けているなんて、ジュニアが継承するまで知らなかったわよ! アタシにまで隠しておくなんて酷いじゃない! 夫婦の間で隠し事はナシでしょう!?」
…………。
「ん? 何どうしたの? 急に黙りこくっちゃって?」
『お腹でも痛めましたかのう?』
先生にまで心配させてしまって申し訳ない。
違うんです。
……ジュニアも旅立ってしまって、もはや黙っている必要もないか。
彼が農場にいる間けっして明かすことのできなかった秘密を今、開示しよう。
俺は……別に編み出してなんかいません。
農場神拳などというトンデモ拳法など。
『「へ?』」
素っ頓狂に声上げる先生とプラティ。
お山の向こうでヴィールが『ジュニアに会いたいのだぁ~』と鳴いていた。
「いや、二人ならわかるでしょう。俺は絶対的な平和主義者なんですよ。そんな俺が危険度バリバリの暗殺拳なんて開発すると思いますか?」
「すると思う」『聖者様はこう、ノリ始めると駆け抜けますからな』
たしかに!
それに中二心とかくすぐられたら、実用は二の次でのめり込んでしまうかもしれない。
しかしだ!
今回ばかりは俺は無罪、無罪なの!!
農場神拳に関しては俺は一ミリたりとも触れていません。
なんか気づいたら発生していた、それが事実!!
「ええ……!? でもジュニアは使ってるわよね、あの奥義。旦那様から習ったと言って……!?」
『聖者様でないならどなたが伝えたのです、ジュニアくんに?』
そう、ジュニアが農場神拳を継承したとのたまうならば、誰かしらその拳法を創始し、ジュニアに伝えた者がいるはずだ。
じゃあ、誰よそれ?
誰?
実際、神のギフトを与り使いこなしているのはこの世界で二人だけ。
『至高の担い手』を備えし俺と……。
……『究極の担い手』を備えたジュニアのみ。
その二人以外にギフト使用を前提とした農場神拳の使い手がいようはずもない。
それはある時……、まだ幼いジュニア七~八歳程度の頃。
俺はジュニアに『至高の担い手』の使い方を披露していた。
彼も同じような能力を持っているわけだし、何かの参考になれば……という思いと、まあぶっちゃけ父親として尊敬されたい気持ちがあった。
『パパはこんな凄いことできるんだぞー』って。
そんな思惑通り、当時のジュニアはキラキラとした眼差しで、俺が『至高の担い手』で生み出した奇跡を眺めてくれていた。
父親としてサイコーの瞬間だった!
しかし、だ。
それ以降ジュニアは俺の見せた手本を元に、自身の『究極の担い手』を研究。
様々な使い方を開発し、その果てに生まれたのが……。
……農場神拳。
そう農場神拳の創始者は間違いなくジュニアだったのだ!!
「ええーッ、じゃあ旦那様から習ったってジュニアが言ってたのは!?」
「ただ単にアイデアの元が俺からだったということで、何かしらの敬意を払ってくれているのかも」
ホラ、ジュニアっていい子だからさ。
「だったら、もっと早く事実を訂正しなさいよ! 旦那様がしているのは起源捏造よ! 著作権侵害よ!!」
わかっています!
仰る通りです!
しかし言い出せなかったんだ! ジュニアの他にも俺たちにはかわいい子どもたちがたくさんいるだろう!?
長兄であるジュニアが『この技は父さんが教えてくれたんだぞ』って言えば次男以下もキラキラした眼差しを送ってくれるんだ、父の俺に!
その尊敬の眼差しを失いたくなかったんだ!
子どもたちから失望されたくなかったんだ!
だからついついウソの訂正を怠って……! うわぁああああああああッ!!
「なんて哀れな父親……!?」
『見栄に囚われておりますのう』
やめてくれ! そんな憐れむ視線で見るのは!
プラティと先生ならばまだいいけれど、これが子どもたちからの視線だったら耐えられない!!
すまないジュニア!
キミが一人独立を果たした先では遠慮なく自分が創始者だと名乗ってくれ!
そしてお山の向こうの空ではまだヴィールが『ジュニアー』と鳴いていた。






