1276 ジュニアの冒険:A級冒険者の実力
こうしてA級冒険者シャルドットさんと試合うこととなった僕。
緊張するなあ、A級といえば最上級……S級の一個下という位置だろう。
相当な実力者であることは想像に難くない。
そんな相手に僕の実力がどこまで通用するか。
井の中の蛙が大海を知る瞬間となるのか。
「オレの得物はこの通り、剣だ。もちろん訓練だからマジモンは使わない。それでもこの木剣でも、当たりようによっては命を失う。緊張感を失うなよ」
「は、はい……!?」
「そして、当然オレの方だけ武器持ちじゃあまりに不公平だ。お前も、そこから自分の得物を選ぶといい」
シャルドットさんが顎をしゃくると、それが指し示す方に何種類もの模造武器が並んでいた。
剣、槍、斧、盾、メイス、鎖分銅に投擲武器とマニアックなものまで網羅している。
そのすべてに共通しているのは木製で、殺傷力を意図的に殺いであるということ。
あくまで訓練用であることが示されている。
「さて何を選ぶ? オレとしては間合いを空けられる槍なんかがオススメだが……」
「いえ、僕はこれで」
僕は、何も持っていない掌をシャルドットさんへ向けてかざす。
ぐっぱ、ぐっぱと握り放しを繰り返しながら。
「徒手空拳が得手か? まあナシじゃないが何のために武器があるかってことは考え直してみた方がいいんじゃねえか。純粋に素手からプラスアルファで強くなれるのが武器の効能なんだぜ」
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫、究極の武器がもう既に僕の手の中にありますんで」
「ふぅん、じゃあ見せてもらおうか。自信家新人冒険者さんの実力をよぉ!!」
そこからは電光石火。
『始め』の合図もないままに、それこそ電光の速さでシャルドットさんが懐に飛び込んできた。
かまえは突き。
あらゆる剣攻撃の中で最速の動作だ。
最速の動きからくる最速攻撃。
これこそA級冒険者シャルドットさん必殺の型であることが瞬時にわかった。
しかもシャルドットさんの持つ得物がただの剣ではなく、大剣であるということがまたエグい。
質量はイコール攻撃力だ。
重いほどに大きな衝撃となり、敵の防御を粉砕できる。
シャルドットさんが、みずからの突き攻撃をどれほど磨き上げて工夫しているかが伺える。
「くらえ! 我が必殺、A級刺突鋼穿!!」
技名までつけている辺り、思い入れの深さが伺える。
実力者が全身全霊を振るった一撃。
こちらも本気で受け止めなければ、それこそ怪我では済まない!
よし行くぞ!
はぁああああああああああああああああああああッ!!
「なッ!?」
「へッ?」
シャルドットさん本人だけでなく、傍で観戦していたヒビナさんまで気の抜けた声を出す。
それは何故か?
多分僕が、シャルドットさんの全力を込めた突きを指先一本で止めたからじゃないでしょうかね。
「指一本で? オレの必殺技が、たったの指一本で止められた?」
いや、決して指一本ではありません。
僕に宿るギフト『究極の担い手』で、アナタの必殺攻撃のすべてを封じ込めたからこそできた業です。
相手の性能は全封殺し、自分の性能を最大限以上に活かす。
それが父さんから受け継いだ農場神拳の極意なので。
「完全防御からの腕捻り上げ」
「あだだだだだだだだだだだだだだッ!?」
これで勝負はついた。
新人冒険者の僕vsA級冒険者シャルドットさんとの試合は、僕の勝ちということでいいですよね?
「いい! わかったお前の勝ちだ! まいったまいった! 関節痛い痛い痛いッ!」
無事ギブアップの言質もとれたということで、僕は関節極めていた手を放す。
「隙あり!」
隙はありません。
手放した途端不意打ちしてきた手を取って再び関節極めに、今度はパロスペシャル持ち込んだ。
「ぎゃああああああああああッッ!? すみません! すみません今度こそ本当にギブアップです肩がもげるぅうううッ?」
本当ですか?
次また不意打ちをかけてきたら、今度はもっとエグい関節技を使いますからね。レパートリー多いんですよ僕はその辺。
しかし人を信じることが何より大切なので速やかに放す僕。
「ぐおおおおおお……!? まったく何もかも通用しなかった……! 手も足も出ない……!?」
「シャルドットさんってば、不意打ちまでして一矢も報いれないなんて……無様すぎる。うぷぷぷぷぷぷぷ……!」
決着を見届けてほくそ笑むヒビナさん。
何?
「だってこれが見たくて研修に参加したんだもん!! ジュニアきゅんならA級にも負けないだろうし、油断しきったシャルドットさんがほえ面かく率十割だとしたら、見逃すわけにはいかない!!」
「テメエ、ヒビナこうなることが予想ついてたってことか!? それを黙って見過ごすなんて性格悪すぎるぞ!」
「ぎゃああああああッ!? やめてやめて! 両こめかみをグリグリしないでぇええええッ!?」
ヒビナさん……。
そんなこと当人の前で言ったら逆襲されるのは目に見えていたでしょうに。
冒険者なんだから危険に敏感なのではないんですか?
「…………」
しばらくヒビナさんを苛めて気が晴れたのか、シャルドットさんは報復相手を放り投げて立ち尽くした。
「本当に手も足も出なかった……新人相手に」
あっ、あの……!?
その点に関しましては、なんと申しましょうか……!?
ただ運がよかっただけ? いやものの弾みと言いますか……!?
いい言葉が浮かばん!?
「気を使わなくていいよ。圧倒的な実力差、それ以外に表現のしようがないんだから。オレの必殺技を指一本で防がれちゃなあ」
「新人相手に初手必殺技で臨むのもどうかと思いますけれども」
ヒビナさんからのツッコミも華麗にスルー。
「あの時、オレが使っていたのは木剣だったが、触れた瞬間確信があった、『これは真剣でも無理だな』と何故かすんなりと悟ることができた。……なあ、お前は一体何者なんだ?」
何者と言われましても。
ただの農場国からやってきた通りすがりとしか言いようがないです。
「農場国……ここ何年か前に出来上がった新興国か。オレは行ったことないが、色々噂には上ってるな」
「えー、シャルドットさん国出たことないんですかー? A級冒険者なのに行動範囲せっまー?」
「うるせえッ!! 魔国ぐらいには行ったことあるわ! お前はC級冒険者風情で何目線で語ってやがる!?」
ヒビナさんのことが、ただシャルドットさんをからかいたいがだけの生き物としか見えなくなっていた。
「ただまいったな。こうも圧倒されたら『冒険者としての恐怖を教える』という目的が果たせない。これじゃあ研修失敗になっちまう」
「えッ!? じゃあもしやジュニアきゅん冒険者になれないってこと!? 強すぎるから不合格とかいう展開アリ!?」
ええッ?
それはさすがに困りまくりなんですがッ!?
恐怖……、恐怖なら大丈夫です。
今人生で一番怖かったことを思い出します!!
……。
――『ジュニア? アナタ今朝ノリトたちが盗み食いしたのを見逃したわね?』
……。
ガクガクガクガクガクガクガクガクガク!
ブルブルブルブルブルブルブルブルブル!
「ヒィッ!? ジュニアがいきなり震え出した!?」
「顔も真っ青で、全身鳥肌が立ってるわ! 思い出すだけでこうなるなんてどれほど恐怖体験したの!?」
このアピールが功を奏し、僕は特別に研修パスで通してくれた。
「まあここまでの逸材を拒むわけにもいかんだろう」
とシャルドットさんがぼやき気味に呟いていた。
* * *
「あら、研修は終わりましたか? 随分時間がかかったようですが?」
受付に戻ると、例の受付嬢サリメルさんが、また胡乱げな視線を向けていた。
僕の隣に立つシャルドットさんが答えて……。
「いやあ、メインの当人は全然手がかからなくて優良だったんだが、付き添いを鍛え直すのに手間取ってなー。ホント不甲斐ない先輩だわホントに」
さらにその隣に、ボロボロになって立っているヒビナさんがいた。
重鎮の先輩をからかうからそんな目に遭うんですよ。報復されるという考えは浮かばなかったんですか。
「ともかくこのジュニアくんの研修は満点通過ってことで記録しておいて。十年に一度の逸材……いや百年に一度ぐらいじゃねえかな?」
「シャルドットさんがそこまで手放しで褒めるとは、逆に胡散臭いですね。もう一人ぐらい指導につけますか」
「お前はマジでヒトの言うことを受け付けんな」
第一印象の通りの人らしい。
こうして僕は晴れて冒険者になれた……ということでいいんだろうか?
農場の外に出て、世界を知る修行の一歩が始まる。