1275 ジュニアの冒険:サバイバー研修
A級冒険者シャルドットさん。
彼の持つ木剣は、通常のものと異なり刀身も長く肉厚だ。
いわゆる大剣というジャンル分けされるに相応しい剣で、あの人は実戦でもあのサイズを愛用しているに違いない。
ただ、木剣とはいえあのサイズをしっかり使いこなしている感が彼にはあり、その点武器に振り回されていたヒビナさんとは真逆の印象だった。
一目見ただけでわかる。
まだまだ成長途上の有望株と、完成の域に達した真のベテランとの違いだ。
「では早速研修開始だ、期待の新人クン」
A級冒険者シャルドットさんが、冗談気に言い放つ。
その瞬間に全身がビクリと震えた。
父さんが言ってた。
――『新人に異様な期待をかけるところはブラック企業だ、気をつけろ!』
と。
『期待の新人クン』と言った……冒険者ギルドはブラックだったのか!?
「お、どうした今更硬くなって? 研修とはいえ限りなく実戦に近いからな。気を引き締めるのはいいことだが……」
シャルドットさんはかまえを崩さずにニヤつく。
そして傍でただ棒立ちするだけのC級冒険者ヒビナさん。
「まずは座学からだ。新人クンに質問、冒険者にとってもっとも大切なことは、なんだと思う?」
「生き残ること、でしょうか?」
僕が即答するとシャルドットさんは、ほう、と表情を変えて……。
「一発正解とは恐れ入った。まいったね、ここで唐変木な回答して叱り飛ばしてやるのが既定路線だっていうのに、予習でもしてやがったか?」
「すみません……!」
「いやいや、予習復習が余計だって業界なんてねえよ。しかしどこで習ったんだ? 冒険者の養成学校なんて聞いたことねえがな」
「僕の実家に、冒険者の人が遊びに来たことが何回かあって、その時に話を聞いたと言いますか」
「はぁー、どこにでもいるよな自分語りの好きなヤツ。ま、そういうヤツほど話盛って実像以上に自分を大きく見せたがるもんだがよ。大丈夫かソイツ、お前さんにウソ教えてねえ?」
さあ、どうでしょう……?
農場に遊びにくる冒険者といえば大抵がS級なので実像も何もないような気もしますが。
中でも熱く語るのは先代シルバーウルフさんとゴールデンバットさんだったが。
あの人たちがウソつきかどうかというのは……そちらでご確認ください。
「まあ、お前がウソを教えられてるかどうかは、これからハッキリするこった。オレの放つ一撃一撃にウソはねえからよ」
木剣を握る手に闘気が宿る。
あれは本気の攻撃を加える際の前触れだ。
「じゃあ問答の続きだ。冒険者にとって一番大事なことは生き残ること。それは何故だ?」
「冒険者の目的は戦いに勝つことじゃないからです」
誰も知らない領域に踏み入り、何かしらの成果を得て帰還すること。
それが冒険者の行動目的。
無帰還ではなにも成し遂げられない。だからこそ冒険者は必ず生きて帰ってくることが義務付けられるのだ。
「正解だ。冒険者は生還を義務付けられている。死んじゃ何も持ち帰れないからな。だからこそ冒険者には代々、生き延びるためのメソッドが受け継がれている」
「それをこれから教えてくれると?」
「あたぼうよ、研修だぜ。教えないなら他に何するってんだよ?」
それもそうですが……。
「それではまず挨拶代わりに、意外なところで命を助ける小技を伝授してやろう。これだ!」
と言ってシャルドットさんは、手のひらに収まる程度の小箱を取り出した。
箱の材質は厚紙で、とても簡易的だ。
それはもしや……マッチ箱?
「その通りだ! マッチは冒険の必需品、火を熾すにもマッチがあれば簡単だからな! しかしマッチにはもう一つの使い道がある! 冒険の際に生死を分かつほどに重要な、な!」
「洞窟ダンジョンに投げ込むんですよね」
知ってる。
洞窟には、人間が吸っただけで意識を失うような有毒ガスが充満している場合もある。
気づかず足を踏み入れようものなら一巻の終わりだ。
そこで侵入前の用心として、火をつけたマッチ一本洞窟内に投げ込む。
すぐさま火が消えたら要注意というわけだ。
人間が必要とする酸素が存在していないということなんだから。
「ほ、ほう……よく勉強してるじゃねえか」
正解したらしい。
シャルドットさんは肩透かしを食らったような顔で所在なさげにしていた。
「じゃあ、もうちょっと専門的な話も披露するか! この花、何かわかるか!?」
「カナリア草ですよね」
空気中の毒や危険な魔力によって色が変わるという。
目に見えない脅威にいち早く反応するというので、冒険者の命を守る必須アイテムであるとか。
「こ、これも知っているとは……、お前の家に遊びに来てたっていう冒険者から聞いたのか?」
「はい」
特に先代シルバーウルフさんが、時折冒険者講座を開いていたので習うことが多かったですね。
「くッ、冒険者の秘伝をそんなあけすけに……!? いいのか? 冒険者としての自覚があるのかソイツ?」
さあ、どうでしょう?
S級冒険者(当時)だったからあるんじゃないですかね?
「す、凄いジュニアきゅん……実力だけでなく知識も備えているなんて……!」
なんか後ろでヒビナさんが目をキラキラさせていた。
なんで?
……あッ、いや。
こういう時にベストマッチするセリフを父さんから教えてもらっていたんだった。
僕、何かやっちゃいましたかね!!!!!?????
「ふッ、どうやらお前さんには、いきなり実践から入った方がよさそうだな。手がかからない生徒で助かるぜ」
シャルドットさんは、どこかひきつく笑みを浮かべながら……。
「では続いて質問だ。生き延びるために一番大事なものはなんだ?」
「……恐怖」
「ここまで正解続きだと張り合いがねえな。教える意味あんの、ってなるぜ」
いえ、それは……。
せっかく研修していただいてるんですし……。
「恐怖とは、死を避けようとする感情だ。危険とは、死をもたらすものであり、その危険から遠ざかろうとするのが恐怖」
恐怖に従い続ける限り人は死から回避できる。
「マッチもカナリア草も小手先の技でしかない。根本的に死の危険を嗅ぎ分けるのは、当人に備わった恐怖だ」
最後まで生き残れるのは勇者でも賢者でもない、臆病者だ。
という言葉があるという。
「しかし冒険者になろうってヤツほど、怯えるヤツは根性なしだと勘違いするのが実に多い。そういうヤツほど真っ先に死んでいくってのにな。……そこでヒビナ」
「はいッ!?」
急に話を振られてビクッとするヒビナさん。
「せっかく居合わせてんだ。復習がてらこの次の口上テメエがのたまってみな。覚えてなかったらランニング訓練場三十周な」
「うぇえええええッ!?……あの、勇気ある者と命知らずは違う、その違いが判らないと冒険者として大成できない、ですよね?」
「そう、よく覚えてんな」
「自分から振ったのに!?」
これが後輩いびりというヤツか……!?
でも覚えるくらいとは、それぐらい繰り返し言われていることなのかな?
「恐怖に従い続ければ死ぬことはないが、その代わり何も得るものはない。何かを得るにはリスクを冒すしかないのが世の中だ。だから冒険者は恐怖と向き合いながら一歩踏み出さないといけない。恐怖に従い、恐怖を御する。それが冒険者に必要な第一のことだ」
「はいッ!」
「冒険者になるお前は、これから何度も何度も恐怖と向き合ってのるかそるかの決断をしなければいけねえ。決断を間違えれば何も得られないか、死だ。恐怖との相談を誤らなかったヤツだけが何かしらを掴める」
そこで……。
「お前さんには俺と勝負してもらう」
ええー?
「A級冒険者との真剣勝負だ。ハッキリ言っておくが、一つ星モンスターなんかと比べ物にならねえ。本物の死の恐怖を感じることになるだろう。しかしその勝負からお前は、真に死に迫る恐怖を体感し、その記憶がお前の行動を決める大きな指針となっていくだろう」
なるほど。
新人冒険者たちが命知らずな蛮勇に及ばないように、ここで死の恐怖をしっかり刻み込んでおこうというわけだな。
しかしそんなことをせずとも、僕の記憶には恐ろしき死のピンチが……。
――『ジュニア、宿題はちゃんとやったのかしら?』
……こわわわわわわわわわわわッッ!?
恐怖が体を突き抜けてきた。体中に鳥肌が駆け抜けていくほどに。
「おおッ、いきなりブルッたか? いい反応だ。しかし、それで実践を免除してやるわけにはいかねえ。冒険者ギルドの通過儀礼だからな」
シャルドットさんの握る木剣の、その存在理由がやっと判明する。
「A級冒険者の実力を骨の髄まで味わうってこともこの研修の意義だ。お前たちが目指す先の力を、その身で味わってみろ!」






