1274 ジュニアの冒険:ジュニアヤーナ
冒険者ギルド、受付カウンターにて……。
「あら、随分と遅かったですね」
帰還してきた僕たちを確認して、受付嬢のサリメルさんは言った。
「王都周辺の雑魚モンスターをちょっと蹴散らして帰ってくるならすぐでしょうに。どうしました? そこの新人坊やが腰を抜かして、運んで戻るのに手間取りましたか?」
「いや……思いのほか白熱してしまって……!」
苦笑する僕の横で、女冒険者のヒビナさんは口から魂が抜けかけていた。
いや実際、僕と羅刹王ラーヴァナとの戦いは熾烈を極めた。
僕は違うよ?
テキトーなところで切り上げようとしたら羅刹王の方こそ興が乗り出したんだもん。
さすがは悪鬼に並ぶと謳われた神話上の戦闘生物。
地元では神々と互角の戦いをすると言われる羅刹は、こっちの世界に当てはめるならドラゴン級の脅威だ。
赤銅色に輝く肌は、通常攻撃ではもちろん傷つけることもできないし、特別に神属性攻撃への並外れた耐性も持つという。
二十もの手に握られた剣はいずれも神話級のいわくつきで、いわば聖剣みたいなもの。
それを無秩序に振り回されてみよ、即死の嵐が吹き荒れるようなものだ。
それに対するは、何の変哲もない農場主の息子。
しかし、僕だってそれ相応に腕の覚えもあった。
周りが規格外尽くしだから。
皆が僕を可愛がってくるのと抱き合わせで色んな技や術を教え込んでくれた。
特に父さん。
父さんは聖者として、みずからの能力を最大限引き出しつつ、常にどこぞにある脅威を退けるための技を磨き上げていた。
その名を農場神拳。
父さんの子として、その資質を少なからず引き継いだ僕だからこそ、その真価を十二分に発揮できる。
農場神拳は、神からのギフト『至高の担い手』の性能を極限まで引き出し、かつ攻撃に転化できる。
『手にしたものの潜在能力を百パーセント以上引き出すことができる』という効力は、ベクトルを逆にすれば『手にしたものの性能を百パーセント以上封殺できる』ということにもできる。
僕には父さんから遺伝した能力『究極の担い手』で、父さんに極めて近いことができる。
どんな宝剣だろうと触ればナマクラにできる。
四方万里を見渡す目だろうと、僕が手をかざせすだけで闇に落とすことができる。
そして『究極の担い手』で触れた空気やら、あるいは空間そのものの殺傷力を何倍にも高めて叩き込む。
いわゆるバフとデバフを自由自在に勝手しながら相手を追い詰めることができる。
それが農場神拳の神髄。
その力でもってすればいかに羅刹王と言えども、簡単に倒せる相手ではありませんよ、僕は。
二十の刃が超高速で襲い掛かってくるのも色々縮み上がる体験だったが、自分でも言った通り全身に注意を張り巡らせれば防げない脅威じゃない。
いや、ホントに息つく間もなくて忙しなさに酸欠になりそうだったが。
しかも羅刹王だって戦闘生物なだけに途中からバトルが楽しくなってきたようで、空飛ぶ戦車やら破壊神の宝剣やらいろいろヤバいの出して本気モードできたから僕も冷や冷やした。
最終的に満足して帰ってくれた。
そのあとにはヒビナさんが腰抜かして失神していた。
……運ぶのに大変だった。
「…………!」
意識を取り戻してからヒビナさんはバツの悪そうに沈黙するばかり。
「それで、どうです? やっぱり使い物になりませんか?」
受付嬢サリメルさんからのぶっきらぼうな質問に、ヒビナさん顔を引きつらせながら。
「あはっは……! どうだろう? 私の判断力では手に余ると言いますか……!?」
「? 何ですそれは? アナタも栄えある冒険者ギルド王都支部でC級冒険者を務めるのなら、いつまでもフラフラしていては困りますよ」
「は、はい……!」
サリメルさんからの鋭い舌鋒に、言葉少なに受け答えしかできないヒビナさん。
「やめてください、ヒビナさんは充分にギルドからの指示をまっとうしました」
しかし思うことがあったので僕、口を挟む。
「そりゃヒトによって完璧不完璧はあるでしょうけど、最低限指示された水準をクリアした人に必要以上に小言を言うのはモチベーションを下げます。冒険者のやる気を下げるのが受付嬢の仕事ですか?」
「なんですって……!?」
ヤバい、言い過ぎたか。
『お前はプラティに似て相手を必要以上に言い負かす癖があるからなあ』と父さんから言われて注意してたのだが、早速やらかしてしまった。
ただその一方で、横のヒビナさんが。
「ジュニアくん……!」
なんか瞳がキラキラしている。
受付嬢サリメルさんは深いため息をついて……。
「まあ、ギルド側からの依頼は達成しているのですから、たしかにガミガミと言うのは差し出口でしたね。改めて聞きますが、ジュニアくんの冒険者適正アリというのがヒビナさんの最終判断で、よろしいですね?」
「はい! まったくもってよろしいです!!」
そこまで力一杯に応えなくても。
「いいでしょう、ではジュニアくんは第二段階に進んでください」
第二段階?
まだあるんですか?
「当然です。一段目はまさしく冒険者として最低限の覚悟が備わっているかどうかの審査。しかし心構えだけでプロになれれば誰も苦労はしません。やはり心だけでなく力や技も伴っていなければ、冒険に出かけてもすぐ死ぬだけです」
まあ、言わんとしていることはわかるけど。
「なのでここからは冒険者として最低限備えておくべき技術を学んでもらいます。つまりは研修ですね」
研修。
審査の次は研修か。順当な段階なのかな。
「それもヒビナさんから?」
「まさか、ヒビナさんはC級、まだまだヒトを指導できる立場にはありません。より上位の……経験実力ともに豊富な冒険者にバトンタッチします」
そっかー。
知り合ったばかりで寂しいが仕方ない。より多くの出会いも求めていかないとな。
「あの……できれば私も同行していいかな?」
ヒビナさんがおずおずと手を上げる。
「どうしました?」
「いや……私も研修に参加していいかな、なーんて」
「は? 何故です?」
「いやー、私もたまには基本に立ち返っておかないとさ。大きな事故の元になるかも、とかー?」
何とも要領を得ないヒビナさん。
受付嬢サリメルさんは困ったものを見る目で合ったが……。
「……初心を忘れないのはいいことですがね。本当ならまだクエストをこなしてほしいところですが、こちらの都合で動いてくれた労もありますから、こちらからもとやかく言えません。ご希望通りになさってください」
「あんがとー!」
「では、ついでですのでジュニアくんを訓練場へ案内してあげてください。A級冒険者のシャルドットさんに待機してもらっていますから」
なんやかんやいって次の段階を準備してくれていたのか。
ヒビナさんに連れられてギルド内の廊下を進むと、屋外に出て特別開けた空間へと出た。
恐らくここが訓練場なのだろう。いかにもという外観だ。
そこに一人立つ、精悍な青年。
「ここに来たってことは、無事審査を通ったってことだ。空振りにならなくてよかったぜ。何しろこのA級冒険者シャルドット様の時間を使わせてるんだからな」
ニヤリと笑う表情には凄味があって、ただ者でないことは一目でわかった。
まあもっとも農場に出入りする人たちの凄味には大分遠いけれども。……比較するのは可哀想か。
「あん、ヒビナまでどうしたんだ? お前さんの受け持ちは終わっただろうが?」
「いやぁ、私もいい機会だから研修受け直してみようかなぁ、なーんて」
相変わらず歯切れ悪いヒビナさんに、格上冒険者さんは愉快気に……。
「いい心掛けだ。人間慣れてくるとすぐ基本を疎かにして、そういうヤツから先に死んでくもんだ。ヒビナよかったな、これでまだ長生きできるぜ」
「あざーす……」
ヒビナさんが委縮している。
それほどあのシャルドットさんなる人が実力者ということなんだろう。
とりあえず礼儀をもって接しないと。
「本日、冒険者への登録を願い出たジュニアと言います。よろしくお願いします」
「へえ礼儀のなってるガキじゃねえか。貴重だな」
精悍な青年……シャルドットさんは、好感の持てる顔つきで僕のことを眺める。
「冒険者志望の若造なんて、もう英雄になった気でふんぞり返るようなヤツばかりでな。お前さんみたいなのが入ってくれると助かるよ。お前さんの活躍で冒険者全体の品位を上げてやってくれ」
「はあ……」
その、もう僕が冒険者になったような口ぶり。
いいんですか?
「ヒビナが認めたんならもうOKだろ。オレがするのは新人が即、オシャカにならないよう最低限の心得を叩き込むことだからな。精々長生きして、冒険者ギルドに貢献してやってくれ。それがお前さん自身の立身出世にも繋がる」
シャルドットさんは、地面に突き立てていた木剣を振り上げる。
「ま、世間知らずのガキを叩きのめして現実での立ち位置をわからせてやるのもオレの仕事だが、それはお前さんには必要なさそうだな。手間が少なくなって助かるぜ。その分、他のタスクに力ぁ入れさせてもらう。お前さんには長生きしてほしいとオレの直感が言ってるからよ」
どうやらタフなやり取りになりそうだと、僕は身がまえた。






