1273 ジュニアの冒険:勇気の価値は
僕ジュニア、ただ今冒険者となるための審査中。
審査の内容はとっても簡単。
実戦の冒険者クエストを間近で見て、気をしっかり保つのだそうだ。
一見簡単そうに見えるが、最低限それすらできないようでは冒険者としての資質は本当にない、ということなんだろう。
それに実際簡単なのか? というと言い切れない剣呑さが、この審査にはある。
冒険者とモンスターの、本気のやり取りを目の当たりにするんだ。
『お前を殺します』と言われて『はい、そうですか』と簡単に容認する生物なんていない。生物にとって死こそもっとも恐るべき、避けなければいけない事柄なのだから誰もが全力でもって抵抗する。
必死に。
双方が必死になって、相手の必死をひねり潰すのが殺し合いなのだガから、その迫力、凄惨さは筆舌に尽くしがたい。
それをただ見ているだけでも著しく心が削られるに違いない。
相当な胆力がなければ心折られることだろう。
僕もしっかり気を引き締めて望まねば。
農場仕込みの心胆を見せつける時よ!
僕がそうやって考えをまとめている間に、女冒険者のヒビナさんの方も動いていた。
何やら壺みたいなものを取り出して……いや、香炉か?
その中に干した草のようなものをいくらか注ぎ込むと、続いて火種を投げ込んで蓋をした。
隙間から黙々と煙が漏れ出す。
「これは魔物寄せの香よ。少し待っていれば、この匂いに誘われてモンスターがやってくるわ」
やっぱり香炉の中に注いでいたのは香草の類だったか。
まあ香炉なんだから当然か。
「王都周辺だからそこまで強いモンスターは出てこないでしょうから、必要以上にビビらなくていいわ。それでもモンスターはモンスターであることに変わりない。油断してたら一瞬で食われるわよ」
見物すらも命懸け。
ヒビナさんの言葉はそのような意味に聞こえた。
少しの間待っていると、たしかに予告の通り禍々しい気が漂ってきた。
気配はどんどん大きくなっている。
近づいてきているのだ。
そして脅威は気配だけでなく目に見えて現れだした。
あれは……、バッタ?
しかも中型犬ぐらいの大きさのある、明らかに異形とわかるモノ。
それが三~四匹ほど徒党を組んで、ビョンビョン跳びながらこちらへ迫ってくる。
「一つ星モンスターのライオンバッタ……、まあ標準的なのが出てきたわね。アナタは下がって見ていなさい。私が戦っている間、絶対に動かないこと。大声を上げるもの禁止。わかったわね!」
と言って剣を抜き放ち、巨大バッタへと立ち向かっていくヒビナさん。
特に僕自身への防護策もなく、あれでモンスターが脇をすり抜けて僕に向かってきたらどうするつもりだろうとも思ったが、その危険からの恐怖にも耐えてこその冒険者ということだろう。
僕もその試練に耐え抜こうを、腰を沈めてヒビナさんの戦いを見守った。
けっしてビビりなどしないように。
……。
……うん。
あッ。
ちょ。
ちょちょちょちょちょちょちょちょッ!?
うおおおおおおおおおおおおッ!?
待って待って待って待って!
うひゃぁあああああああああッ!?
こッ!? ふひゃ!
あぶい! あぶいあぶい!
危ない!
ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?
こわッ!
マジこわッ!?
スリリリリリリリリリリリリング!!
スリル、ショックサスペンス!!
はぁあああああああ……!
はぁ。
怖かった。
マジ怖かった……!?
「どうだったかしら? 冒険者の実戦を目の当たりにした感想は?」
戦いを終えてヒビナさんが戻ってきた。
「あら顔中冷や汗びっしょり掻いて、そんなに恐ろしかったの? 度胸試しの審査でそこまでブルってちゃ、どうしようもないわね」
「怖かった……マジで怖かった……!」
「そんなに? だったらやっぱり冒険者なんてならずに田舎に帰った方が……」
「怖いのは、アナタですよ!!」
「え?」
虚を突かれたとばかりに目を点にする女冒険者のヒビナさん。
いや、なんでそんなに意外そうなんですか。
アナタの戦い方が、危なっかしすぎてガチビビりしてたんですよ!
何ですあの雑な戦い方は!?
その大剣、たしかに得物が大きければ大きいほど当たればダメージは大きいですよ、当たればね!
でも大きいほど重量も増して扱いも難しくなる!
自分の筋力に見合った得物でないと、振り回すには慣性に頼るしかなくなって諸動作間における隙も大きくなるんです。
敵からしたら格好の狙いどころですよ!
それなのにアナタは、あんな俊敏なモンスターをに対して隙を隠そうともせず。
しかもアナタ、背後に対する注意がまったくないじゃないですか!
『背中がガラ空きだぜ』ってヤツですよ!
敵モンスターは複数いたし!
一匹背後に回っても何の警戒もないのなんて、見てるこっちの背筋が凍りましたよ!!
よく勝てたなアレで!
ホント運がいいとしか思えませんわ!
結論!
何が怖いかってアナタの戦い方が一番怖い!
以上!
「なななな、なんですってえええええッッ!?」
ビビるかどうかの度胸試しが審査だって言いますけど、あんなビビらせ方こそルール違反でしょう!?
どうするんですか、この状況!?
僕はアナタの危なっかしい戦い方に手に汗握っちゃいましたけれど、これも審査不合格になるんですか!?
「それ以前の問題よ! 私の戦いが素人臭いですって!? このC級冒険者である私の!? 小僧風情が! そこまで言うならアンタの言うベテランの戦い方を見せてみなさいよ!」
ヒビナさんは頭に血が上っているのか、完全に売り言葉に買い言葉状態となっている。
戦い方を見せてみろと言っても……。
しかしここで何もせずに引き下がったらそれこそ彼女の機嫌を直すのは不可能。
ギルドに戻ってあることないこと騒がれて、冒険者としての資格を早速剥奪されてしまうかもしれない。
それは困るな。
仕方ないから一曲お見せするとしますか。
「今新しいモンスター寄せの香を……あれ、ない!? さっきので使い切った!?」
「大丈夫ですよ。今度は僕が呼びますから」
向こうが動いてくれたなら、次はこっちが動くというのが理に適っている。
しかし僕は、魔物寄せの香など持っていない。
なら別の手段を使えばいい。
大丈夫、僕には先生直伝のとっておきの技があるので。
ノーライフキングの先生がもっとも得意とする召喚術で、あの人は神仏すらも思いのままに召喚することができた。
僕は幼少の頃からあやされるように先生の教えを受け、その召喚術を習得するに至ったのだ。
まだまだ本家には足元にも及ばないけれどね。
「この召喚術で手ごろな対戦相手を召喚してみましょう」
「しょうかんじゅちゅ……?」
うーん、どの程度のランクがいいかな。
よし、決めた。
邪悪にして残虐なる夜の王よ、姿を現しその暴威を示せ!
召喚に応えて現れたのは、人型ではあるが人間の三~四倍の上背を持った巨躯の……しかも十の頭と二十の腕を持った赤銅色の肌の怪人であった。
「なにこれぇええええええッッ!?」
「羅刹の王ラーヴァナさんです。本日は、僕との戦闘を実演するための相手役として来ていただきました」
よろしくお願いします。
ペコリと礼すると、相手も応えて黙礼する。
全方位に注意を張りめぐらせる戦いを披露するにも、この羅刹王は打ってつけだ。
何しろ物理的に目が二十もあれば死角など生まれようもない。
さらに襲いくる、二十の手に握られた二重の斬剣。
「あわ、あわわわわわわわわわわわ……!?」
明らかに、先ほどの巨大バッタなど遥かに超えた脅威だとわかる。
それを間近に、歯がカチカチ鳴るほど恐怖に振るえるヒビナさんを尻目に、僕は羅刹王に向かって跳躍した。
これが、僕が農場で培った戦いの技だ!!






