1270 成長したジュニア
僕の名はジュニア。
聖者キダン・ジュニアという。
正式名称はそんなだけれど、長ったらしいので普段は縮めてジュニアと呼ばれている。
ジュニアというのは、父さんの故郷の言葉で『~の息子』という意味があるんだとか。
つまり『聖者キダンの息子』という意味らしいんだが僕、一生息子と呼ばれるの? と一時期不満に思ったりもしたものだが父さんから……。
『時期を見てお前が聖者キダンを名乗るといいさ』
と言われているので、いずれは僕が聖者キダンらしい。
今の時点でも父さんは『聖者』か『聖王』としか呼ばれていないので、もう既に聖者キダンを名乗ってもいいような気もするけれど、僕だって生まれてこのかた十六年ほどジュニアと呼ばれ続けてるんで、この名前に馴染みができてしまっている。
なかなか変えられないので、なんかいいきっかけが来るまで様子見しておこうとも思うのだった。
そんな僕だが現在は、父さんの手伝いをして農場及び農場国の運営に尽力している。
農場国の運営も大変だが、農場そのものも父さん母さんが一から築き上げてきた場所で思い入れもひとしおらしい。
オークボさんやゴブ吉さん、ベレナおばさんにエルフやサテュロスといった古くからの住人も農場で楽しく過ごしているし、出来る限り継続していく方針だ。
それでいて農場国の方も、将来は僕に統治を引き継がせたいと思っているようで手伝いさせられている。
主に母さんからの指示で。
そうした後継問題? に関してはむしろ母さんの方が積極的で、さすがは元々人魚国の王女……といった風格だ。
逆に父さんは『将来何をしたいかは子どもたちの自由意思に任せた方が……』と言っているが一国を預かるんだから、その辺りはなあなあではいけないと思う。
なので今日も僕は農場国を見回り中。
ドラゴンの姿に戻ったヴィールに乗せてもらって上空を飛び回る。
「今日も農場国は平和だなー」
『がーっはっはっは! おれ様とジュニアが合わさればどんな敵でも即時粉砕だからなー! 突っかかってくる愚か者もいねえのだー!!』
ヴィールは、僕が生まれた時から一緒にいるドラゴンで父さんに従っているらしい。
父さん母さんが忙しい時はよく代わりに面倒を見てくれて、僕にとっては三人目の親とも言うべき存在だ。
こうして僕が成長した今でも一緒に行動してくれて頼もしいことこの上ない。
それでも僕としてはそろそろ自立もしなきゃなので見守ってくれるとありがたいかもなんだけれども……。
『国内は一周したな! よし、見回り完了ということで農場に帰っておやつにするのだー!』
そうだな。
今日は僕が弟たちにおやつを作ってあげる日だ。
とは言っても、僕はまだまだ父さんほど料理も上手くないので、せいぜいシュヴァルツヴェルダーキルシュトルテぐらいしか作ってあげられない。
料理にしろ農作業にしろ、早く父さんみたいに上手くできたらいいのになあ。
* * *
農場に戻ると、珍しく父さん母さんが揃っていた。
珍しいな、この時間に二人とも家にいるって……?
僕が不思議そうに見ていると、父さんもその視線を感じ取ったのか……。
「帰ってきたかジュニア、ちょっとそこに座りなさい」
え?
ああ、はい……!?
「おやつはもう俺が作っておいたから、よければジュニアも食べなさい。ああ、ヴィールの分もあるからな」
「おっしゃあああああッッ! 生八つ橋なのだぁあああああ!!」
人間形態に戻ったヴィールが、弟たちに交じっておやつを貪る。
僕も折角だからご馳走になるか。
……うむ、ニッキ臭くて美味しい。
「ジュニアにおやつを作ってあげるなんて何年ぶりだろなあ? 最近は農場国の仕事が忙しくて、弟たちの世話までしてもらって、本当に情けないというかなんというか……!」
「その話は今じゃないでしょう旦那様」
母さんが隣で窘める。
一体なんだろうか、この状況は?
明らかにいつもと違う雰囲気に僕も内心身がまえるのだった。
何やらモジモジして話し出そうとしない父さんに代わってプラティ母さんが口火を切る。
「ジュニア……アナタは今年で何歳になった」
うーん、大体十六歳かな? と記憶しております。
「まあ、そうだな。カレンダーとかないから正確に記憶しづらいよなあ」
無条件でフォローに来る父さん。
「一歳二歳の頃は数えるのも楽だったのにねえ。あの頃は体も小さくてどこへ行くにもヨチヨチ歩きで。……それが、今ではこんなに立派に……およよよよよよよよよよよ……!!」
母さんまで泣き出した!?
一体何!?
今日は何の日だというの!?
「たしかにジュニアは立派に育ったけれど。しかしまだまだ足りない。将来お父さんの跡を継ぎ、次代の農場国の王……二代目聖者となるには!!」
クワッと目を見開く母さん。
その迫力にビクリとする。
僕個人の意見ではあるが、明らかに父さんよりは母さんの方が迫力がある。
「ジュニア、アナタにはまだまだ経験が必要よ! もっと多くの体験をしてみずからの血肉とし、人格を磨かなければお父さんを超えることなど到底不可! これは誰もが通ってきた試練なのよ!!」
「いや、俺は特にそんな試練なかった気も……!?」
「ジュニアは仕事も手伝ってくれていい子だけれど、お手伝いだけじゃ詰めない経験もあるわ。なので、旦那様の立派な後継者となるためにも、ここで一つ新しいステージへと進むべき!」
そして母さんが放った言葉は……。
「武者修行よ!」
むしゃしゅぎょう?
「かつてアロワナ兄さん……アナタの叔父にあたる人は若き頃、みずからの未熟さを自覚し、叩き直すために修行の旅へと出たわ! 仲間と共に艱難辛苦を乗り越え、一皮も二皮も剥けて帰ってきた! そして偉大なる父ナーガスの跡を継いで人魚王となったのよ!」
アロワナおじさんだよね。
聞いたことある。
「ジュニア、アナタもそんな段階に差し掛かったと判断したわ。これ以上農場に留まっても得るものは少ない。それよりも農場の外に出て、ここでは経験できないことをたくさんしてきなさい。それが、アナタが父を超えるもっとも近道と考えなさい!」
「いや、農場の方が外ではできない体験てんこ盛りだと思うけど?」
父さんの入れるフォローがフォローになっていないような?
でも、これでやっと父さん母さんが言わんとしていることがわかった。
二人も、僕を立派な後継者に育て上げんがために色々と考えてくれてるんだなあ。
「わざわざ旅に出す必要もなくない? こないだノリトが家出して大分寂しいのに、ジュニアまでいなくなったら泣いちゃうよ」
そうでもなかった。
まあ、ノリトは……それでも週一~二日の頻度で帰ってきてるから家出と言えるのかどうか。
父さんは優しいから前向きではないようだが、僕自身は成長のチャンスと受け取った。
僕とていつか父さんの跡を継いで農場の主に……農場国の王となりたいという気概がある。
それを口だけのものにしないためにも、僕は行動で意欲を示して見せる!
わかりました。
この聖者キダン・ジュニア、修行の旅へ行ってきます!!
「よく言ったわ! それでこそアタシと旦那様の息子よ!」
「行かないでくれジュニア~! よよよよよよよ~!」
相変わらず未練がましい。
しかしもう僕自身が決意してしまったのだ。
農場から旅立ち、自分だけの経験を携えて帰ってくる。
僕の以外の誰も持たない、僕だけの経験。知恵、知識……。
それこそつまり、自分探しだ!!
「……」
「そう銘打たれると、途端にうさん臭くなってくるわねえ」
ええ、なんで?
「さすがジュニアの十代が騒ぎ出したか」
「ぐはーははは、ジュニアがさらなる成長を遂げるならよいことなのだ」
生八つ橋を夢中になって食べていたヴィールが話に交じってきた。
「なぁに心配はいらないのだ。ジュニアがどこへ赴こうとお供のおれ様があらゆる危険から守り抜いてみせる! ジュニアを害さんとする者はドラゴンブレスで皆灰になるのだ!」
「いやアンタは同行禁止よ」
「なにぃいいいいいいいいいいいッッ!?」
母さんからのストップに荒ぶるヴィール。
「ななななんで!? このおれがいればジュニアの旅の無事は約束されたようなものだぞ!? 約束された勝利のドラゴンなのだ!」
「だからよ、アンタなんぞが同行したら降りかかる困難全部ベリーイージーで、少しもジュニアの成長の足しにならないじゃない。さすれば当初の目的は達成できないわ。ジュニアのためにも黙って見送るのが親心というものよ」
「やだやだやだ! おれはジュニアと一緒にいるのだ! もっとジュニアを甘やかしたい~!!」
こんなダダのこね方あるんだ。
しかしすまないヴィール。僕も母さんの意見に賛成だ。
父さんの跡を継げる立派な聖者となるために、今はたった一人で困難へ立ち向かっていきたい。
見よ! このジュニアの若さゆえの先走りを!!






