1269 あの人たちは今
さて、折角なので完成した農場国についてもっと語らせてもらおう。
こちとら十年分の成果が詰まった結晶なのだ。もう少し自慢させてくれたまえよ、ワッハッハ。
農場国は、東西南北に分かれた農地区画に、それぞれ数百もの畑が並び、様々な種類の野菜を育てている。
研究にいそしみ、農場にある現代野菜の再現を進めている。
もうあと十年もすれば糖度十のご馳走トマトなども自力で作れるに違いない。
畑だけでなく稲作や牧畜にも力を入れている。
牛や馬などは農業にも必ずいるしな。
農場では『至高の担い手』やオークたちの壮絶マンパワーでゴリ押ししていたけれども。
そんな東西南北のエリア……それはもはや他の国に当てはめれば県とか州とか領に匹敵する面積と、そこから発生する富の大きさだ。
そのエリアの長ともなれば、それこそ県知事、州知事、領主と同等の権力者と言えるだろう。
そんな一人……農場国は東区画長を務めているのが……。
マーくんさんです。
皆は覚えておいでだろうか、マーくんさん。
いや『くん』なのか『さん』なのかハッキリさせろよ、と思われるだろうが本人がもう『マーくん』呼びを定着させまくった挙句、それでも今や区画長という重責に就いているがため気軽にくん呼びもできないので、俺などは敬意を込めて『マーくんさん』と呼んでいる。
上役の俺ですらそうなんだから、目下の人だとさらに呼びにくいだろうな……。
『マーくん様』とでも呼んでいるんだろうか。
ともかく、かつて開拓者の一人として汗水たらしていたマーくんさんが、今や農場国の数割に及ぶ区画を治める統治者。
見事な出世というわけだ。
マーくんさんは傭兵から冒険者に転向し、そこからさらに開拓者と多くの経験をしてきた男。
いまだ手つかずの農場国に来た頃は冒険者として振るうことができず、いわば都落ちのような流れで開拓者へと転向した。
きっと冒険者としてブイブイ言わせているような人たちからは笑われ、後ろ指をさされながらここまで来たのであろう。
それが、全身に汗して木を伐り倒し、切り株を引っこ抜いて、土を掘り起こしフワフワにして種をまいて作物を育て……。
家を建て、道路を整えて、病院学校番所様々な施設を作り上げ……。
そして気づけば、彼は区画長にまで上り詰めていた。
何せ開拓者として農業国開発の草創期からいたんだからまさしく創立メンバーだ。
だから重要なポストにいてしかるべきだし、だからと言ってコネとかお友だち人事というわけでもない。
マーくんさんは傭兵から冒険者、開拓者を通してそれなりの苦労を……いや、筆舌に尽くしがたい苦労をしてきた人なので、その分人生経験は豊富。
人心掌握にも長け指導力もある。
なのでマーくんさんに区画長を任せるのは誰からも異論はないし、実際今でも大変うまくやっている。
マーくんさんが担当する東区画は、二年連続利益率ナンバーワンだ。
さらに私生活も上手くいっているようで、この土地で出会った女性と先年めでたくゴールイン。
奥さんの名前は……トニアさんといったっけ。
つい最近ご懐妊も発覚し、ますますブイブイ言わせている。
農場国へは仕事を求めて冒険者がやってくることもあるけどマーくんさんとは昔面識があったとかで、国の重鎮まで上り詰めた彼の姿を見て気まずそうにしていたりする。
それを傍から見てニヤついているのが俺。
苦楽を共にしてきた人の報われた姿を見るのは、胸のすくことだった。
馴染みの人といえば、もう一人。
ラッチャ・レオネスさんのことも話しておきたい。
ラッチャ・レオネスさんとは誰ぞ? と思われるかもしれないが、この農場国へ最初に来た、魔族側の開拓者だ。
彼もまた魔族側の参加者として農場国の設立に大きく貢献したが、なんせ人族側の方が起こる事件が多かったからな。
影が薄まっていたのは認めざるを得ない。
しかし消え去ってしまったわけではない。
人知れず真面目に、ひたむきに開拓作業に従事していた。
それでもあんまり充実していそうじゃなかったけどな。
開拓当時のラッチャ・レオネスさんは、たしかに一生懸命働いてはいたけれど、時に心ここにあらずで、どこか遠くを見つめることもあった。
彼が一体どこを見詰めていたのかわからないまま数年が過ぎ去ったあと、とある計画が上がった。
港の建設だ。
鉄道建設で農場国の運輸能力は飛躍したものの、それでもまだ完璧ではない。
陸路があれば海路も整備しておきたいのが人情。
方法で言えば、遠くに物を運ぶのは海か川を使うのが一番効率がいいしな。
幸いにして農場国の国土となる予定区画に海に面している個所があったので、そこに港を建設することにした。
人魚国との貿易を考えるとやっぱり海運は必要だからな。
そうなると必要なのは港だけではなく船も必要。
その船を操り運行する人も必要だ。
そういう話になった時ラッチャ・レオネスさんが覚醒した。
彼は農場国の用意した船団の団長となり、みずから船に乗って大海原へ駆け出した。
それこそ水を得た魚。
聞けばラッチャ・レオネスさんは元々船乗りで、海の向こうのまだ見たこともないものを見つけ出すために大海を駆け巡った探検家であったという。
それが時代が変わり、海にロマンを求められなくなってのやむなき開拓者への転向であったとか。
彼が時たま遠くを見詰めていたのは、かつて自分の青春を置いてきた大海原を懐かしんでのことだったか。
そんな彼に船を与えて海に放ったんだからもう誰も止められない。
ラッチャ・レオネスさんは海運の仕事を完璧に勤めあげ、主に人魚国との貿易ルートを確固たるものにしてくれた。
ちなみに農場国から提供された船は、農場とドワーフ族の技術力が結集した自力稼働の動力船で、それらを数隻任されたラッチャ・レオネスさんは目から星が飛び出るのじゃないかというぐらいに喜びまくっていた。
探検家の血が騒いで、どこぞの海へ出ていったまま二度と戻らないなんてこともありうるかと思ったが、そんなこともなくて一安心。
ここでは海運という事業とラッチャ・レオネスさんの個性がピタリとはまった。
誰もがどこかで輝ける可能性を持っているということだ。
現在ラッチャ・レオネスさんは“提督”と呼ばれ、大船団を率いるまでになった。
海に関わる者たちで彼の名を知らない者はいない。人魚たちですら例外じゃない。
人魚王アロワナさんも、彼の働きに感心して『人魚国の賓客』という称号を与えたくらい。
航海の途中で未踏の大陸を発見したという報せもあるし、彼の夢は今頃になってかなえられているようだ。
さらに次……。
S級冒険者コーリーくんについてだ。
彼は冒険者の最上級……Sの称号を得ながら開拓者として農場国へやってきた。
せっかくS級になったというのに、……と周囲からは憐れむ声が上がったと聞く。
しかしコーリーくんは開拓地でひたむきに頑張り、他の開拓者たちと心を通わせリーダーシップを得ることに成功した。
さらに農場に関係するということは何かが起きるということであり……案の定コーリーくんは、どんな地獄のダンジョンで経験を積んだとしても得られない強さを、農場国で得ることとなった。
その後、開拓が軌道に乗り始めたところでコーリーくんは冒険者ギルドへ帰還した。
S級冒険者である彼が、いつまでも開拓地に留まるわけにはいかないし、成長した彼を求める場所はいくらでもあるだろう。
冒険者ギルドに戻った彼は、蓄えた力でいくつもの大戦果を打ち立て、トントン拍子に名声を上げた。
最終的には現役冒険者において最強と認められるようになり、かつては仮免扱いだった二代目シルバーウルフの名も完全に彼のものとなった。
今ではもう誰もが彼のことをシルバーウルフと呼ぶ。
先代シルバーウルフの名は完全に過去のものとなり、今では名実ともにギルドマスターとして裏方に徹している、
二代目が初代を越えてくれたと言ってシルバーウルフさん(先代)も満足の様子だった。
プロトガイザードラゴンのテュポンは、今もなお農場国でダンジョンを経営している。
アレクサンダーさんのところのダンジョンの出張版という体で始まったダンジョンだが、今はもうそんなおことおかまいなしにヤツの槍大洋にダンジョン運営している模様。
昨今ではより冒険者が訪れたくなるようなダンジョン作りのために日々研究を重ねている。
何なんだ?
そのためにヴィールやアレキサンダーさんにも相談したりと随分熱心にやっているようだ。
その分、ダンジョン目当てで農場国にやってくる冒険者がたくさん金を落としていってくれて助かるのだが。
その他にもエルフやドワーフの皆さんが幾人か出向して、農場国での成果を上げている。
こうして、多くの人々の協力の下に発展してきた農場国。
今日も収穫されたお野菜たちが列車や船に積まれ、世界中へ届けられる。
皆の頑張りがここまで実を結んだことを俺は誇らしく思う。
それはそれとして、今度はもっと個人的なことを話していこう。
今まであえて避けてきたのは、あとでまとめて全力奮って語りたいからだ。
そう、我が息子たちのこと。
それもいっぺんに語りだしたらキリがないので一人に集中して語るべきだろう。
まずはもちろん長男……。
聖者キダン・ジュニアについてである。






