1267 ラグナロク
私は知恵の神ヘルメス……!
神界ではいまだ、激しい戦いが続いている。
それは、聖者くんの国を守護するのは誰か? ということを決める争いだ。
かつても同じような争いがあった。
海神ポセイドスおじさんと、我が不肖の姉妹アテナとの間で、とある都市の守護神になることを巡って行われた争いだ。
その際は二神のどちらがよりよい贈り物をするか勝負となって、結局アテナが『ウチの贈ったオリーブの方がいいよなあ? それとも死ぬか?』と言って勝利をもぎ取った。
我らオリュンポス神族としては、そのエピソードを髣髴させる戦いであるが、あの時とは違う事情もある。
聖者に対しては贈り物攻撃は通用しないのだ。
何故って聖者自身が何よりよいものの生産者であるから、我ら神々がどんないいものを贈ったとしても聖者の生み出せしものに及ばない。
自分の作ったものより劣るものを贈られて喜ぶ者がいるだろうか?
いや聖者くんならば『気持ちがこもっていれば……!』と喜んでくれるかもしれないが、そもそも神々からの贈り物などに“気持ち”なんてものはこもらない。あるのは欲望だけだ。
それに贈り物といえば聖者くんは既に造形神ヘパイストス兄さんから究極至高のギフトを貰っているわけだし。
モノ作りにかけては我が神界においてもぶっちぎり最強のヘパイストス兄さんとタメ張る贈り物ができるのは、せいぜいアスガルド神族のイーヴァルディ一族ぐらいのものだ。
なので神々はそれ以外の方法で、聖者くんの国の守護神となる権利を勝ち取らなくてはならない。
ということでもうかれこれ延々と、神々は争いを繰り返していた。
『それ! はどーけん! はどーけん! はどーけん!!』
『クッソやめろ! 波動拳ハメすんな!!』
今度は我が神界所属のハデスおじさんと、アスガルド神界よりお越しのオーディンさんとでス○Ⅱ勝負をしていた。
大体の神々モ○鉄三億年プレイというデスマーチで精魂尽き果てたというのに。
元気のある神々だ。
特にオーディンさんの勝負への執念は凄まじく、勝負に参加した神々のほとんどが三億年という純粋な期間に脱落していった中で最後まで完走。
それでも勝負はつかなかったために、別ゲームで決着をつけようという執念深さ。
さすがは虐殺と略奪を旨としてきた戦闘民族の神……と傍から見ていて感心するほどであった。
『くっそー! 格ゲーでも決着がつかねー! おい冥界神! 次はRPGで勝負だ!!』
『RPGで!? RPGって対戦する要素あったっけ!?』
『もちろん、どっちが早くクリアするかで勝負だ!』
『また時間のかかりそうな勝負をぉおおおおッッ!?』
アレに対抗できているハデスおじさんが地味に凄い。
頑張れハデスおじさん! オリュンポス神族の意地と誇りがアナタにかかっている!!
『はー、元気だなー、アイツら……』
そんな白熱の好勝負を、私同様に傍から見物している神がいる。
大宰府からお越しの菅原道真公だ。
アナタは早々に勝負から脱落していましたね……。
『そりゃあ、私は生来文官の京男なので、争いごとは好まんよ。あんな東夷どもと一緒にしないでほしい』
そうですな。
そんな勝負ごとに懸ける根性があるなら生前、政争に負けて左遷されたりしてないか。
『まあ、もっとも負けて死んだあとに盛大な報復を加えてやるがな』
……そうだった。
この方、死んだあとに念が強まるタイプの神だった。
祟り神こっわ。
しかし、異界の神々まで交じっての勝負が今なつかないのは問題だ。
『おーい、皆でモンハンやろーぜー』
『オレ狩猟笛やるー』
他の神はだらけて勝負に関係ないゲームまでやりだしているし。
このままでは永遠に決着がつかない、バロンとランダの対立みたいになってしまう。
それはマズい。
神々にだってそれぞれ役目があって、勝負ごとにかまけていてはその役目がおろそかになってしまう。
何よりこのまま異界の神々に居座られてはウチとしても大迷惑だ!!
ここはこのヘルメスが、自慢の知恵を発揮せねば!!
『はい皆! ちゅーもくッッ!!』
私からの号令に、おのおのダラダラしていた神々が一斉にこちらを向く。
うむ、一応呼びかければ反応してくれるんだから、その点はマナーが整っていてよい。
『うおおおおおおッ! オープニングなんかボタン連打ですっ飛ばしだぁあああッ!!』
『チュートリアルなんかやってられるかぁあああああッッ!!』
一部、マナーのなっていない神々もいるが。
よくないプレイングやめろ、RPG最速クリア勝負はプレイヤーの心を荒ませる。
ともかく……!
『このままダラダラ続けるのはよろしくありません。決着のつかないまま時間だけが経過し、戦いの目的すら忘れて惰性で争うのみ。そんな状況が続くだけというのは明らかに時間の無駄だと思います』
暇にかこつけて女神たちはお茶会まで始めやがったしね。
ここは神界の健全運営のためにも、スパッと一瞬にて勝負をつけたいと思います。
『スパッとつけると言ってもどうやって……!?』
『つかないから、こうやって延々争い続けているんじゃないか……!?』
神々も戸惑い気味にどよめく。
しかし、ご心配目さるな。
我こそは三倍偉大なる知恵を持ち合わせる神、ヘルメス。
数多の問題にスッパリキッパリと最適解を叩きつけるアハ体験の使者ヘルメスの名アンサーをご堪能あれ。
決着をつける方法はズバリ……これだ!
『ジャンケンだ!!』
『『『『『じゃ……邪ん拳……?』』』』』』
ほほう、ジャンケンをご存じない?
仕方がないジャンケンは人間たちの世界で広まった作法だからな。
一からご説明しましょう。
私は、神々の前で握り拳を作って見せた。
『これが、グーです』
『それで相手を殴り倒すと?』
違う。
グーとは石。
硬い石でハサミの刃を弾き返す。よってグーはチョキに勝つという道理。
そしてパーはグーに勝ち、チョキに敗れる。
それぞれに相性のいい相手と悪い相手がいて一目瞭然に勝負がつく。
即断即決、それがジャンケンのメリットだ!!
『三者三様で争い合う……ヘラとアテナとアフロディーテみたいなものか?』
それは永遠に決着がつかない上に、さらなる大乱へと発展していくヤツ。
とにかく! まだ聖者の国の守護神となることを諦めていないヤツは、全員参加!
行くぞ!
出さなきゃ負けよ! 退けば老いるぞ臆せば死ぬぞ、叫べ!
じゃんけん、ぽん!!
『このグーは……ミョルニルだ』
は?
何言ってるのこのオーディン? この戦闘民族の神はいちいち言うことが意味不明というか。
『ただの石ではない、雷の鎚。我が兄弟トールの振るう必殺の一撃だ。よってどんなパーでも覆い尽くすこと叶わぬ。すべてを引き裂くであろう』
『だったらこの閻魔大王のパーは閻魔帳! あらゆる罪を記載する議事録はどんな暴力でも破り捨てること叶わぬ! ゆえに私の勝ちだ!』
だから自分ルール持ち出したら勝負がつかなくなるって言ってるだろうが!
どうして理解してくれない!?
『私のパーは……パピルス』
脇でアヌビスくんがボソッと言ってた。
とにかく、やっと決着への一本道を見つけたというのに全然決着へ行きつかない!
このままでは、我々神々が争っているうちに聖者の国が完成してしまうぞ!
……。
あッ。
気づいた私は、早速急ぎ下界を確認してみた。
……やっぱり。
『あの……皆さん、落ち着いて聞いてください』
『あぁ?』
誰だドス利いた声で返してきたのは?
いいから聞け。
『聖者の国、完成してます』
『えッ?』
そう、いつの間にやら聖者の国が完成していた。
こないだまで完全手つかずの荒野だとばかり思っていたのに、なんで?
いや、それぐらいの時間が経っていたんだ。
神々が勝負にのめり込んでいる間に、十年経過していた。
しかも聖者の国はちょうど今出来立てホヤホヤというわけでもなし、きっと二年か三年程度前には既に完成していたと思われる。
つまりあの国は、守護神なしで問題なくやれているということだった。
『『『『『…………』』』』』
神々、立場なし。
こうして神々の争いは今回もただ不毛なだけだということが立証されたのであった。
今年も一年異世界農場を読んでいただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。






