1266 閑話・あの時、神妃はどうしていたか
更新再開します。
10年経過後の異世界農場は、主にジュニアメインで進んでいく予定です。
よろしくお願いいたします。
私はヘラ。
神々の女王。
何故ならこの世界すべての神々の頂点に立つ主神ゼウス様の妻なのだから。
たとえそのゼウス様に、浮気相手が星の数ほどいたとしても、正妻はこの私。
一番は私なのよ!
だから失せろ! 散れ! 不遜な浮気相手どもよ!
私こそがゼウス様の唯一無二! ただ一人の妻なのよぉおおおおお!!
しかし、そんなゼウス様についてはここ最近困難が続いているわ。
一つは、ゼウス様が封印されてしまったこと。
なんでも遠い昔の約束が破られたせいだからって言って、ハデスとポセイドスがマジギレしてさすがのゼウス様も逆らうことができなかった。
本当に心が狭い神々ねえ。
約束破りの一度や二度くらい許してあげればいいじゃない。
私なんか『浮気しない』という約束を何百回破られても許してあげているというのに。
しかしそんな思いも虚しくゼウス様は封印されてしまった。
それから何度か抜け出したこともあったようだけれどそのたびにこっ酷くシバかれて封印に逆戻り。
そのうちクロノスお父様も解放されて益々肩身が狭くなったわ。
何よあのお父様!
世代交代してとっくに第一線から退いたはずなのに、正論で私のことを追い詰めて!
ゼウス様のことだってそうだわ!
でもでも、やっぱりゼウス様は神の王……偉大なる主神であらせられるわ!
再び封印を撃ち破り、現世へと栄光の帰還を果たした様子!
さすが我が夫、どんな困難もはねのけて必ず返り咲く。
そして再び神の頂点の座に君臨するのだわ!
私も早速、ゼウス様の下へはせ参じねば!
あの方の傍らには正妻である私こそが相応しいのよ! 愛人の子のアテナなんか相応しくないんだから!
そう思っていたのに……!!
私は今、天界から動けずにいる。
目の前には見張り役の神が爛々と目を輝かせて、身じろぎする隙もない。
かつて私が見張り役として重宝していたアルゴスだって、ここまで鋭い熱視線じゃなかったわ。
そんな視線という名の刃を向けているのは……。
英雄神ヘラクレス。
かつて人間から数多くの偉業を成し遂げて、認められて神の座に至った大英雄。
『あの……アナタは行かなくていいの?』
『……』
努めて優しく声をかけるけども、戻ってくるのは沈黙。
何よ! この神妃ヘラが猫撫で声をかけてやってるというのに少しは愛想よくできないって言うの!?
『……我が父ゼウスは』
ひッ!?
いきなり喋らないでよ、ビックリするじゃない。
『愚かにも邪神と融合し、この世界に災いをもたらす存在となった。世界の敵を防ぎ倒すことこそ神の務め。それゆえ天地海の神々にティターン神族、さらには居合わせた異界の神々までもが一致団結し、邪神討伐へと赴いた』
そ、そんなのわかっているわよ!
ああゼウス様、理不尽な封印を撃ち破るためとはいえ邪神なんかと融合してしまうなんておいたわしい!
どうせ融合するなら私と……!
『どうせ貴様はどんな時でもゼウスの味方をするだろう。世界の命運をかけた神々の大戦を、貴様に引っ掻き回されるわけにはいかぬ。だからこの英雄神ヘラクレスが残留し、見張り役を務めることとなった』
そ、そんなこと言わずに、こうなったら二人でゼウス様のところに馳せ参じましょうよ。
アナタだってゼウスパパのことを尊敬しているでしょう?
『……我が他にも、ゼウスの血を受け英雄となり、いくつかの偉業を成し遂げて神の座に至った者もいる。そういう者たち共通のゼウスへの認識だが……』
うんうん。
何かしら?
『……間男』
なんでよッ!?
大いなる主神ゼウス様をそんな矮小な表現にとどめないでくれる!?
『なんでも何も事実だろう。美女と見れば誰かれかまわず手を出して、人妻であろうとおかまいなし。ありとあらゆる手を使い、夫の不在中に忍び込んで種を注ぐ。そんな輩を間男以外どう表現しろと?』
それはその……。
愛の冒険家、とか?
『そんなゼウスの所業だけでも呆れるというのに、妃の貴様が嫉妬して生まれた子どもに困難を与える……! 翻弄される方はいい迷惑だ。マッチポンプという表現はこういう事案にも適応していいんじゃないか?』
なんだか静かに怒っているようねヘラクレスさん。
心当たりがないわ。
たしかにこのヘラクレスさんが生まれた時も、ゼウス様の不逞の子と思ってちょっとムカついたものだから揺り篭に毒蛇をけしかけたり、狂化させて一家惨殺させたり、それをテコに十二の試練を課したり、色々あったけど……。
別にそれで怒ってないわよね?
『あぁ?』
ひぃッ!?
怒ってる、完全怒ってるわ!?
もう数千年前のことだっていうのに引きずっているなんて、心の狭い人!
『いや、それを言うなら母上の方がよっぽど心狭いでしょう』
アナタは!?
私がゼウス様との間に生んだ数少ない嫡子の一神、ベラスアレスちゃん!?
野蛮な神に囚われたママを助けに来てくれたのね、さすが我が子!!
『違いますよ、私もヘラクレスくんと一緒に母上を見張りにきたのです。実子として、母上を野放しにしておくわけにもいきませんからな』
なんで!?
なんでベラスアレスちゃんまで私の味方じゃないの!?
『すまんねヘラクレスくん、キミも父上のことぶん殴りにいきたかったんじゃないの?』
『その気持ちもありますが、我としてはゼウスよりこの女神の方に恨みが強いので、コイツの嫌がることならと買って出たまでです』
『我が母の恨み買いっぷりがヒデェー』
何なのよ皆して!?
私の味方はいないのかしら!?
『何故いると思う……!? 夫の浮気相手に嫉妬して、あらゆる嫌がらせ妨害行為を行って、生まれた子どもの人生まで困難にして恨まれないとでも思っているのか?』
『それがあの女神の疎ましいところです』
『オリュンポス神族は……特に天界神は半数以上ゼウスと浮気相手との子どもなんだから、母上はその全員に嫌がらせしてるってことなんだから、つまりは天界神の半数以上から嫌われてるってことに気づいてください』
嫌よ、そんな事実なんてないわ!
私にもきっと、どんな時でも味方になってくれるいい子がいるはず。
そうよ!
あの子がいるわ!
ヘパイストスちゃんよ!
『よりにもよってアイツをピックアップします?』
当然よ!
ベラスアレスちゃんと並んで私が直接生み落とした天界神の嫡子じゃない!
あの子こそ浮気相手の子なんかと打って変わって、私を愛して助けてくれるに違いないわ!!
『なんであそこまで無根拠に自己肯定感強いんだろう、我が母ながら』
『何かあったんですか?』
『ヘパイストスは、母上に生み落とされて直後に「醜い!」ってオリュンポスから投げ落とされたんだよな。それで成人するまではポセイドスおじさんのところで育ったって』
『うわぁ』
何よ過ぎたことをネチネチと!?
そのあと立派に成長したヘパイストスちゃんを息子と認めてあげたんだから言いでしょう!?
『それもアイツの罠にハマッて脅迫された末だがな。ヘパイストスは大人しくていじめられっ子体質ではあるけれども、受けた恨みは絶対忘れんのだよ。そして必ず報復する。鍛冶と火山と“ざまぁ”を司る神なのだ』
何よ、ベラスアレスちゃんだって報復された一神でしょう!
『だから身にしみてわかるのですよ……! 世の男全員にヘパイストスぐらいのガッツがあれば世界からNTRは消えている……!!』
『何があったんだ……!?』
ヘパイストスの嫁寝取って、その報復で晒し物にされたのよ、この軍神。
その頃のトラウマがまだ残っているようね。
『そんなヘパイストスから母上へ、贈り物を与ってきましたぞ。お納めあれ』
まあ、ヘパイストスちゃんてばやっぱり母のために動いてくれたのね!
何かしら!?
この不埒な二神を退けてゼウス様の下へ急行できる道具ならいいんだけど。
『宝石が散りばめられた黄金の椅子です』
イヤァアアアアアアアアアアアッッ!?
絶対にイヤァアアアアアアアアアアアッッ!?
『え? 何、突然の拒否反応?』
『ヘラクレスくんが戸惑うのも無理はない。この椅子こそさっき言った、ヘパイストスが母上を罠にハメるために作り上げた逸品なのだよ』
そうよ!
私は昔、この椅子に座った途端身動きが取れなくなって、ヘパイストスちゃんに謝るまで解放されなかったのよ!
なんて陰湿な罠! これだからネクラって言われるのよヘパイストスちゃんは!!
『アナタの息子ですよ』
アナタの兄弟でサレ夫で報復相手でもあるけどね!
嫌よこんな!
今になってこの椅子贈ってくるなんて『絶対に逃がさないんだな』って意思表示でもあるじゃない!
強力すぎるメッセージ。
『それがアナタが方々で恨みを買ってきた結果と思って諦めるんですね。「人生のツケは自分がもっとも苦しい時に必ず回ってくるもの」と誰かが言っていましたよ』
嫌ぁあああああああッ!?
どうして誰も助けてくれないの、嫌ぁああああッ!!
……こうして私はゼウス様の下へ行けなかったのでした。






