1265 繋がる道
線路が伸びた。
人が進む限り道もどこまでも続くように、列車が進む限り線路もまた無限伸びていくもの。
今回、両国の提案によって企画された魔国&人間国の間を結ぶ一大路線。
それがもう完成したのだ!
えッ? もう?
と思ったのは前の世界で線路の高架化とか駅の改装工事とかが何年やっても終わらない記憶からくる先入観であろうか?
本当いつになったら終わるんだろう?
既に工事風景が日常になっているのもいい思い出だ。
そんな記憶のお陰で大層意外だったのだが、ウチのオークチームたちが冬の手透きに全力を尽くせば速攻終わるぜ、ということか。
路線は人魔両国の首都を繋ぎ、双方への行き来をこれまでの常識をブチ破る速度で実行できるようになった。
もちろん区間内にはいくつかの停車駅もあって、そこでの乗り降りも自由だから利便性はさらにアップ。
人だけでなく荷物も運ぶので物流も捗り、世の中の流れもガンガン回っていく。
人や物の流れが加速すれば、文明の発展も加速するのだ。
これからこの世界はそれこそ、馬車から列車に乗り換えたかのごとく目覚ましく発展していくことだろう。
……。
改めてとんでもないものを解き放ってしまったのではないかと空恐ろしい気分になった。
魔都~王都を繋ぐ路線、名付けて人魔線快速が正式に開通し、俺の下へセレモニーの招待状が届いた。
どうやらまずは魔都にて大々的な式典を行うそうな。
それに俺も出席してほしいとのことだな。
かつてなら、そうした公的なイベントには顔を出さない主義の俺であったが、現在では農場国の代表としてできる限り顔を売っておかねばならぬ。
必要性もさることながら、皆が力を合わせて成し遂げた事業を祝いに行くのだ、思ずからやる気も湧き起った。
プラティにも協力してもらって正装を整えて、魔都へと向かう。
魔国の首都である魔都では、早速見慣れない一区画が既に出来上がっていた。
「これが魔都駅……!」
遠く離れたもう一つの都市を繋ぐ発着点。
大きな建物は外観も立派で、急ピッチに建てられたものとはとても思えない。
しかも街の中までしっかり線路を引き込むなんて、かなりの手間であったろうに。
「それだけ、魔王さんの鉄道に懸ける情熱が熱いってことでしょうねー」
同行するプラティが言った。
彼女も俺の配偶者としてファーストレディの役割をしっかりこなしている。
今更になって人魚王女として培われてきた教養で無双するのだった。
「聖者様、聖者様……!」
「うん?」
「聖者様の席は貴賓用のこちらです」
あッ、どうもありがとうございます。
いつもの庶民感覚で人だかりに並ぼうとしてしまっていた。
駅前には、大きな広場に大衆が詰めかけ、これから始まる魔王さんの演説に耳を傾けようとしている。
魔王さんが壇上へと上がった。
「……古来より、道を整えることは禁忌とされてきた」
魔王さんの厳かな声に、皆が静まり返る。
「道を通ってくるものは好ましい客ばかりではないからだ。招かれざる客……つまり敵も、通りやすい道があればそこを辿ってやってくる。大軍が容易に、速やかに本拠に到達してはならない。それゆえに道を大きく、平らに均してはならぬと古来より戒められてきた」
まさしくそう。
人族と魔速の歴史は、戦いの連続だった。
それぞれが違う系統の神から生み出された二つの種族は、地上の覇権をめぐって争い合う運命にあったが、長い時をかけてやっと決着をつけ一緒に進む道を見つけられた。
いや、物理的ではなくて観念的な。
「我らの住む世界にもう敵はない。少なくとも人類間においては。あるのは共に手を取り合って進んでいく仲間たちだ。よって古の禁忌はもう必要ない。互いに行き来し合うための大きな道を作ることができる」
その一つが今日、開通した人魔線快速だった。
今日からこの線路は多くの人や物を運び続ける。争うためではなく、共に世界を発展させるために。
この世界は新たなるステージに立ったんだ。
「今日のこの鉄道の開通は、ただ我々の生活に便利なものが増えただけではない。我々の歴史が新たなる段階に入ったことを象徴するものでもある。我が魔族の民よ、そして我らと共に歩む人族の民よ。こうして新たな歴史的瞬間に立ち会えたことを共に喜ぼうではないか!」
魔王さんが語り掛けると同時に拍手が巻き起こり、その盛大さに皆が沸き上がった。
この場に訪れた聴衆たちが、魔王さんの言う新時代を歓迎している証だった。
そしてついに、この魔都駅から列車が発する時が来た。
その前にセレモニーだ。
開通の時に必ずやるアレ。テープをハサミで切るヤツ。
「聖者殿、共に新しい時代の幕を開きましょうぞ!」
魔王さんに誘われて、俺もテープの前に立つ。
よし来た!
俺と魔王さん、共に聖剣を振り上げて……入刀!
聖剣からほとばしる閃光によって断ち切られるテープであった。
ついでにテープを引きちぎってなおも駆け抜ける聖剣の閃光が、線路に沿って輝かしいアーチを描いた。
「おおー、美しい!」
とこれまた聴衆というか観衆から拍手が起こった。
「聖者殿! これより第一号列車が出ますぞ、記念乗車として是非とも聖者殿も同乗くだされ!」
もちろんですよ!!
実のところ試乗とかで何回も列車に乗ってきた俺だが、こうした記念的タイミングでの乗車は、まるでそれが初めてのように心躍るものだ。
乗った、座った、指定席!!
そして列車は動き出す……この少しずつ速度が上がって僅かなGが掛かっていく感覚が何度味わっても心地よい。
車窓からの景色も溶けていき、ガタンゴトンと気持ちいいリズムが足元から響いてきた。
列車疾走だ。
「お父ちゃん! 本当に鉄の箱が走ってるよ!」
「こんな世の中になるなんて長生きしてみるものだなぁ」
今回列車に乗るのは一般市民の方々ばかりで物珍しいのだろう。
まさにお祭りの様相だった。
車窓の景色を眺めていれば飽きることなく数時間が過ぎていく。
そして特にトラブルもなく人間国へ入る。
『ここより人間国、人間国ぅ』
車内アナウンスがそれっぽかった。
それからほどなくして首都である王都へ到着。
「もう人間国の都に着いたのか?」
「日が暮れてないぞ? 一日もかからなかったのか? こんなに早く着けるのか!?」
と半信半疑だった乗客の皆さんが事実を目の当たりにして驚愕されていた。
降りた俺たちを出迎えてくれたのは大統領リテセウスくん。
「ようこそ人間国へ! これからは隣村へ行くよりも気軽に隣国へ行けますよ!」
隣村より近い隣国がキャッチフレーズらしい。
リテセウスくんは、婚約関係にあったエリンギアととうとう結婚し、正式な既婚者となった。
家庭を持ってますます威厳が伴った様子だ。
今や俺より立派かもしれない。
『がーっはっはっは! ほんの少しだけ進歩したなニンゲンども、それでもおれたちドラゴンには全然迫れておらんがなー!!』
あれッ? ヴィール?
どうしたこんなところで? しかもドラゴン姿で。
『こっちの開通祭りを盛り上げるために参加を依頼されたのだー! おれもドラゴン親善大使という使命を果たさんとだしなー!』
えッ? お前いつの間にそんな役柄を拝命したの?
最近はドラゴンも種族としてのまとまりを見せだしたからな。
ある意味ドラゴンとしては一番人間慣れしているヴィールが抜擢されるのも絶妙の采配というか……。
でも絵的にはヴィールの方がよっぽど派手ではないか。そこを狙って人間国側に呼んだとしたら……やはりリテセウスくんの手腕は恐ろしいものではないだろうか?
そして列車から降りた魔族の人々は、生まれて初めて見る王都の街並みを物珍しそうに眺めている。
観光の始まりだ。
王都の人族たちもビジネスチャンスとばかりに観光客となった魔族さんたちを呼び込んでいる。
ぼったくりだけはしないでね。
こうした光景は王都だけでなく、そのうち人族も列車に乗って魔都へ赴き、まったく逆の立場ながら様相はまったく同じで再現されるのだろう。
かつての敵の本拠地に、それぞれが客として赴く。
そんな時代になったんだ。
新しい時代が花開き、その時代の人々が謳歌する。
ここに至るまでの道のりを、歯を食いしばって進んできた先人たちの成果を示すように。
次は俺たちの番だ。
胸を張って後世の人々へ受け継がせられるように、立派な今日を築かねば。
人間国、魔国、人魚国……。
そして農場国を。
その誓いを胸に頑張って、頑張って……。
日々を過ごしていき……。
* * *
そして十年の月日が過ぎた。
いつも「異世界で土地を買って農場を作ろう」をお読みいただきありがとうございます。
本シリーズも長くなり、次回から新たな展開に入ります。
「もうちょっとだけ続くんじゃ」的な感じです。
つきましては、いつもより長めのお休みをいただいて、更新再開は来月12月末にしようと思っています。
引き続きよろしくお願いいたします。






