1264 不死王の試練
神!?
先生を神に!?
何を仰ってるんですか、そんなことが可能なんですか!?
『もちろん前代未聞の話だよ』
ヘルメス神が緑茶を飲みつつ解説する。
話も長くなってきたので屋内で、ちゃぶ台を囲みつつ俺、先生、ヘルメス神の三人(?)で歓談中。
『先生はそもそも強力なノーライフキングであり、魔力無双で知識はアカシックレコードのごとし、それでいて良識もあるとなれば、神に迎えらるて然るべき人材だと思わないか?』
は!
……はあ。
『先生が新たな神として神界に迎えられれば事実上、地上から気軽に神を召喚できるものはいなくなる。まあ、金庫の中に鍵を入れてしまえ……って理屈に近いかな? いい考えだと思わないか?』
まあ、たしかに?
都合が悪いから殺してしまおうとか追放しようみたいな乱暴な考えより遥かにマシではある。
『それに先生自体、既に影響力が神クラスに迫りつつあるんだよな。そういう人を地上に残しておくとあまりよろしくないのはたしかなんだよ。本人に邪心がなくともね』
『…………』
コラッ!
先生がシュンとしてしまったじゃないか!
正論だとしても言葉を選ぶかオブラートに包み込みなさい!!
『そういう人は神として神界から人を見守っていた方がよい。距離感的にもちょうどいいよ。先生、アナタ自身はどうお思いかな?』
『ワシは……』
先生は、少し押し黙って言葉を選ぶ気配を見せる。
『長い間、一人で過ごしてきました。誰とも会わず話さず、その孤独な日々は何の変化もなく、時間の流れもないかのようでした。しかし、ある時変化が訪れた。聖なる御方がワシの前に現れたのです』
ヘルメス神の視線が俺へと向かう。
……何よ?
言いたいことがあれば言えよ、無言を通すな!
『それはまさに宇宙開闢かのごとき衝撃でした。あれからワシの世界は激変した。面白きことも、人に役立つことも体験した数は聖者様と出会う前よりずっと多い。ワシが神々に認められたとするならば、それはまさしく聖者様のお陰』
いやはや、そんな……!
ひとえに先生が人格者だからですよ。
『本当ならもっと人に寄り添い、人の成長していく様を見守りたいものです。しかしいつまでも親がべったり寄り添っていては子の成長の妨げになるという例えもまた事実』
先生……。
『それに、教え子らに成長を促すワシが、自分自身次の段階に進むことを恐れていては示しがつきませぬ。賢明なる知恵の神よ、アナタの申し出を受けたく存じます』
『うむ!!』
先生が話を受けてしまった。
これが最善だと頭では理解できるのだが、この先を考えると寂しさが勝ってしまう。
『ちょっと待ったにゃあああああッッ!!』
そこへ猫が乱入してきた。
猫が喋る? と混乱する方のために補足説明するならば、ヤツは正真正銘の猫ではなく正体が別にある。
ヤツはノーライフキングの博士。
長生き(?)で有名なノーライフキングの中でももっとも長く存在し続ける、その長すぎる存在のためにノーライフキングの身体ですら経過に耐え切れずボロが来ているため、現在は最小限の動きで済むように意識を猫に中継して活動してるんだそうな。
『先生が神サマになれるんならニャーはどうなのにゃん!? 先生より大分長生きにゃんよ!?』
『え? キミもなりたいの神に?』
『なれるもんならなりたいにゃん!』
博士、そんな望みを持っていたんですか?
人を殺せるノートを拾った少年みたいな望みを?
『まあ、ニャーの本体も随分ガタが来ておるからにゃー。今の調子だとあと千年はもつだろうけど、より継続するためには神になるのも一つの手だと思うにゃ』
案外しっかりした動機だった。
それだけ長く存在し続けていてまだ生きる気か? という気もしないでもないが。
そうして尻尾をタシタシする猫に向けてヘルメス神は冷静に言う。
『んー、でもキミ神になれるほど徳高くないでしょう?』
『にゃぁああああーーすッッ!?』
神よりの正論に吹き飛ばされる猫。
『別にノーライフキングなら無条件で神にスカウトしているわけじゃないからねえ。先生のように強力で徳高い御方でないと。それに召喚問題もあるし、博士はホイホイ神を召喚できる?』
『うぐにゃッ!?』
できないらしい。
『召喚術に関しては先生の方が数段上だからねえ。神界もホイホイ新しい席を用意するのは難しくてねえ。今回は御縁がなかったということで』
『くっそにゃああああああッッ! 猫としての徳なら積んでるのににゃあああああああッッ!!』
『それもどうだろう?』
博士は畜生道への残留が決まったらしかった。
それよりも今は先生だ。
『さて、無事意思も確認できたところだが、それで終わりというわけにはいかないのが神々の厳しいところ。……さあ、神になりたいかー!?』
『『「……』』」
『神になりたいかぁーッッ!?』
そんなにイベント調にもっていきたくてもこの面子じゃ難しいですって。
先生当人だけじゃなくて俺も博士も真顔ですよ。
あと子どもらが昼寝してるんだから大声出すな。
『ふむ、ではこれから試験を受けてもらう』
試験?
『そう、神としての心構えを問う試験だ。先生の場合素養は充分わかっているから最終確認ってつもりで、気軽に受けてほしい』
ああ、冒頭で先生が言っていた“試験”ってそういうことだったのか。
神となるための試験。
一体どのような試験になるのだろうか、俺もしっかりと見届けていきたい。
『では第一問』
クイズ形式かッ!?
『ある女性は、神よりも機織りが上手いと自慢していました。キミが神だった場合、彼女をどうしますか?』
『高い技術は努力の結果。その素晴らしさはさておき傲慢なのは当人の持つ技を曇らせかねぬ。ゆえ、何とか優しく諭したいところですな』
『素晴らしい!』
先生らしい、実に理性的な回答だった。
『ちなみにこの問題の模範解答は、「神みずから機織り勝負を挑んだ末に相手をブチ殺す」でした』
おいコラ。
模範解答の方が遥かに酷いんだが仕様か?
『第二問、人類が不道徳になってきました。神としていかなる対策をとるべきでしょうか?』
『時代の流れによって人心が乱れることはありましょう。人の本質が善であることを信じて辛抱強く見守っていくしかありませぬ』
『これも素晴らしい! 模範解答は「洪水を起こして一旦全部リセットする」でした』
だから模範解答!!
何これ? 先生の回答と模範解答がどっちが正しいんだか。
『んー、これらは神話時代に神々が実際に行ったことを参考に作られた問題だからねえ。でも先生の回答が素晴らしいというのは間違いないよ』
それって先生よりも神の方がロクでもないってことになりませんかねえ?
『第三問、神は自分を信仰してくれない人間がいたので正気を奪って流血沙汰を引き起こしました。この場合……』
「もういい! もういいです!!」
神の模範解答、滅茶苦茶すぎる!
ここは先生が神の座に入って、人の常識を教えてあげてください!!
『神より猫の方が常識ありそうにゃー』
博士の言う通りだった。
『ふむ、それでは先生は文句なしに満点合格ということで、これより神としてよろしくお願いします!!』
『御指導ご鞭撻よろしくお願いしますぞ』
固い握手を交わすヘルメス神と先生。
傍から見る俺は流れのまま拍手を送るが、心の隅では一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。
先生との別れがこんなに急にくるなんて。
これまでずっと一緒に、農場の発展を見守ってくれた先生が遠くに行ってしまうなんて寂しいことだ。
それでも先生が新たなステージへ上る一歩を踏み出すんだから、祝福と共に見送ってやらねば。
『それじゃあ神界に昇る日取りはいつぐらいにしようか?』
『百年後ぐらいで如何ですがのう?』
……え?
先生の昇天期限、思った以上に先立った。
『今見ている教え子たちもしっかり卒業まで見届けなくてはいけませんし、何より色々と名残惜しいですからな。百年かけて俗世との別れの準備を整える所存ですぞ』
『いわゆる終活ってヤツだね!』
ヘルメス神も当然のように笑顔で言ってくれるけれど……。
終活って百年もかけてやるものかなあ。
『数千年も存在し続けるノーライフキングにとっては百年なんてそこそこの単位にゃあ』
博士から言われた。
『あッ、そうだ聖者くん』
さらにヘルメス神から。
『神への昇格の打診はキミにも送るつもりなんで、その時が来たら快諾頼むね』
“その時”っていつですか?
さらに言うと神への昇格って、“昇格”の表現で合ってるの?