1260 大変な統治
魔王さん!?
人魚王のアロワナさん!?
さらにリテセウスくん!? 人間大統領の!?
人類の大多数を占める三大国の代表が一堂に集結!?
ここはなんかのサミットか!? と俺は驚き慌てるが、よく考えたらこの三人、農場ではよくつるんでるわ。
「いきなり何事かと思ったら……!?」
「また世界の終わりのような光景が広がっている……!!」
それを覆いつくさんほど数多くの竜が飛び回っていたら終末論が出ますよね、そりゃ。
でも大丈夫安心してください!
彼らがやろうとしていることは崩壊ではなく建国なので!
むしろ終わらせるのではなく始めようとしています。
『お国のことなら、国家の指導者に聞くのが一番いいのだ』
と状況を説明するヴィール。
『説得力という点でコイツら以上に有力なのはいねえからな。まだ統治者(予定)のご主人様より実績たしかなのだ』
それを言わんでくれヴィールッ!?
持ち上げてより高みから落とすッ!?
『そこでコイツらを竜魔法で緊急召喚! さあニンゲンの王たちよ、お前らの仕事の大変さを語れ! 存分に語ったら元の場所へ秒で帰してあげるのだ!』
「今、置かれている状況が大変ですかな」「会議の真っただ中であったのだが……」
すみません! お仕事を邪魔して本当にすみません!!
有難い解説が済み次第早急に元の場所へ送り届けるようヴィールにきつく言い渡しますので!!
どうかご容赦を!!
「しかし、いつもお世話になっている聖者殿の窮地とあらば、及ばずながらも助勢するのが人の道」
「私としても義弟に当たる聖者様の助けとなることは厭わぬッ!」
魔王さんにアロワナさんッ!
長い付き合いだけあって二人のなんと頼もしきことかッ!
別に俺のピンチというわけじゃないんだが。
しかし空一面にカラスのように飛び交うドラゴンどもを見れば世界の終わりと感じても致し方ないか。
『では、今の状況をまとめるとこうだ』
ヴィールがかくかくしかじかと状況を伝える。
「……なるほど、宰相を戦いで決めると……?」
「そうなんです! 何事においても力で決めることがドラゴンのルール!」
話の中でなおもドラゴンのルールを押し出しているブラッディマリーさん。
「しかし宰相に力は不要ですぞ」
「えッ?」
「我が右腕……先代より辣腕を振るう魔国宰相ルキフ・フォカレは、官吏としていくさに出た経験はない。しかし誰よりも尊敬され、軍人であっても彼を軽視することはできない」
何故なら、ルキフ・フォカレさんは情報の処理能力と交渉力、先を見通す力などにおいて並ぶ者のない最強者だからだ。
魔王さんの先代……大魔王バアル治世の放埓な財政がほどなく破綻することを予測し、現魔王さんによる無血クーデターを成功させた功績はあまりに大きい。
「その後の人魔戦争でも、国内を安定させ前線へと送る物資を途切れさせたこともなく。戦後の内政改革も彼が絵図を描き、我も大きく助けられた。そうした頭を働かせる仕事こそ宰相の仕事。腕力ばかりが有能さではない」
「それを申さばウチの宰相などは戦闘もこなしますが……」
魔王さんに続いて語りだすのは、人魚王アロワナさん。
彼の言う自国の宰相というのは言うまでもなくゾス・サイラのこと。
魔女の一人でもある、まあ恐ろしい女だ。
彼女は元々指名手配中の凶悪犯だったので、手に覚えがないとすぐ捕まってしまうしな。
そんな彼女がどうして宰相へ?
犯罪者から人臣の頂点へっ、てちょっとないサクセスストーリーではあるが、それがあるのが人魚国のアグレッシブなところだ。
元々魔法薬学を極めているのが魔女の条件みたいなものだから、頭がいいのは当たり前。
そんな彼女だからこそ宰相職もつつがなくこなし、毎日大量の政治案件も鮮やかに処理しているらしい。
まあ、本人はブツブツ文句を言っているけれど。
行政の場において彼女のホムンクルス暴走能力が役立つことはないんじゃないかな。
「そんな……、ではどうやって宰相を決めていけば……!?」
「そもそも宰相を決めるだけですべては解決しないでしょう?」
沈黙を守っていたリテセウスくんが発言する。
彼は人間国大統領。
国家代表ではあるものの王者である魔王さんアロワナさんとは若干の違いを持っている。
「政治は一人でやるものでもないし二、三人でやるものでもないですよ。宰相を決めたとしたら、その下にいる各大臣を決めないと」
「だいじん?」
「国務大臣のことですね。財務大臣、法務大臣、外務大臣、軍務大臣、交通大臣、……まあ、必要最低限でこれぐらいかな? もちろん実際に動くとなったら全然足りないですけど。あとは医療や教育、経済産業についても専門的な担当者が欲しいし……」
「待て! 待て待て待て待て待ってくれ!」
リテセウスくんの猛烈な勢いにアードヘッグさんが悲鳴。
「そんなッ、そんなに色々あるのか? 複雑すぎではないか、国を作るのって!?」
「そりゃ複雑ですよ。何百万……いや何千万という人の生活を背負って、かつ一人の取りこぼしも出しちゃいけないのが理想なんですから、死ぬほど複雑になるに決まっています」
真顔で伝えるリテセウスくん。
「人間が生きていくためにはね、必要なものがたくさんあるんですよ。食べ物はもちろん、夜露を凌いで安心して寝られる家屋もいる。暑さ寒さをしのぐための衣服もいる。危険から身を守るための武具もいるし、それらのものを効率的に得られるように知恵も知識もいる。さらには人は一人じゃいられないから一緒に過ごす人間もいるし愛情もいる。心が豊かな生活を送るためには娯楽もいる。とにかくいるものが多すぎるんです」
「は、はい……!?」
「国は、それらすべてを自分のエリアに住む民に提供してやらなきゃいけないんです。生半可なことじゃないですよ。そのために為政者は毎日毎日、昼も夜も政務に関して考え続ける。それが国家の主のあるべき姿なんです。わかりますか?」
「はいぃ……!?」
追い詰めてくるかのようなリテセウスくんの論調にタジタジのアードヘッグさん。
リテセウスくんも為政者側として何かしら思うことがあったんだろうが、実に情け容赦ない詰めっぷり。
そう気軽に、建国するな!……みたいな?
俺にまで流れ弾が来るみたいで怖いんですけれど?
「リテセウスくんの論調は鋭く闊達だな。普段から臣下とのやり取りで鍛えているのだろうが……」
「しかし鋭すぎる感はあるな。あれでは部下たちも委縮してしまうだろう」
先輩王様たちが冷静に状況を吟味していた。
通りすがったレタスレート提供の煎り豆をボリボリ貪りながら。
「言いたいこともわかるがもう少し優しく言ってあげてはどうだ? 厳しいばかりでは人の心に届かないぞ?」
「うッ、すみません……、語りだすとつい熱くなってしまって……!」
「まだまだ若い証拠だな」
魔王さんがとりなしている間、アロワナさんがアードヘッグさんのフォローに回っていた。
「ニンゲンたちがそんなに大変に生きてるなんて想像もできなくて……!」
「まぁ種族が違えば何でも変わってきますわな。それを理解することが外交の第一歩ですぞファイト!」
あの二人はかつて一緒に旅した仲であるし、心は通じ合いやすいだろう。
その一方で……。
「ううむ、参ったわね。ボウアちゃんのために国一つぐらい用意できると思ったのにこんなに複雑で難しいなんて……!」
ブラッディマリーさんが現実にぶつかって頭を抱えていた。
彼女としては純粋に可愛い愛娘のための未来設計……というかプレゼントのようなものなんだろうけれども。
プレゼントが国!……というスケールの大きさもドラゴンらしい。
その向こうで招集されたドラゴンたちが額を突っつき合わせて話もしている。
『私は農林水産ドラゴンをやろう』
『だったら私は国土交通ドラゴン』
『経済産業ドラゴン!!』
なかなか建設的な議論が進んでいるようだった。
「ですが……ドラゴンが国家を形成する案は、それ自体はいいことだと思います」
そこへリテセウスくん、ここまでの流れを捻ってまさかの肯定。
「えッ!? どういうこと!?」
「だって、国家ができるということは外交ができるということですからね。我々人類にとって、ドラゴンとの交渉ができるということがどれだけ有益なことか……」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
もちろん今までもドラゴンによっては意思の疎通もできただろうが、当然全部というわけにはいかない。
国ができて集団としての括りができれば、それだけ全員に周知させやすくなるし。
「……ふん、それってつまり、私たちドラゴンに言うことを聞かせようってこと? ニンゲン風情が? なかなか舐められたものね?」
「いや、この場合は言うことを聞かせるとかではなく、相互の意思疎通が大事なのだと……」
魔王さんたち年配の為政者がとりなすが……。
「その様子だと気づいてないみたいですね」
リテセウスくんが、これまた鋭い一言。
「既に時代の変化は迫っているというのに」
「どういうこと?」
「説明するより実地で見てもらった方が早いかと。……では聖者様に一つお願いがあります」
おうッ!?
ここで俺に振られるとは!? なんでせう!?
「一人、ここに呼んでほしい人物がいるんですが、聖者様の御力でお願いできませんか?」
また人が増えるのかッ!?