125 王女襲来
要はこういうことだ。
政治的爆弾といっていい危険な存在、王女。
人間国復活や反乱といったことを企てる存在にとって、王女は格好の口実となりうる。
他の王族同様に魔国の僻地へ配流したとしても、それを乗り越えて奪いに来ようとする者だって出かねない、ということだ。
もし本当に奪われたら魔族による人間国支配が根底から覆されかねないので、万全を期すためには王女も殺してしまうのが一番安全。
しかし優しい魔王さんにはその決断ができない。
どうしたものかと困っていたところで、我が農場の出番というわけだ。
何しろウチ、人族魔族の両方から遠く離れた土地にあって、存在も知られていない。
見つけられることもまずないし、見つけられたとしても到達までに非常な困難が伴う。
万が一にもそれらを乗り越え到達できたとしても、そこに待っているのは変異化したオーク、ゴブリン軍団。
『地獄の追跡者』の異名を持つ狼型モンスター、ハイリカオンがさらに変異化したヒュペリカオンの群れがどこまでも追いかけてくる。
極めつけにドラゴンのヴィール。
つまり世界のどんな地獄より難攻不落というわけだ。
ここならどんな要人を託したとしても安心できる。
話がまとまり、魔王さんは何度も何度もお礼を言って帰っていった。
アスタレスさんの件から始まって、色々ウチで世話になること立て続けで心苦しいらしい。
魔王さんいい人だから別にいいのに……。
「で、その問題の王女様はどうやって連れてくるの? 後日魔王さんが連れてくる?」
「いえ、私が問題の王女様の下へ参り、連れ帰ろうかと」
と言ったのは魔族娘のベレナ。
元アスタレスさんの副官で、今は魔族代表としてウチの農場に居ついている。
「ベレナが農場離れるの? 大丈夫? ここの転移ポイントの管理してるのベレナなんでしょ?」
と俺は心配になった。
転移魔法で移動できるのは、その転移ポイントのあるところだけと聞いたことがある。
ベレナの留守中、転移ポイントに異常が生じたら、ここへの移動手段が実質断たれることに……、とはいかないまでもかなり面倒くさく……?
「何かあったらヴィール様か先生に相談すればいいんですよ」
「だからその提案やめろって言ってんでしょうがッッ!!」
同じく魔族娘の片割れであるバティと言い争いが起こっていた。
最近ホントにベレナは情緒不安定だな?
何があったんだろ?
「レーゾンデートルの問題……、と申しましょうか」
バティが煤けた瞳で呟いていた。
よくわからないが。
彼女らとは改めて話し合わないといけないなあと、前々から思いつつ、他の案件に手が離せずに後回しになって時間経過の挙句、今日まで至ってしまった。
これから王女様を迎えて、またまた忙しなくなるだろうから、その機会はますます遠のくだろうけどね。
* * *
で。
やってきました人族の王女様。
名前がレタスレートちゃんだっけ?
葉っぱっぽい名前だ。
王族というだけあって、着ているものも豪華だが本人もそれなりに豪華。
煌めく金髪に輝く白肌。体つきもグラマラスで視線を奪う身なりなのは間違いない。
そんな彼女だが……。
「王家の威光にひれ伏しなさい!!」
転移ポイントを潜って登場し、開口一番のセリフがそれだった。
「気高き王族の私が、平民風情の直答を許してあげる! それだけでも末代までの誇りと思いなさい! 私は王女レタスレート! 世界最高の種族、人族を治める王の一人娘! アナタたちに私を世話させる栄誉を担わせてあげる! 私に絶対服従する喜びを、全身で受け止めなさい!!」
「………………」
プラティがツカツカと歩み出して……。
あっ。
おもっくそグーで殴った!?
「亡国の王女が偉そうね?」
さすがプラティは人魚国の王女。
同類には王女オーラがまったく通用しない。
「一から十まで説明してあげるけど、一回しか言わないから一回でよく覚えなさい。次からは叩いて躾けるからね?」
「ごっ、ごめんなさい……!?」
人族の王女様、一発であっさり心を折られてるじゃないですか。
やっぱり貴種は見栄張るばかりで本質弱いなあ。
「まず一つ。人間国は滅ぼされて消滅しました。だからそこの王族だなんて言ったって何の意味もないの。王族の権威は、国家の力によって保証されるものだから、国家を失った王族なんてただの人なの。だからアナタもただの人。わかった?」
「はい、わかりました……!」
もう王女様泣きそうだ。
「仮にアンタの母国が健在で、アンタに王族としての付加価値がバターみたくたっぷり塗ってあったとしても。……いい? ここからが大切な二つ目よ? ここではまったく何の意味もないの」
そしてプラティは容赦がない。
どうして今日はそんなに徹底的なの?
「ここは、あらゆる国の事情から外れたところにある。だから魔国、人間国、人魚国、あらゆる国家から影響を受けないし従って肩書きも意味ない。まったくない」
人魚国の王女様語る。
「ここには、アンタと同じ元王女もいれば、元盗賊、元囚人、モンスターやドラゴンだっているわ。魔王や人魚国の王子、挙句ノーライフキングまで気軽に遊びに来るし。そんな中で人間国の王女がどれだけ偉いっていうのよ?」
改めてそう言われると、とんでもない場所だね、ここ。
「ここでは社会的肩書きなんて、何の意味もないの。意味があるのは能力、それと人柄よ。さっきみたいな舐めた口きいてたら、一生ここには馴染めないから注意することね」
「…………」
「わからないとは言わせないわよ? アンタの人間国が滅んだ今、この世界にアンタの居場所はどこにもないの。本来なら処刑されるのが当然のところ、優しい魔王様とウチの旦那様の気遣いでここに住むことを許された。アンタが住めるのは、ここを除けばあとは冥界ぐらいのものなのよ!」
「………………ッ!?」
あの、プラティさん?
そこまで厳しく問い詰めない方が……?
彼女だって国を失ってばかりで余裕ないでしょうし、少しは労ってあげた方が……?
「そんなことわかってるわよ!! うわあああああ~んッ!!」
ほら!
感極まって泣き出した!!
地面の上にかまわず寝転がって手足をバタバタとギャン泣きしだした!?
「私には何もないのよ! 王女としての権威も、従う家臣も!! だからこうやってせめて虚勢だけでも張るしかないじゃないのよ! うわああああ~!!」
なるほど。
彼女の不遜な態度にはそういう裏があったのか。
不安で崩れそうな心を、無理に偉ぶることで何とか支えていたと。
しかしその虚勢もプラティがたった今一撃粉砕して……。
「いっそ殺しなさいよ! 覚悟はできてるわよ! 誇り高い王族の娘として華々しく玉砕してやる~~ッ!!」
もはや自暴自棄となっている王女様の腹部に、これまたプラティによる情け容赦ない正拳突きが、クリーンヒット。
「ぐぶぉッ!?」
潰れたカエルみたいな声を出す王女様。
そりゃそうなるわな。
「甘えるな」
今日のプラティさん厳しすぎやしませんか?
「ウチに住む以上は食べる分だけ働いてもらいますからね。その手足で。今日から生まれ変わったつもりで働きなさい」
「…………ハイ」
こうして王女様の我が農場での暮らしが始まった。