1257 竜皇女訪問
俺です。
異世界鉄道新路線……魔都王都ラインの計画が固まってひとまず落ち着いた。
……いや落ち着いたらダメだ。計画が固まったからこそ次は実行、本当に大変なステージが目の前にある。
それでも実際に工事にかかるとなると準備が整うまでに時間がかかるので、やっぱその間はゆったりしててもいいだろう。
そうした隙間を狙うかのように突如襲来する来客が……。
それはドラゴンの王。
ガイザードラゴンであるアードヘッグさんとその奥さんブラッディマリーさんの竜帝夫妻であった。
「控え、控え控えおろう! 竜族の未来を担いし竜皇女のお出ましよ! 下等なニンゲン風情が直視するのもおこがましい! ひれ伏して属意を示しなさい!!」
「マリー、落ち着いて。突っ走らないで……!」
相変わらず暴走癖が強いブラッディマリーさん。
その胸元に抱かれている赤ちゃんが、物珍しそうにこちらを凝視している。
嬰児特有の何の意図も混じらない純粋なる直視。
この子こそ皇帝竜アードヘッグさんと皇妃竜ブラッディマリーさんとの間に授かった次世代の新生竜。
その名はボウアちゃん。
女の子であった。
うわぁ、久しぶりだけど随分大きくなったなあ。
「コラッ、気やすく声をかけないの皇女竜に対して!!」
ブラッディマリーさんの昂りっぷりが凄い。
我が子をかばう母獣のごとき気迫であった。
「も、申し訳ない……マリーは、ボウアのこととなると殊更凶暴で……!」
「当たり前よ! ボウアは新たなる世界を支配する新世代女帝竜になるのよ! 曲者を近づけて万一のことがあったらどうするの!?」
「万事常にこんな感じで……!」
まあ、子を持った母親はどこもそんな感じですよ。
少し尖りすぎなところはあるかもですが……。
「……はぁー、マリー姉上のヤツめ、子どもぐらいで情緒不安定になりおって」
ドラゴン関連ということでウチのヴィールにも出てもらったが……お前だってジュニアが生まれたあたりの頃は相当情緒おかしかったぞ?
アードヘッグさんが苦そうな愛想笑いを浮かべつつ……。
「ここまで挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません……! ボウアの世話が思うの他大変で、連絡もままならず……!」
いえいえ、とんでもない!
ドラゴン族にとっては、有性生殖で繁殖すること自体有史以来初の出来事だったんですし、困惑するのも仕方のないことかと。
こちらとて出産育児の経験はたくさんあるのだから何かしら手助けできたかもしれないのに、疎遠になってしまい申し訳ないというか……。
「ご主人様のところは三人目が生まれたんだから、こっちはこっちで大変極まりないのだ。それに加えて農場国とかゴタッてたんだから、コイツらなんぞに気を割く余裕なんてなかっただろー」
ヴィールからの有難いフォローが……!?
「そうです、聖者様にはこれまで際限なくお世話になってきているのですから、これ以上お世話になるのは心苦しく……。それにヴィール姉上が定期的に様子を見に来てくれていたので……!」
何、ヴィールが?
時折姿が見えなくなることがあったがそんなフォローを?
アレキサンダーさんとテュポンのこともあったし、コイツのドラゴン族へのフォローは端々に行き届いている?
「それでウチのボウアも大分しっかり育ってきたので、これまでのお世話になってきたお礼にとお邪魔しました」
「私はもうちょっと待つべきだって言ったのよ! そりゃあ首も据わってきたし、夜泣きも収まってきたけれど、まだまだこんなに小さくて弱々しいのよ! 遠出なんかさせて万一のことがあたらどうするの!?」
それでもこうして訪れておりますが……!?
とりあえずマリーさんが我が子のことを、これでもかというぐらい大切に思っているということはわかった。
特に初子ともなれば、どこまで万全に備えても大丈夫かわからないので、そりゃ不安に思うことだろう。
俺も長子ジュニアの時は何もかもが手探りで気も休まらなかった思い出がある。
あの時の経験があったればこそノリトやショウタロウの際には落ち着いて望めたものだが……。
子どもが生まれるたびにあの思いをしたらと想像するだけでゲッソリとしてしまう。
だからブラッディマリーさんのお気持ちは察せられるんだが……。
「しゃあああああッッ! ボウアちゃんに近づく外敵は皆殺す!!」
彼女については獣性的本能が突出しすぎているようにも思えるが……。
それでまあ、今回の主役というべきボウアちゃんだが……。
見た感じ普通の人間の赤ちゃんだな?
まあ玉のように丸っこくて可愛くて……!
しかし実際の種族はドラゴンなんだから、生まれたばかりの頃はドラゴンの姿でいるものかと思ったんだが……?
「ええ、そうよ、この子も生まれてすぐの頃は幼いドラゴンの姿だったわ。アナタも見たんじゃない?」
ええ……?
見たような、見なかったような?
「おれたちも、この子が大きくなって物心つくようになり、その末に人化のための変身魔法を会得するまではドラゴン姿のままだと思っていたんだが……」
「気づいたらいつの間にか変身していたのよね。本能のようなものかしら?」
竜帝夫妻はまんじりともしない、もやもやとした表情を晒した。
「子育てをするにはそちらの方が都合がいいんだが……。文明的な育て方をしたいと思ったらどうしても人に寄らなければならないからな」
「当然よ! 誇り高きドラゴンが、どうして今更トカゲの真似事ができますか! ヤルなら断然ニンゲン流よ!」
そうすることでヴィールやらの指導を受けながら人間風の子育てをしていた皇帝竜夫妻。
試行錯誤の果てに気づいたら、ボウアちゃんが人間の赤ちゃんの姿でベッドに寝ていたそうな。
「最初見た時はビックリして心臓止まるかと思ったわ」
だろうなあ、赤ちゃんの姿が突然変わったら『ウチの子がどこかに行って、知らない何かがいる!?』ってなるのが普通の感覚だよなあ。
「それでも精神や魂の波長はしっかり見ることができますので、ボウアが変身しているとすぐにわかりました。でも最初の何秒かは本当にパニックで……!!」
「確実に寿命が縮んだわ」
ドラゴンにもドラゴンの子育て苦労があるようだった。
それでもボウアちゃんはすくすく成長して、ここ農場まで挨拶に連れてきてもらえるようになったってわけか。
人もドラゴンも成長が早いなあ……。
ウチの末っ子ショウタロウも一歳越えてますます元気だし、ジュニアやノリトも元気いっぱいだ。
これからますます賑やかになっていくのだろうと、俺が未来に思いを馳せていると……。
「そこで、今日はアナタに相談があるのよ」
とブラッディマリーさんが言った。
……相談ですか?
まあ、俺に用事があってきたってことは大体そうでしょうからねえ。
「我らが希望の一番星ボウアちゃんも毎日すくすくと育って、私たちも一日だって目が離せないわ。だって一日一日目覚ましく成長しているんだもの、これを見逃したら一生後悔するわ!!」
うんうん、たしかにこの年頃の子は早送りするみたいに成長するからなあ。
幼児三日会わざれば刮目してみよ、だ。
「新しいともだちー、一緒に遊ぶー」
「ぎゃあああああッッ!? このガキ、ちょっと目を離した隙にウチのボウアちゃんをぉおおおおおッッ!?」
ウチのジュニアが、ウチのジュニアがすみません!
新しい友だちを発見したら一緒に遊ばずにはおれず!
それでも即座に連れ出すとかウチの長男、手練れの陽キャか、もしや!?
ひとまずジュニアから我が子を取り戻して帰ってくるブラッディマリーさん。
すまんなジュニア、新しい友だちとの触れ合いは、大人の話し合いが終わってからだ。
「……というわけでね、ウチもそろそろボウアちゃんの将来について真剣に考えていこうと思うの」
ほう?
とはいってもまだ一歳でしょう皇女竜。
たしかに将来の展望は大事だけど、あんまりギチギチに固めすぎると教育ママの誹りどころか毒親とすら言われかねない昨今。
子どもに期待をかけるのもほどほどに……。
「ボウアちゃんにのびのび育ってほしいのは私だって同感だわ!」
「ワンパクでもいい! たくましく育ってほしい!」
「しかしこの子は、竜族が有性生殖によって世代を受け継ぐようになって最初に生誕した子! 時代の先駆者として否が応にも試練が待ち構えているのよ!」
それを考えたら、ものを考えられる大人の世代が来るべき困難に備えて先手を打っておくというのも重要なのかもしれない。
すべてを次世代に押し付けてるというのもカッコいい話ではないからな。
「この子よりあとに生まれるドラゴンは皆、父と母をもって生まれてくるわ。ガイザードラゴンのクローンでしかなかった私たちと違って。だからこの子たちは私たちのようには生きられない。だからこそ彼女らの生活モデルを、まずたたき台としてだけでも私たちが用意しなきゃいけないと思うの!」
言わんとしていることはわかる。
ではどんなたたき台を叩きあげるよつもりで?
「そうね……私たちの生活はアナタたちニンゲンに使づいていくと思うの。幼いボウアちゃんが本能的にニンゲンに変身したのもその証左。だからこれからのドラゴンの生き方は、ニンゲンをモデルに近づけていくべきかと思う! そこで」
そこで?
「私たちドラゴンの国を作ろうと思うの!!」
うん?






