1254 邪神鎮まる時
邪神ゼウスへの天誅はいまだ継続中。
これだけやっても終わらないなんて、ますます彼の業の深さを窺わせる。
『すまぬな聖者よ……地上を騒がせて……』
ボコスカやってる激心の横で、ハデス神がこちらに寄ってきた。
『神々の争いを地上で行うのも迷惑だが、災いそのものが地上に現れては仕方がない。神界と人界、双方の平和を守るためにも騒乱を許してくれ』
それはもう……、こっちもピンチに駆けつけてもらったわけですから。
しかし、神様たちもよく地上に来られましたね?
もうルールなんか何でもなし、本質ヴィランなゼウス神ならともかく、神様は勝手に地上に降りてくることは禁止だと窺っていたが。
やはり緊急事態だけあって緊急措置?
『いや、今回もちゃんとルールに沿って降りてきたが?』
え?
『いやまあ、事態が事態ゆえに無理やりの降臨もやむなしと思ったが、地上に死者の王がいてくれて本当に助かったわ』
それって先生のこと?
……あッ、ずっと向こうで先生がスタミナ切れでダウンしている!?
先生が疲弊しているところ初めて見た!?
まさか先生が、この数の神を一気に召喚したのか!?
頑張りましたな先生!?
『しッ、新記録……! 自己新記録……ッ!』
いやもう世界新と言ってもよいですよ!
先生のお陰で世界が救われました!!
『まあ、本当ならここまで大挙して押し寄せることもなかったんだが……、全神界の神々が皆揃って「ゼウスを殴れるなら我も我も!」と騒いでなあ』
巨大な敵を前に皆が結集する話はよくあるが、この件に関して結集の理由は力の大きさより恨みの大きさだった。
『一大イベントで全員集まっていたのも都合がよかったが、それだけでここまでの戦力が整うとはな。何しろ駆け付けたのは、この世界の神だけではないのだから』
えッ?
『んッ? なんだお前は!?』
邪神ゼウスが見上げる先に立っているのは……。
隻眼の主神。
『フム……こちらの主神は悪趣味なのだな。我らアスガルドの神とは大違いだ』
『何を言う! 神の王である余に向かって不敬であるぞ! 何者だ!? 余が知らんということはよほど下級の神であるのだろうよ!』
『問われれば応えねばなるまい』
戦神、槍を掲げ……。
『我が名はオーディン、勇猛を誇りとするアスガルド神族の王。神の王というならば私も同じ。もっとも……貴様よりは幾分上等なつもりでいるがな』
『アスガルド神族? 別世界の神が何故ここに!?』
『貴様のような邪悪な存在を討つためにだろうよ。さあ食らうがいい、アスガルドの誰もが恐れる、投げ放てば必ず当たり、切っ先を向けた敵を必ず撃ち破る、必滅必殺の槍、その名は……』
オーディン、その槍を振りかぶり……。
『グングニル』
主神オーディン最強の武器が、投げ放たれると同時に稲妻の速さで駆け下り、ゼウスに着弾する、それと同時に大爆発を巻き起こし、光と炎の中に邪神を飲み込んでいった。
……核爆発?
『これが戦いを旨とするアスガルド神族の権能か……、やはり戦闘能力に特化しているな』
ハデス神が感心して呟く。
大爆発が晴れると、ボロボロになりながらもなんとか原形を保っている邪神ゼウスが出て来て……!
あれで死んでないというのも大したものだな。
融合している邪神がそれだけ凄いのか?
『……ん? ぐおおおおおおおッ!? 引きずり込まれる!? なんだ!? 余はもうボコボコなんだけどまだ追い打ち!?』
なんだ?
邪神ゼウスが、地中に引きずり込まれている?
いや違う。
ゼウスの足元が血の池となって、そこから這い出す亡者やサソリみたいな生き物に引きずり込まれようとしている。
『等活地獄、屎泥処』
『また見知らぬ神!? 今度はどこの神族だ!?』
アレは閻魔大王様!?
なんでこの世界の神様でない神様まで大集合!?
『いやー、皆で桃鉄やってたからとは、なんとも……!』
桃鉄!?
何の話? 皆で楽しく遊んでたの!?
『ぐぉおおおおおッッ!? 主神たる余を地獄に堕とそうというのか!? 何という不敬な!?』
『神であろうと地獄の裁きからは逃れられぬ。それが我が地獄の摂理だ。お前のごとく罪を罪とも思わぬ神が罪を成すならなおのこと』
地獄の王である閻魔様が操る地獄に、邪神ゼウスは逃れる術がない。
巨大な体も半分以上、血の池に飲み込まれている。
『では最後に、貴殿の裁きをもって締めとなすかの道真公』
『閻魔天の傍らに立たせていただけるとは、さしずめ参議篁の気分ですかな』
あッ、道真公。
あの神も駆けつけてきたのか。
『ひぃッ!? ひきぃいいいいいいいいいいいッッ!?』
そして道真公を一目見たゼウスが恐慌し、声にならない悲鳴を上げた。
どうした? なんかあった?
『こないだ一方的にメタメタにされたのがトラウマになっておるかな?』
とハデス神。
『私を見て恐れおののく程度には私からの折檻を覚えているようだな。しかしながら再び悪巧みをするようではまだまだ灸が足りなかったとみえる。されば今一度、とっくに忘却の彼方へと追いやった祟り神の姿を見せてやる他なさそうだ』
『やめてぇえええええッッ! 助けてぇえええええッッ!?』
『泣き叫ぶほど嫌なら、悪さなど働かねばよいのだ。さすれば叱られることもないのだから』
道真公が天を指さす。
すると一天俄かに掻き曇り、ドス黒い雷雲が空を覆う。
そして鉄槌を振り下ろすかのように、直下する雷撃。
『報讐の雷!』
『あんぎゃぉえええええええええええええええええええええッッ!!』
全身を貫く大きな雷撃によって邪神ゼウスは全身を光らせ、骨まで透けて見えるほどに明滅したあと、大ダメージを負って完全に沈黙した。
この世界のすべての神どころかい異界の神まで集合しての袋叩き。
あまりにオーバーキル過ぎた。
* * *
『……で、どうする、これ?』
嫌と言うほどブチのめされて、すっ転がるゼウス神。
俺に閃光を当てられてた時点で息絶え絶えだったのだから、もう完全に復活不可能。
そもそも心まで折っているから勝負はもはや完全決着だった。
『ぶふぉおおおおお……ぶへ……!』
『大体、深淵の神なんてどこから繋がったんだ? ヘパイストスの作った封印空間だぞ? どれだけ深淵に近づこうと迂闊に繋がるような手落ちはしないはずだが?』
ハデス神、バケモノと化した兄弟神を注意深く見詰める。
『フン、フフフフじゃなくてイアイアイアイア……。お前たち三流神には理解できまい。真の主神は、いかなるピンチに追い込まれても逆転のチャンスが訪れるものなのだ!』
『自分のことヒーローと勘違いしてない?』
『ヒーローではない! 神だ! お前たちがどれだけ余を爪弾きにしようと余は、主神の運命で復活する! 余は深淵の邪神と融合したのだ! もはやヘパイストスごときの封印空間では縛り切れんぞ! 何度でも抜け出して、現世に災いをもたらしてくれよう!』
コイツ反省する気ゼロか!?
許せねえ、こうなったら俺自身がとどめの閃光をぶっ放すしか……!
そう思った矢先、ハデス神が諭すように言う。
『でもさあゼウスよう、お前さっきから融合融合って言ってるけれど、融合してないぞ』
『はッ!? 何を言う! 余はこんなにも見事に深淵の邪神とピッタリと融合しているではないか! 点数で言うなら八十七点ぐらいの融合ぶりだ!』
『いやいや、お前は融合してるんじゃなくて……取り込まれてるんだよ』
『え?』
その瞬間、タコ触手が激しくうねってゼウス神を捕らえる。
自分が食われかけていることに気づいた獲物へ、『逃がすまいぞ』と言わんばかりに。
『えええええええッッ!? ちょっと待って! やめて! なんか体が沈んでいく邪神の中にッ!? 助けて助けて! 我が兄弟たち!』
『嫌だが』
『えッ!? なんで!? 兄弟なら助け合っていこうよ! 困ったときはお互い様! 情けの心はないのかこの冷血漢どもぉおおおおおッッ!』
『どの口が言うか私欲全開神が』
タコ足だらけの巨体が身をひるがえし、空間の断裂へ戻っていく。
アレはゼウスの意思じゃないな。
母体となっている邪神が動かしているのか。
結局のところゼウスの方は合体したとばかり思っていたが、実際のところは邪神の方が捕食して、取り込もうとしていたってことだからな。
『待って待って待って! 余と融合したまま深淵へ戻るな! あぎゃあああああああああああッッ!!』
そんなゼウスの必死の叫びも届かず、邪神はキューキューと鳴きながら次元の向こうへと消えていった。
一体ゼウスはこれからどうなるのだろう?
『邪神の一部となってこれからも生き続けるのじゃないか? アホな神だ、反省して封印空間の中で大人しくしていれば、一億年後か一兆年後かに解放されるチャンスはあったというのにな』
『あれでは永遠に開放は不可能であろうな。まあ我々も未来の不安が一つ消えて、肩の荷が下りた思いではあるが……』
何とも言えない酸っぱい表情のハデス神とポセイドス神。
どんなに相いれない相手でも兄弟であったからには忸怩たる思いがあったのだろうか。
ともかく神人大勢を動員した大騒ぎは、これにて何とか収束を迎えた。