1249 商人と鉄道
吾輩の名はシャクス。
魔族の大商人だ。
パンデモニウム商会を主宰し、魔国の経済流通生活をこの双肩で支えているという自負を持っている。
その根拠の一つ、農場の聖者様との取引が世間の明るみに出て、一時期逃亡生活を余儀なくされていたが、ここ最近やっと落ち着きを取り戻してきた。
それもこれも聖者様と農場の存在が、おおやけのものとして認知されたお陰だな。
現在、魔王様が動いていただいて意味なく蠢動する輩を抑えていただいている。
独占禁止や機会均等の建前はあるものの、何よりも今は『聖者様を煩わせてはいけない』という大前提のもとに、引き続き吾輩らが単独で聖者様と取引を行っている。
……まあ、我が商会を窓口に農場の商品を振り分けるという公平性は確立されたが。
これで農場国が本格始動されたら、各分野に応じての自由貿易が始まるんだろうな、と思う。
まあその時はその時でパンデモニウム商会の、手厚いサービスと高いクオリティで契約をゲットしていくさ! と自負しつつ、農場国開拓事業を惜しみなく支援して後世への徳を積んでいるところだ。
そんなある日……。
とんでもない報告を受けることとなった。
* * *
「新しい路線ができる!? 鉄道のか!?」
しかも、魔都と王都を結ぶ大きなものだって!?
今、人間国と魔国との間でそのような計画が持ち上がっていると聞いてビックリ仰天。
鉄道。
……というものの存在は吾輩も認知している。
それは最近、またもや聖者様が創り出したトンデモビックリ発明のことだ。
どういう理屈かわからぬが、巨大な鉄の塊を超高速で動かし、移動させる。
その中に人やら荷物やらを大量に積載して、だ。
つまりこれまでの常識では計り知れないほどけた違いな移動&移送の手段。
これがもたらす世界への影響は計り知れない。
今まで我々が馬車でえっちらおっちら運んでいた荷物の何十倍という量を、何十倍という速さで運ぶ。
だから何だと言われるかもしれないが、そんなこと言うヤツは素人だ。
バカめ。
世界の常識が覆る大発明だぞッッ!!
流通が加速するということは、世界に流れる時間が加速するということだ!
鉄道という発明が一般化していくことで、世界の流れも益々加速していき、世の発展も凄まじい速さで進んでいくということ。
吾輩だって、常に農場のことを注視している者として、鉄道が生み出された事実自体は知っていた。
何なら市場もさせてもらった。
吾輩も仕事柄、転移魔法は使わせてもらうがあのように高速で移動した経験はなかったので、窓の向こうの景色が溶け流れていくのは新鮮な体験だった。
あと駅弁美味しかった。
現状、鉄道の唯一の難点である『線路の上を走ることしかできない』のため一般化は手間がかかるが。
それでもこのシステムが世界中に普及していけば社会は完全に一段階上の次元へ上ることができるだろう。
その可能性を感じたのは吾輩だけに留まらず当然のように国のトップも感じ得たのだろう。
だからこその新事業。
魔都と王都が鉄道で繋がるなんて、そんな素晴らしい状況が実現するのか。
それぞれ魔国と人間国、地上を二分する大国の首都。
それが鉄道という高速移動機関によって結ばれるということは、どれだけ多くのことが効率化、高速化されるかは想像に難くない。
何しろ政治的決定の多くが集中し、物産も固まるのが首都であるからして。
もちろんその余波を食らうのは我々とて例外ではない。
物流の基本が変われば、商業の基本だって変わる。
変革に乗り遅れた者が容赦なく取りこぼされていくのが世の常!
それは現状、魔国の経済界トップに君臨する我が商会とて例外ではない。
ここで鉄道関係に食い込めるか否かで、これからの栄枯盛衰が変わってくるのだ!
我が商会の者たちよ!
ここが正念場と心得よ!
え? ここ数年毎日正念場って言ってる?
仕方ないだろう、農場の聖者様が現れてから毎日が正念場よ!
それで……我々の他に鉄道に参画しようという商売人は現れているのか?
……たくさんいる!?
そりゃそうか、こんなわかりやすいチャンスを見過ごしていたら商売人として失格だ!
「皆、大きなビッグビジネスチャンスと沸き返っております!」
商会の部下たちに報告される。
『大きなビッグ』の重複は、興奮しているが故の小ミスだと好意的に捉えておこう。
「魔都~王都間の路線が開通すれば、魔国側の特産を人間国へ大量輸出できることも可能ならその逆も可、です!! 既にいくつかの産業ギルドが、人間国への輸出増を見越して増産に踏み切っているようです!」
気が早い!
「そして人間国からの輸入も増やせるように、先んじて交渉に向かう商人もチラホラ出始めております。我が商会も手を打っておかねば波に乗り遅れるかと!」
そうだな我々としてもそちらが喫緊の問題だな。
……よし、急ぎ特配員を編成して人間国へ送り込んでくれ。
そういえば……馬車ギルドはどうしている?
アイツらの商売は、鉄道がもたらす社会的影響とガッチリ競合する。
社会が大きく変わろうとする時、どうしても旧勢力と新勢力の軋轢が起きるものだ。
今回の場合、これまで流通を担っていた馬車ギルドと新機軸となる鉄道の対立は避けられないと思ったが……。
「馬車ギルドは、上手くやっている模様です」
部下からの報告。
そんなこともなかったか?
「馬車ギルドは、互いの利点を補い合って共生を進めている模様です。今回の魔都~王都新路線にも、それに即した新企画を立案して……。鉄道の割引往復券と、現地での辻馬車終日フリーパスをセットにしたお得切符を販売する予定とのことです。ちなみに一泊二日コースと二泊三日コースを選べるそうです」
何それほしい。
……ぬう、馬車ギルドめ。しっかり新スタンダードで生き残る術を模索しておるな。
「あともう一点……見過ごせない問題が」
何かな?
さすがは優秀な部下、吾輩が支持するまでもなく状況を分析し、要点を抜き出してきたか。
商会長として厳しく鍛え上げた甲斐があったな。
では、どんな問題点かあるのか聞かせてもらおうか。
「それは……路線の通過点です」
ほう?
「新路線は現状、魔都と王都を終点にすることは決まっていますが、それぞれに至るまでのルートをどうするかまで放ったく決まっていません。魔国にも人間国にも、首都以外にも大都市が多く存在していますし、それら首都に次ぐ大都市を路線が経由していけば、さらなる経済効果が見込めます」
たしかにそうだな……!
大都市となれば人口が多いのは当然だし、多くの人々は買い手にもなれば売り手にもなる。
列車が止まる地点を“駅”と呼ぶのであれば、いくつ駅が作られるかが商売の大きな指標になりそうだな。
たとえば人間国との交易に拘らなくても、魔国内の大都市同士が結ばれるだけでも凄まじい効果が期待できる。
駅の候補は上がっているのか?
最終的にはどれぐらいの駅が建設されるのか!?
「それが……現在、約三四〇の街や村が立候補しています」
さんびゃくよんじゅう!?
ちょっと多すぎない!?
「はい……ですが、いわばおらが村に線路が通れば経済効果は特大。たとえ望み薄でも挑戦ぐらいはしたくなるのが人情というもの。もし奇跡でも起きて駅が建設されれば、大都市の仲間入りは間違いありません」
ぬうぅ……言われてみればそうかもしれぬが。
これは熾烈な争奪戦になってくるぞ。
三四〇も立候補がいて、実際選ばれるのはせいぜい十もあるまい。
駅が多くなるということは、それだけ止まる回数も多くなるということ。たくさん止まれば、止まるほど足が遅くなる。
それでは鉄道列車の利点の一つが潰れてしまうではないか!
「まったくその通りで、魔王様もこの予想外の反響に困惑している模様で……。捌き方次第では計画自体が意義を失い頓挫してしまいかねません」
ビジネスチャンスと浮かれている場合ではないな。
吾輩も大商会の長として、意見具申できるやもわからぬ。
今すぐ魔王城へ上がり、魔王様への謁見を賜らなければ!!






