1244 画竜点睛の撃
かくして迷いの森での修行に明け暮れることとなったモモコさん。
「ほんだばぁあああああッ! しゃてらぁああああああッッ!!」
その内容は、S級最終試験と呼ぶにふさわしい厳しさ。
刀剣のように鋭く尖った木の枝、手裏剣のように飛んでくる木の葉。土中からトラップとばかりに襲い掛かってくる木の根。
すべてを紙一重で回避し、飛んだり跳ねたりするモモコさん。
もう随分と時間が経つが、よく体力が持つな。
見てる分にはかなり見ごたえのある白熱さだった。
「見ていて飽きないわねー」
「まーま、のどかわいた!」
「はいはい、お水飲みましょうねー」
『プラティさんや、ワシには玄米茶をくれんかのう』
「はいはい、……あ、ノリトはお眠なの? お昼寝の時間ねー」
傍から見ている俺たちは和気藹々。
あ、お茶の用意は俺がやっとくから。ショウタロウにおっぱい上げる時間じゃない?
「くぅおらぁああああああああッッ!! ヒトが決死の自己修練に没頭している横で一家団欒するなって言ってるでしょがぁああああああ!!」
それは仕方がない。
モモコさんが一分一秒を大切にして己を鍛えあげるように、俺たちにとっても家族で過ごす一分一秒が大切な時間。
いずれこの思い出がプラチナの輝きを放って、心に残り続けるのだから。
どっちも大事ってことだよ。
「ぐぎぃいいいいいいッッ! 見てなさい! いつか私も絶対幸せになってやるぅうううううッッ!!」
怨嗟の声を上げながら、その間一秒も体を止めていない。
たとえ真後ろからでも襲い掛かってくる攻撃にいち早く察知して対処。
既存のS級冒険者は大抵、みずからの特徴で視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のいずれかが鋭敏となり、迫りくる危機をいち早く察知することができる。
しかしそうした超感覚が備わっていないモモコさんは、どうしても反応が遅れるものの、手にした聖剣の超火力で一掃することでギリギリ対応が間に合っている感じだ。
自分の持っているものだけをフル活用する。
それは誰もが勝負の場で行うべきことだろう。
モモコさんもそれを忠実に実行することで、勝負の場でギリギリ踏ん張り続けている。
それができる彼女はもう充分に一流と言えるのではないか。
『ふぃー、ここまで』
しばらくすると四方八方からの弾幕攻撃がやんだ。
森さんの、くたびれた気配が伝わってきた。
『お前は充分に能力を備えていることがわかった。これ以上は試す必要もない。大手を振ってギルドに帰るがいい』
とお墨付きをくれたが、なんだか面倒になって切り上げたようにも見えた。
『森さんが植物的で向上心も持ち合わせていないのは先ほど言った通りですからな』
先生の的を射た解説が突き刺さった。
『だが、お前の実力を見たことでわかったが、持て余す力もあるようだな。大きな力を与えられながら、それを活用する術を知らぬ』
「えッ?」
モモコさん、指摘されながら一瞬戸惑いの表情を見せて、すぐに何かに気づいたのかハッとした。
「私のスキル……!」
何か思い当たる節があるようだ。
スキル?
そうかモモコさんも異世界から召喚された勇者であるからには、神様から何らかのスキルを貰っているものとする。
スキルなんて大抵便利もので戦術の主軸になるものだが……そういえばモモコさんがスキル使っているところ見たことないかもなあ俺?
「私のスキルは『女神の大鎌+2』って言うんだけど。使い勝手が悪くて、ここ最近とんと使用機会がないのよねえ」
ええ? そんなスキルある?
世の異世界転生者は喜び勇んでスキルを使いまくっているというのに。
どんなに使い道のなさそうなカススキルでも、活用法を見つけて駆使しまくるのがセオリーというものでは?
どんなスキル効果なの?
この異世界歴長いおじさんが使い方考えてあげるから言ってごらん?
「相手を一撃死させる」
……。
うわぁ、限定的なのが来た……。
「しかも自分より弱い相手にしか効果ないってのがまた扱いづらさを助長させるのよね。弱い相手なら普通に倒せばいいんだし」
たしかに……!
「一応『+2』って補正がついてて少しは格上の相手にも通じるんだけど、範囲が狭いからいまいち有難味を実感できない。当然ドラゴンやノーライフキングにも効かないし、何よりこの世界ってガチで相手の命を奪いような状況ってあんまりないから、やっぱり使いどころもないのよねえ」
たしかに……!!
「だから精々使いどころといったら、ゴーストみたいな不定形モンスターを相手にする時? でもそう言われ続けて、実はまだゴーストに出遭ったことがないのよねえ。どこにいるのアイツら?」
モモコさん、自身の厄介スキルに悩んでいる様子。
たしかになあ……聞いただけでもどう活用していいかまったくわからない。
聞いた限りでは強そうに見えるところがまた厄介だ。
『相手は死ぬ』。その絶対的な効果によって却って活用が限定されて使いどころに困ってしまう。
このスキルを作り出した神は何を考えていたんだろう?
『私の考えた最強スキル!』とでも思ったのだろうか?
『しかしモモコよ。お前は自分のスキルを万全に使いこなせるようにならない限り、最強の存在にはなれぬ』
森さんからのアドバイス。
それにモモコさんは戸惑いを隠しきれない。
『最強者とは、自分に与えられたすべてを余すことなく使いこなさねばならんからだ。お前はまだ、自分のポテンシャルすべてを引き出せてはおらん。それでは頂点を極めたとはとても言えぬ』
「言われてみればそのとおりね、でも一体どうすれば……!?」
そりゃあ困惑するよな。
言ってることは理解できても、使いようのない限定スキルだからこそ今日まで持て余してきたんだから。
しかしここまでの頑張りを見守ってきた俺としては、なんとか彼女にすべてをやり通してもらいたい。
何か協力できるものはないか……と考えていたところ……。
……ん? どうした?
ウチのジュニアが、モモコさんにトコトコ歩み寄っていて……。
「いっきゅーにゅーこん」
「ぐべべぇえええええええええッッ!?」
うおあああああああッッ!?
何故ッ!? 何故にジュニアがモモコさんに腹パン!?
大変すみませんウチの子が! こんなことをするような子に育てた覚えはないんですが!!
「いや……ちょっと待って」
え? どうしましたモモコさん?
まさか腹パンに目覚めてしまったとか!?
ウチではそんな特殊な性癖は御勘弁いただきたいんですが……!?
「行くわよ……、はッ!!」
えッ?
モモコさんが急に消えたと思ったら、背後にいた!?
いつの間に回り込んだ!?
超スピードや催眠術とか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片りんを味わったぜ!
「今のは……気配を殺したのよ!」
どういうこと!?
「スキルの力で、自分の出す足音や体温匂い……姿まですべてを! どんなものでも一撃で殺す私のスキルは、私から発する気配のすべてを殺したんだわ!」
えッ? どういうこと!?
たしかに『気配を殺す』という慣用句はあるけれども実際、気配に生きるや死ぬがあるはずもなく、息の根を止めるという意味で殺すことなどできるはずもない。
それは拡大解釈の極みというか……。
……そうだ、拡大解釈を極限化したようなスキルがあったではないか。
いやギフトか。
俺のスキル『至高の担い手』果てにしたものの潜在能力を限界以上まで引き出せる。
それをもってすればモモコさんの応用性D(超ニガテ)なスキルをトンチめいた方法で覚醒させることも可能だろう。
しかし俺は触れてない……。
いや、まさかジュニアが!?
俺の実子であるジュニアには、我がギフトが遺伝という形で伝わっている!
あの子のギフト『究極の担い手』がモモコさんのスキルに影響をもたらしたのか!
「ぶらっしゅあっぷ」
「やーん、この子ったらすごいことできるじゃない! 将来いい男になるわよ!」
モモコさんがジュニアのことを抱きかかえると、早速プラティがガチの腹パンかまして我が子を奪い返していた。
これにてモモコさんはS級冒険者としてより完璧に仕上がることができた。
ギルド本部へも大手を振って凱旋できることだろう。