1243 22位の苗字
ノーライフキングの森さん。
って言うと森蘭丸か森喜朗の親戚かと思ってしまうんだが。
しかし違う。
この迷いの森そのものがノーライフキングだったのだ!!
いやあ、三十年ほど動かずにいたらキノコが生えてくるなんて思いもしませんでした。
という声でも聞こえてきそう。
……じゃあ、樹海型という極めて特異なダンジョン形態も……?
『ノーライフキングという怪異が下地にあってのことです。本来樹海というものは気が滞りがちな環境にありますが、それでもダンジョンが出来上がるほどの滞留は生みません』
先生が解説を入れてくださる。
『それに森林にはそれ自体に浄化作用がありますからな。大地の悪い気を根から吸い上げ、幹の管で濾しとりながら、葉より蒸散させる。そのメカニズムのお陰でエルフたちも森をもっとも優良な住処としているのです』
だからますます森林がダンジョン化しようはずもない。
この迷いの森は、森林という自然物でありながら、同時に朽ち果てた超越者でもあり、また同時にダンジョンという異界でもあった。
『森さんの在り方は、ある意味でノーライフキングの究極系ともいえますな。不死化しながらも人の形から脱しきれないモノたちはワシを含めて数多おる。しかし真の永遠を望むのであれば、人の器は小さすぎると言わざるを得ぬ』
猫博士みたいな例もあるしなあ。
やはりノーライフキングとは、人知を遥かに超えた存在ということか。
『さて、着きましたようですな』
先生が言う通り、たしかにその場所は毛色が違っていた。
半径十メートルほどの範囲に鬱蒼とした木々は茂っておらず、ただ背の低い芝生が覆っている。
その中心に一本だけ樹木が伸びていて、その幹に一つ大きなウロがあった。
ウロの奥から青い光が灯っている。
幻想的かつ神秘的な光景だった。
「きれいー」
「けいしょーちー」
そうだな子どもたち。
こんな余所では見れない光景を見ることができて、これぞ観光地に来たかいがあるというものだな!!
「観光地じゃないですけど! 危険なダンジョンですけれど!!」
しかしこのいかにも特別と言わんばかりの静謐な空間。
まさか……ここが迷いの森の中心?
『この異界に中心などありません。弱点になりますからな。この空間は、森さんが我らを迎えるために作り出した……いわば客間というべき場所』
応接室ってこと?
青い光を漏らす木が、愉快そうに光を揺らめかせる。
『……こうして直に向き合うのは数百年ぶりのことかな、先生』
『いや、初めてではないかな? ワシは聖者様と出会う間では好んで出歩くタチではなかったゆえに』
木がシャベッタァアアアアアアアアアッッ!?
これがノーライフキングの森さん!?
不死者であり森林である超越者。
話しぶりは穏やかで、友好的な印象がある。
先生も好意的だし敵に回るような相手ではないと思うけれど。
『森さんは時折見かける残虐低俗なノーライフキングとは違います。自然の成り行きを好み、あるがままを受け入れるモノです』
『植物などと融合したがゆえかな。動物に由来する欲や本能が薄くなってしまったのだ。とりあえずなすがままにしていれば、何とかなるだろうという』
『アナタ以外のノーライフキングは、死から解き放たれながらもくだらぬ支配欲や優越感に振り回されるというのに、真に完成されたノーライフキングとはアナタのことを指すのでしょうな』
『そんなことはない』
青い光が自嘲気に揺らめく。
『人としての肉体が朽ち、森と融合したことで私の在り方は植物に近いものとなった。だからこそ私は「ただ生きているだけでいい」「そこにあればよい」という緩やかなる生存本能に支配されることなった。死を超越しようとした初志も忘れてな』
初志?
『多くのノーライフキングは、知識の先にある究極の真理を求めて死を超える。寿命という枷に繋がれた生者では絶対にたどり着くことはできぬからだ。時間という壁に生きとし生けるモノはただただ無力』
『しかしアナタは不死者として生を断ちながら、植物と融合し再び生ある存在に戻った』
『そう、それがいけなかった。植物と同化し「ただ生きていればいい」存在となった私はもう探求心を持ちえない。ノーライフキングにとって積み上げる知識とするべき時間は、ただ単に経過するだけのものとなった。私にとって進化とは、ただ生い茂り広がるだけのものとなり、積み重ねた知識を土台に練磨するモノでなくなった』
それはまさに動物よりも遥かに純化させた単調単純なる生存本能。
『ゆえに博士も、私を三賢に加えなかったのであろうな。私の存在は、ノーライフキングの在り方そのものを侮辱するようなものだ』
『しかしアナタはあくなき生存本能で、他のあらゆるノーライフキングを凌駕するでしょうに。博士も最年長のノーライフキングらしく、もっと広い視野を持てばよいでしょうに』
『動物は、長く在るほどに頭が固くなるものさ』
うーん、ノーライフキング同士の頂点会話。
俺たち人間には踏み入ることもできない
……なあ、モモコさん?
「……あッ、ハイ、そうっすね……!!」
完璧に話についていけてない人のリアクションだった。
『……冒険者ギルドからの使者か。この者らも私から見ればただの経過よ』
「はい、しゃっす……!」
モモコさんせめて理解する努力をして。
脊髄反射で応答しないで。
しかし今の口ぶり……。
まるでモモコさんがここに来ることをあらかじめ了承していたような?
冒険者ギルドは、この危険ダンジョンに重大な変化がないか定期的にチェックする。
その役目はS級冒険者が請け負うのが通例だという。
『それは表向きのことよ』
木のウロで青い光が揺らめく。
『もう五百年は前から私と冒険者ギルドは不可侵の関係にある。私はただ経過するだけの存在であるがゆえに人里を襲うことはない。どこぞの雑虐なドラゴンやノーライフキングと違ってな』
数百年前の冒険者ギルドは、長い時間をかけてこの迷いの森の正体を見抜き、交渉可能な相手だと判断して、実際に交渉を行った。
そこへ至るまでどれだけの艱難辛苦があったか想像もつかない。
きっと最初は、普通のダンジョンと変わらないつもりで乗り込んだのだろう。
主でありダンジョンそのものでもある森さんが自由に構造を変えることのできる迷いの森は、冒険者にとって絶望の口であったろうに。
度重なる攻略失敗の果てに、違和感を積み重ねてようやくこの森が他のダンジョンとは違うと結論付ける。
その末に、誰か英雄的な冒険者が森の中枢へとたどり着いて森さん本体への謁見を果たす。
そこからやっと両者の不可侵関係が成り立っていく。
“迷いの森”という明らかなる人類への脅威を、冒険者ギルドは除くことができたんだ。
結果だけを見て軽く考えてはいけない。ここに至るまでにどれだけの苦労と奇跡があったか。
俺たちが目の前にしているのは紛れもない人類の偉業なんだ。
『五百年前の冒険者ギルドマスターは言った。己どもの最高なる使い手……S級冒険者。その席に新たにつく者をそのたび送り込むゆえ、私の手で鍛えてやってくれ、と』
「え?」
その発言に困惑を隠せないモモコさん。
つまり『迷いの森を調査せよ!』というのは表向きのお題目で、その実は新しいS級冒険者のための通過儀礼。
『冒険者にとって必要不可欠なるものが、この森では学べるらしい。S級冒険者としてそれらの究極が備わっているかどうかを、この森で確かめてみよ、とのことだ』
冒険者にもっとも必要なもの。
それはきっとどんな状況でも生き抜ける能力だろうな。
危機察知能力やサバイバル術。たしかにそれらの能力は、この魔性の森で遺憾なく真価を発揮できそうだ。
最初に森へ踏み込んだ時、凄まじいほどに感じた視線の正体はノーライフキングの森さん。
迷いの森自体が、彼自身なのだ。
森の中にいて彼の視線から逃れることはできない。
『冒険者については門外漢じゃが、それでもサバイバル術がもっとも発揮されるのは森の中と思っていい。四方八方が生命に満ち溢れた樹海は、利用できるものが多いゆえ』
『それに加え、樹海の主にしてそのものである私から四六時中監視され続けるのだ。その気になればいつでも攻撃することができる。一日中気を抜けぬぞ』
絵に描いたような極限状況。
この困難を切り抜けることがS級冒険者に課せられた最終試験ということか。
「……わかったわ」
モモコさんが不敵に笑った。
「そういうことなら迷いの森で一年でも十年でも生き抜いてやるわ! どんな試練でもどんと来いよ!!」
『いや、そんなに長く居座られても困るんだが』
植物の生き方を手に入れたノーライフキングであっても、一年十年はそれなりに長いらしい。






