1242 生けるダンジョン
「なんて恐ろしいダンジョンなの! 入ることすらままならないなんて!」
ホントにな。
入り口付近で『回れ右して帰れ』なんて言うダンジョンが実在するとは。
どうしたらいいんだこれ?
絶対これで全部出したってわけじゃないだろう。
どうしたら先に進めるの?
何かアイテムとか必要なのかな?
アレか? ある程度ストーリーを進めるまで侵入不可能なシステム!?
「こうなったら……やるしかなさそうね」
モモコさんが何かを決意したようでヤバい。
この子の決断なんて絶対ロクなものではない。
「誰かが言ってたわ、道は切り拓くものだって。ここでもその摂理は生きる。道がないなら切り拓けばいいのよ!」
やっぱりロクなものでなかった!
その心は!?
「どうせ道を閉ざしているのは木々なんだから、そんなの薙ぎ倒して進めばいいのよ! 岩盤とか壁ならともかく、木なんて取り除くのに造作もないわ!」
それはダンジョン探検者じゃなくて破壊者の発想だよ!
落ち着いてモモコさん! きっとこの謎にも解き明かせる答えがあるんだよ! インディ教授だってそうやって扉を開けてきただろう!?
ん!? どうしたプラティ!?
「……風上はあっちか……」
風向きを調べているの何!?
火なの!? 火計なの!? 東南の風を呼んでいるの!?
森ごと焼き尽くそうとしている!?
ウチの女性たちは丸ごとぶっ潰そうという気概が怖いぜ。
「りせっとわーるどー」
「くろれきしがくるぞー」
こらッ、ジュニアとノリト!
あんな大人を見ちゃいけません! 教育上大変よろしくない!!
どうしたものかと考えあぐねていたら……。
『賑やかなことになっておりますのう』
ここぞという時に救世主になりえる御方が登場してくれた!
ノーライフキングの先生!
何故こちらへ!?
『元々こちらで合流する予定でしたが、間違えてマヨネーズの森に行ってしまい手間取りましたわい』
先生も青梅トラップに引っかかっていた!?
なるほどですが先生は何故こちらへ?
もしや俺たちのことを心配して来てくださったのですか?
『それもありますが、こちらにいる既知とも改めて面と向かい合いたいと思いましてのう。こういう用でもなければ老体はなかなか動けませんからのう』
そう言いながら先生はフットワーク軽めかと存じますが。
そんな俺たちを尻目に先生はスイスイと歩み進んでいく。
「せんせいがおさきにー」
「さきにいきる、とかいて、せんせー」
その後を子どもらが追いかけていく。
なんで?
まあ普通に子どもたちから慕われている先生だからな。
子どもらが走れば親も走らざるを得ない。それが真理。
待ってくれ我が子らよー!
「ああッ!? ちょっと待って! お弁当の後片付けが終わってないんだけど!」
プラティは三男ショウタロウを抱えながらだからレジャーシートをたたむのも一苦労だ。
慌てて手伝って、広げた弁当箱もしっかり重ねてまとめてから後追いダッシュ。
「あぁああああッッ! ちょっと私を置いていかないでよッ!」
となると必然的にモモコさんだけ取り残される形になって、それが嫌なのでモモコさんも追う。
結果先生に引きつられるような形で全員進むことになった。
* * *
そして問題の、迷いの森内部Uターン地点へと到達。
ここでどうしようもなく先に進めないんだよな。
これが本物のRPGなら絶対何かしらのイベントアイテムが必要な局面。
見晴らしの玉とか火炎瓶とか。
しかしそれらもなしに先生はどうやって道を切り拓こうというのか?
『森よ森よ、旧知が訪ねてまいったぞ。語り合う気があるなら道を開けてくれい』
そんな先生の呼びかけに森が応えるように……目の前の木々が左右に分かれて道を開けた。
……んッ?
異世界だからとスルーしそうになったが、それはいけない不注意だ。
木がひとりでに動いた!?
どうして!?
植物ってひとりでに動かないものではないの!?
「まあ、迷いの森なんだし、木ぐらい緞帳のように動くんじゃない?」
「ねー」
異世界に慣れ切った人たちのコメント!
ダメです感覚を慣らされてしまっては!
『この森の木々は、主の意思で自在に動かすことが可能なのです。あくまでダンジョンという異空間ですからな。構造そのものをいじることは他のダンジョンでもやっていることです』
なるほど、木に脚がついてヒョコヒョコ歩いているってことじゃないんですね。
「するってーと、迷いの森ってリアルタイムで構造を変えることができるってこと!?」
「自動生成ダンジョンの上位版じゃん! そんなの侵入者を迷わせようと思ったら迷わせ放題だわ!」
たしかに常に構造が変わり続けるなら例の『左手を壁につけていればいずれゴールにたどり着く』法則も通じないからな。
最初からクリアさせる気のないダンジョンと考えればいい。
『構造の操作は他のダンジョンでもできますが、ここまで柔軟かつ迅速な操作は自迷いの森でしかできません。樹海というナマモノを扱う強みとでも言いますかな』
なるほど……他に類のない系統のダンジョンだからこそ、常識から外れるような特徴を備えてるってことだな。
……。
でも、ここまでの先生の口ぶりからすると……。
「先生、もしかして……!」
俺は踏み込むように尋ねた。
「このダンジョンにもいるってことですか? その先生やヴィールのようなダンジョン主が?」
っていうかさっき文脈の中で普通に主の単語が出たよね?
数あるダンジョンの中でもごくまれにある主ありダンジョン。
主を持つダンジョンの難易度は、それ以外とは桁が違う。
それは主自身の強大さからくるものでもあるし、主が管理するダンジョンの効率的な侵入者潰しにもよる。
この迷いの森なんかまさにその典型に思えるな。
主がしっかり統率することによって侵入者潰しに最特化したダンジョン。
『いる……というか、いないといますか』
なんか先生の答えが歯切れ悪いな。
『この森で主とされるのはノーライフキングです。ワシとほぼ同世代で千年ほど前から存在しています』
先生と同じって、それかなり強力なんじゃないですか?
ノーライフキングは死者の王。
大抵が高名な魔術師や神官が、さらなる魔道の研究を進めるために尽きない寿命を手に入れようとアンデッド化したもの。
だから生きてる時間だけ研究と研鑽を続けているとすれば、より長生きなノーライフキングこそより強い理屈になる。
『しかしこの森に住むノーライフキングは、かなり初期の頃に教会の手のモノから襲撃を受けましての。何とか返り討ちにしたところ、自分自身も大ダメージを負い身動きが取れなくなったそうです』
やっぱりノーライフキングも低レベルのうちは色々危ないんだなあ。
倒すんなら駆け出しのうちに倒すに限るぜ。
『マナの濃密なダンジョンにでもこもればすぐさま回復できたのでしょうが、駆け出しゆえに自分のダンジョンすら持っていない。仕方なく外で、軽微のマナを吸い集めながら時間をかけて回復を図ろうとしました。せめて簡単に見つかるまいと木々深い森の中に身を隠して』
……ん?
『それからそのノーライフキングは長い長い時間をかけて欠けた体を修復し、減ったマナを補填しようとしました。しかしそんな彼に予想だにしない変化が襲った。……深い森、草木の貪欲なる生命力はノーライフキングの予想すら上回ったのです』
最初に、動かぬノーライフキングの体表を苔が覆ったという。
苔はもっとも原始的な植物と言われると同時に菌や藻類のようにも振る舞う。
根を張ることもせず岩石にすら侵食し、大地の焦黒を緑で塗りつぶしていく。
次に生えたのがキノコ。
苔と同様、菌類と呼ぶこともできる原始的な生命。
それらが数えきれないほどの死と再生を繰り返していき、いつしかノーライフキングの身体も植物の根が張るほどに耕されていった。
腐土に覆われ、少しずつ原型をなくしていき、不死の王を苗床として多くの食物が芽吹き、枯れてはまた芽吹きを繰り返し、いつしか不死王と植物の区別もつかなくなっていった。
結果的に肉体の楔から脱した不死王は範囲にも囚われることなく拡大していき、ついには大森林となって周辺を制圧するようになって言った。
……それが今、人間たちが迷いの森と呼んでいるものの正体?
『そう、この森自体が我らが同類、我らが同胞……。ノーライフキングの森、そのものなのです』
凄いことを聞いてしまった。






