1241 迷いの森
かくして……。
俺たちは今度こそ目的地、真なる迷いの森へ到着した。
「やっと着いた……!」
「ここまで本当に大変だった……!」
ここに着くまでに案の定、よく似た名前の別場所にたどり着くこと二回。
実に無駄な時間と体力を消耗してしまった。
現地どころか、到着するまでにもこんなに迷わせるなんて……。
やはり“迷いの森”の名は伊達じゃないな、と思った。
「ついたついたー」
「おわりのはじまりー」
そして子どもらは全然元気そうだった。
こちとら大人が全然精魂尽き果てているというのに、子どもの体力は無限だ。
「あちこち行ったり来たりですっかり時間経っちゃったわねー。やっと区切りがついたんだし、遅めのお昼にしましょうか」
とプラティ。
森の手前でランチバッグを広げだす。
この人もまあ大概元気だ。
子どもたちを制するために、お母さんも強いのだろうか?
「いやでも……ダンジョンを目の前にしてお弁当タイムってのもどうなの? ピクニックなんてものじゃないわよ?」
モモコさんがあえてのツッコミを入れると、プラティ応えて。
「森の中に入って食べるより断然マシでしょう?」
「た、たしかに……!?」
モモコさんがそう認めてしまえるほどに、まだ手前から眺めている段階で既に、森の雰囲気は異様だった。
妖気というか、瘴気というか。
とにかく人間が見て本能的に『怪しい』と思うものをあの森は特濃で垂れ流している。
これまでのモドキ森とはかけ離れて本物だった。
これならいちいち確認を取るまでもない。
ここが、冒険者ギルドをして警戒させる上級ダンジョン、迷いの森だ!!
「……いよいよ本番というわけね、腕が鳴るわ」
モモコさんもやっと相対するべき存在が目の前に現れて、やる気が上がってきた模様。
「見てなさい、こんなダンジョンスパッとクリアしてS級の資格をゲットして見せるから! その子たちがお弁当を食べ終わるより前に迷いの森を制覇してやるわ!!」
「もう、はんぶんたべたー」
「早い!?」
子どもの食欲を舐めたらあきませんぜ。
下手な宣言をしたせいで追い詰められたモモコさんは慌てて森の中へ突入した。
偵察なしの性急な突入。
もしかしなくても拙くないか?
「ぐおおおおおおおおッッ! マキで行くぜぇえええええええッッ!!」
「デザートたべるー」
「ホントにはえぇええええええッッ!!」
そうしてモモコさんが連なる木々の向こうに消えて、はや十秒。
「ねえダンナ様? 追いかけて援護してあげなくていいの?」
うーん。
そりゃあ助けられれば助けるのが最善なんだろうが。
今回はモモコさんがS級冒険者となるために成長を促すクエストでもあるからなあ。
下手に助力してしまうと試練の難易度を下げ、彼女の成長の機会を奪ってしまうことになりかねない。
それにこの場には俺の可愛い息子たちがいることだし!
余所様よりも我が子を守ることを優先したいし!
「たべおわったー、しょくごのうんどー」
「木の幹に、カブトムシいないかさがすー」
立ち食い蕎麦屋のサラリーマンより手早く食事を済ませた子どもらが、もう興味を別のものに移して活動開始していた。
うーんカブトムシは夜中か早朝を狙わないと……。
というか夏場にしないと……今冬だし……。
「つかまえたー」
うおおおおおおおおッッ!? それは!?
カブトムシっつーかカブトムシ型のモンスター、ヤクシカブトムシ!?
ダメです、そんな厄介なものウチでは飼えません、自然に還してきなさい!
「ぶーぶー」
「もりへお還りー」
やっぱりここはダンジョンだった。
モンスターが普通に生息している。
こんな場所でモモコさん、果たして困難を糧に成長できるのだろうか?
「うおおおおおおおおッッ! でりゃあああああああああッッ!!」
と思ったら、なんだか野太い叫び声が近づいてきた。
ドップラー効果を伴って。
そしてその猿叫の主が誰なのか、すぐさま判明することなった。
「御首級ちょうだぁああああああああああ……、あれッ?」
あら、モモコさんお帰りなさい。
随分威勢よく入ったところから出てきたが、もうダンジョン制覇したんですか?
「いえ私は、森の中をまっすぐ進んでいたはずだったけれど? それなのに入り口から出てきた? 一体どうなっているの?」
それは私たちが聞きたいところなのですが……。
まあ森なんていたるところに木や草が生えていてまっすぐ進めないのが当たり前体操。
さすれば真っ直ぐ歩いているつもりで、グネグネ折れ曲がってまったく自覚していない方向へ進むこともよくある話だが、それでも入ったところから出てくるというのはあり得なさすぎでは?
進行方向一八〇度変わっとるやんけ。
「ううむ……やはり注意深く進まなきゃいけないようね?」
注意深く進んでなかったんかい。
それくらいは失敗から学ばずにいてくれよ。
「よぅし! 今度は左右に充分注意して進むわよ! 太陽の位置ヨシ! 北極星ヨシ! 体内磁石ヨシ! では突撃ぃいいいいいいッッ!」
またしても全力疾走で森に入るモモコさん。
学びが見られない。
そしてすぐさま……。
「おりゃんだああああああああッッ! あれッ?」
お帰りなさいまし。
またすぐ出てきた。
自動販売機に入れたお札ぐらい速やかに出てくるやん。
「どうしてッ!? これが迷いの森!? 侵入者を迷わせ決して逃がさない!?」
いや、逃がさないならモモコさんがヌルッと出てくるのはおかしいんだけどね。
「やはりギルドが恐れるダンジョンなだけはあるわね。おそらくは侵入者の方向感覚が狂わされているんじゃないかしら」
プラティが知的に推論を述べる。
こう見えてもウチの嫁さん高学歴なんで。
「樹海の中では、特殊な磁場が発生して生き物の方向感覚を狂わせると聞いたことがあるわ。この迷いの森では、そうした基本作用が極限化されてるのかもしれないわね」
ふーむ、なるほど。
「もしくは、そこの子がただアホで方向音痴という説もあるけれど」
そっちの方がありえそうなのが悲しい。
一体どちらかなのか証明する、一番手っ取り早い手段がある。
俺が迷いの森に入ることだ。
俺がちゃんと内部を進むことができれば、即入即出の原因がモモコさんの知能にあったことが証明される。
「ちょっとそれどういう意味よ!」
というわけで虎穴に入らずんば虎子を得ず。
迷いの森in聖者!!
……ほん。
森の中に入った途端、この上ない異界感に晒された。
空気の違和感が尋常じゃない。
湿度が高いというか……巨獣の鼻息を直に浴びているような湿り気と生々しさは、先生のダンジョンと通じるところがあった。
それだけじゃない。
森の中に入った途端、凄まじいレベルの視線を感じる。
それだけの人数から見られているの? というか。
なんだろう、この森にある木の葉一枚一枚に目がついているんじゃないかと言うほど、四方八方それ以上から無数の視線が突き刺さる。
気の弱い子なら視線にさらされすぎて失禁するんじゃないだろうか?
こんな無限視線にさらされてモモコちゃんはよくメンタルダメージ負わなかったな、と感心する。
元々心の強さには定評のある子だったが……。
しかしこのまま進み続ければどうなるんだ?
俺はそれほどメン強の自信はないので邪聖剣ドライシュバルツをかまえて恐る恐る進んでいく。
森の中には簡素な獣道のようなものがあって、まあ木々が密集していく中を進むのも難儀だから獣道をたどるしかないんだけど。
……おッ、左に曲がり角だ。
左に曲がって、さらに先に進むと……。
また左に曲がっている。
そこをさらに進んだら……森を出た。
「あッ、旦那様が出てきたわ」
「ぱぱ、おかえりー」
……。
単にUターンしてるだけじゃねえかッッ!?
何なのこの簡素っぷりッ!?
ここまで侵入者を拒絶するっぷりが徹底したダンジョンある!?
入った途端にUターンさせるとか!
恐るべし迷いの森!?






