1240 迷わせの森
到着、迷いの森。
改めて迷いの森と言うと、どこか耳慣れた響きであり、どこにでもありそうな名前だ。
RPGのダンジョンで必ず一度は出てきそうな名前。
そのあまりにもオーソドックスな場所が今、俺たちの目の前に広がっている。
「まーよいのもりもりー」
「きてみろりん」
我が子たちもダンジョンの気配に高揚しているようだ。
「ねえ……改めてだけど大丈夫なの?」
とモモコさんから尋ねられる。
何がだい?
「だって、迷いの森ってギルドが警戒するぐらい危険なダンジョンなんでしょう? そんな場所に子どもを連れてくるなんて迂闊だと思わないの!?」
モモコさん、我が子たちを心配してくれるのか?
なんて心根の優しい娘さんだ……、その優しさに俺は感謝を表したい。
しかし危険云々については大丈夫!
親である俺たちが全力で守るから! 子どもの危険を排除する時こそ生物の真の能力が発揮される時なり!!
「いや……そういう決意はわかるんだけど、実際モンスターが襲ってきたらどうにもならないって言ってる傍からきたぁああああああああッッ!?」
おおう。
モモコさんの叫びにつられてみてみると、森からトカゲが一頭飛び出してきた。
しかも巨大。
トカゲと言うより、コモドオオトカゲモドキと言った方が伝わりやすいモンスターだな。
「ええい、心配した傍から! ここは私が防ぐから聖者さんたちは子どもらを!」
聖剣スラッシュ!
「ええええッ!?」
俺の聖剣から放たれた月牙天衝的なものが一瞬にしてオオトカゲを真っ二つにした。
守るための戦いとはいえ無益な折衝をしてしまった。南無。
「私が動くまでもなく危機が去ったッッ!?」
仕留めて安心したのもつかの間、すぐに新たなオオトカゲが森から出走してきた。
新手だ。
しかも複数いる。
やはりモンスターとして性状邪悪なのか、俺たち人間を認めて牙を剥きながらバタバタかけてくる。
その様はエリマキトカゲが爆走するかのようだ。
しかしヤツらは、仲間を倒した俺を恐れたのか、俺のいる方向を避けて突進してくる。
「プラティ、そっち行ったよー」
「あいあいー」
しかし残念だったな、お前たちが向かう先は俺以上の地獄の一丁目だ。
プラティが投げつける爆裂魔法薬によってオオトカゲどもは地雷原でタップダンスを踊るかのように吹き飛ばされていった。
「えええええええ……!?」
凄いでしょうウチの奥さん?
プラティは魔女だから、大抵のモンスターは自作の魔法薬で吹っ飛ばすこともできれば焼き尽くすこともできる。
さらにプラティには実母さんから直々に伝授された聖唱魔法もあって、それを使えばドラゴンやノーライフキングとも渡り合えるシロモノだ。
だからプラティと正面から戦って勝てるヤツは、世界中でも数えるほどしかいないだろう、多分。
さらに……。
「だんくーこーがけんー」
「けいじんぐぷりずなー」
ジュニアとノリともそれ御ぞれ覚えたての必殺技で、僅かに討ち漏らしたオオトカゲを一気に掃討していた。
トカゲたちはすっかり戦意を失って逃走していたというのに。
殺意高いなウチの子ら。
まあモンスターなど逃がしたら次に誰に襲い掛かるかわからないから、子どもたちが逃がしても俺たちが逃がさなかっただろうが。
「……なんなの? この一家?」
聖者一家ですが、なにか?
さあ、これで俺たちに危険がないとわかったところで気遣いなく迷いの森を攻略しよう!
モモコさんの活躍を傍から拝見させてもらうよ!!
「やりにくい! 明らかに私より強いだろうって人たちに見守られながら戦うって! これもS級冒険者になるための修行ってこと!?」
そうそう、やっぱり全冒険者のトップとなれば注目を浴びるからね、視線には慣れておかなければ。
「さあ、突入するわよ迷いの森ぃーーッッ!!」
と森の中へと疾走していくモモコさん。
「ダンジョンとかそういうの抜きに、あんな迂闊に森の中を駆け回っていいものかしら?」
たしかに秒で遭難しそう。
プラティの冷静な意見に俺も同意した。
* * *
しかし俺たちの心配も杞憂となるほどにモモコさんの働きぶりは凄まじかった。
「迷いの森がなんぼじゃあああああああーーッ!!」
森に入るなり聖剣から閃光をぶっ放して、周辺にいるモンスターを薙ぎ倒す。
悪鬼羅刹かのごとき戦いぶりで、これを見せるのは子どもたちにはまだ早いかと思ってしまうほどだったR指定。
そのうち、森の奥から一層巨大なオオトカゲが出てきて、モモコさんのことをエサと認識したのか飛び掛かってきた。
しかしそれは大きな誤認だ。
むしろモモコさんにとってこそヤツの方が経験値という大きなエサ……。
「聖剣一刀両断!!」
聖剣から放たれる閃光に飲み込まれて巨大オオトカゲ(重複)は塵となりながら光の中に消えていった。
やったー! クエスト完了だー!!
「みっしょんいんぽっしぶるー」
「うちゅーのこころはかれだったんですねー」
子どもたちもヒーローしょーのヒーローに送るかのような純然たる称賛を送った。
……しかしながら当のモモコさんはなんだか浮かないご様子。
どうした。
「おかしいわ、軽すぎる」
と言いますと?
「ギルドが要注意を出すようなダンジョンが、こんなに簡単に制圧できるものなの? 私から見てもあまりに手ごたえがなさ過ぎたわ。こんなのせいぜい二つ星ダンジョンよ」
彼女ほどの実力者が言うなら……。
だとしたらどういうことだ?
迷いの森はまだまだ本気じゃない……真の力を隠し持っているというのか?
あと二回変身を残しているのか?
「……あんれまあ、こんな辺鄙なところにお客さんかえぇ?」
俺たちが困惑していると、そこへ通行人がやってきた。
計ったようにいいところへ。
こんなところに人が住んでいるものだなあ、とその点にも驚いたがとにかく現地の人なら有益な情報を持っているだろうと尋ねる。
「あのッ……ここって迷いの森で合ってますよね?」
とりあえず確認のつもりで聞いてみたが……。
「いいえ、ここは迷わせの森ですよ?」
……。
はい?
ここは、迷いの森で合ってるんですよね?
「いんやー、迷わせの森ですー。よくいるよ間違える人がー」
え?
……えッ!?
「迷いの森はもうずっと先に行ったところにあるでよー。名前が似てるから間違えるんだよなー。大体最初に来る人は必ずひっかかるべよー」
そんなトラップあるの!?
「それ以外にもこの辺には迷う森、迷える森、彷徨いの森、戸惑いの森、迷わない森、真宵の森、『まあ、よいの?』森、マヨネーズの森とか色々あるでのー。一発で行きたいところに行くのは至難の業だわい。お客さんたちもどこに行きたいのか知らねえが、注意深く行くんだよぉ、ホッホッホッホ……」
と言って通行人さんは去っていった。
……。
そんなところから迷わせにくるの!?
青梅と青海トラップみたいなものじゃん!
入る前からこんな凶悪なトラップを敷いてくるとは……。
恐るべし、迷いの森!!






