123 神饌
『よっし! 行きますぞ!』
ノーライフキングの先生が気合いを入れている。
ちょっと生気漲りすぎじゃないですかね死者の王?
根本的に死体ですよねアナタ?
自己の存在意義を忘れないでくれますか?
「ホント召神の儀になると元気溌剌な死体よね?」
プラティも、その矛盾存在に困惑しているようだ。
「召神は、先生が何百年かぶりに持った趣味らしいからなあ。楽しいことを覚えたら元気が戻ってくるんだろう……」
ただ、それで召喚される神の身にもなってみれって話だが。
さすがに世界最凶の一人である先生も、そこは弁えているのか本当にただの趣味で神様を召喚することはない。
だからこうして口実を貰えると心底嬉しいのだ、あの死者は。
「だからそんなに畏まらなくてもいいよ魔王さん?」
「そうはいうが……、ノーライフキングであるあの方をことあるごとに煩わせるのは……!」
真面目な魔王さんが恐縮していた。
「え? 何? 何やるの?」
「先生がやってきて……、またお祭りですか?」
と、農場の住人達も野次馬根性で集まってくる。
「お前らはまだ見たことなかったよな。……まあ、見とれよ。とんでもないことが起こるから」
パッファ辺りが先輩風を吹かせているが……。
「やだパッファさんたら脅かしてー!」
「あのノーライフキングと普通に会話してる時点でありえないのに、これ以上どんな珍事が起こるってのよー?」
「そうよ、私なんてまだ先生が怖くて慣れないのにー」
比較的新参のエルフやサテュロス組が、斜に構えて気楽にしていた。
しかし彼女らはすぐ知ることになる。
この世には『想像を超える事態』というものがまだあるのだと。
『呼んだ?』
先生、召神の儀を成功させて、冥神ハデスが現れた。
相変わらず豊かな髭を蓄えた、威厳ある姿だった。
「「「「「ぎゃわわわわわわーーーーーーーーーーッッ!?」」」」」
大抵の連中がビビって逃げていった。
だがけっして神に対して失礼とは思わないでほしい。
一般人が神のプレッシャーを直接受けたら大概こうなる。
「我らが魔族の神ハデス様、久方ぶりにお目見えします」
その中でもさすが魔王さんは胆力あるし慣れてるしで、挨拶の言葉にもまったく震えがない。
アスタレスさん、グラシャラさんの魔王妃二人を引き連れ跪く。
『おお、今生の魔王か。珍しくもたびたび目に入りおる』
「一魔族の分際で、神への謁見を一度ならず賜る栄誉。歓喜すると共に恐縮しております。しかしこのたび、是非ともご報告いたしたく……」
『ゼウスの眷族どもを滅ぼしたことか』
「ご存じで?」
『余は神である。しかもこの地上を司る、な。だのに地上のことを何も知らぬわけがあるまい。特に版図が塗り替わるほどの重大事は』
「恐れ入ります」
魔王さんはさらに深々こうべを垂れた。
「なれば補足を。正確に滅ぼしたのは人族でなく人族の国です。人間国の王は、最後にはまこと王者らしき振る舞いによってみずからの王朝に終止符を打ちました」
『どうでもいいことだ』
「事ここに至っては、これ以上無駄な血を流す必要もなく、人族もまた魔国の、ひいては地上の住人として共に治めていきたく思います」
魔王さんはこの決意を。
「改めて神前にて誓い立てたく、謁見に臨んだ次第」
『律儀なヤツじゃ。しかし、煩わしきゼウスの眷族どもを討ち果たし、久方ぶりに地上の全権能を手中にした魔王は、うぬが最初』
冥神ハデスは満足を込めて言う。
『今日より「歴代最高の魔王」と名乗ることを許す』
「身に余る光栄です」
魔王さんは丁寧に応対した。
「あー……、じゃあ、難しい話はここまで! ということで……!」
二人の間に割って入る俺。
彼らの武骨な空気が農場全体に広まると、こっちの身がもたない。
「今回はめでたい話題ということで、神様にお供えを用意してみました」
『うぬ?』
三回目の召神にして初の供物です。
「何を今さら」とか言わないで。発想するにも場数を重ねる必要があるんだ。
『ほう、これは殊勝なことじゃ。何を余に捧げるという?』
「たけのこご飯にございます」
俺は、お盆に乗せたホッカホカのご飯を冥神ハデスに献上した。
山ダンジョンの春エリアで育成している竹林。
そこで採れるタケノコを混ぜ込み、炊いたご飯がこれ。
春らしい料理って何? と逡巡した結果、取り立てタケノコで炊いたご飯が春っぽいなあ、と感じた。
そこで試しに作ったものを、まず神様に召しあがっていただく。
悪くない考えだろう。
『ほう、この地の神への捧げ物。それ相応のものであるだろうの?』
……。
やっぱ悪いかもしれない。
もっと絢爛豪華な料理の方が。
『……この、二本の小棒を使って食すのじゃな?』
神様、意外と箸を使いこなす。
いやその前に、待って!
やっぱり豪華なフルコースをご用意いたします!!
……と、俺が止めようとした時にはもう遅し。
神は茶碗いっぱいのたけのこご飯を平らげてしまっていた。
『…………』
ハデス神は、箸と空の茶碗を置き、一言。
『これより、たけのこご飯を、神の食物と定める』
「ちょっと!?」
なんかいきなり認定されたけど!?
「あの……、さすがにそれは……! 俺たちの貴重な春の名物……!」
『案ずるでない。神の食物に認定したからと言って、神だけがそれを食べられるようにしたのではない。そんな偏屈なマネをするのはゼウスのみよ』
はあ……!?
『余がたけのこご飯を神の食物と認定したのは、讃えるため。以後は地上あらゆるものは神と共にたけのこご飯を食する幸福を分ち合うものなり。育む大地への感謝を忘れずたけのこご飯するがよい』
なんか最大級の賞賛貰った。
本当にいいんでしょうか? 割と簡単に作れる方だよ、たけのこご飯?
『我が妻デメテルセポネにも食わせてやりたいので是非おみやに包んでほしい』
あ、ハイ。
ご所望とあれば。
「食事が済んだら喉が渇くでしょうから、こちらをどうぞ~」
と言ってガラ・ルファがビールを差し出した。
「あ、待って……」
さすがにそれは俺の予定にもない。
しかしハデス神はエルフ謹製大ジョッキになみなみ注がれたビールを受け取り、ごくごく飲み干した。
『……これよりビールを神の酒と定める』
「ちょっとッッ!?」
こうして徒に神の食べ物が増えていくのだった。
* * *
ちなみに、神によって讃えられたたけのこご飯は、食すと体力魔力が全回復するようになる。
同じく神の酒と認定されたビールは飲むだけで毒やら麻痺やら石化やらが解除されるようになった。