1234 モモコのS級冒険者めぐり:青春編
俺です。
聖者です。
ある晴れた冬の日、農場国で過ごす人々の様子見でも通ってサカモトを走らせたら、現地で勇者モモコさんと出遭った。
出遭った。
ちょっとこの界隈でエンカウントするはずのないモンスターと遭遇した気分。
聞くところによると冒険者でもっともランクの高いS級になるために、現S級冒険者であるところのコーリーくんを訪問しに来たらしい。
そうと聞いてはお節介を焼きたくなる主人公体質の俺です。
親切心二千パーセントでコーリーくんの下へ連れて行ってあげたところ、彼の方へ話が通ってなかったらしく必然的に不審者認定されてしまう。
『これはいかん』と思った主人公体質の俺。
やはりお節介を焼いてサカモトを駆け飛ばし、首都におられるシルバーウルフさんを担いで農場国へとんぼ返り。
何とか無事誤解が解けたと思いきや……。
* * *
「奥義! S級冒険者拳!!」
コーリーくんの放つ拳が大樹の幹を砕き、メキメキとへし折った。
その様を呆然と見詰める俺とシルバーウルフさんとモモコさん。
各々、思い思いに複雑な表情を浮かべている。
「どうですか!? これがオレが開拓地で培った力です!」
一人コーリーくんだけが溌溂な表情で振り返った。
「シルバーウルフさんがオレを開拓地へ送ってくれたのは、これだけの実力を身に着けられると確信していたからなんですね! さすがはオレたちのシルバーウルフさん!!」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやッ!?」
シルバーウルフさん、猛スピードで首を振る。
犬が濡れた時に水気を飛ばすぐらいの速さだった。
「私は……開拓チームを率いることで人員をまとめること、リーダーとしての心得などを実地で学んで、人として一皮むけてほしいと願っていたんだが?」
こんな直接的にレベルアップするなんて想定してねーよ、と言わんばかりのシルバーウルフさんの驚愕だった。
「聖者様!? これもアナタの下で過ごしたお陰ですか!? 何が、何があったらここまで無茶なパワーアップが実現するんです!? ちゃんと論理だてて説明してください! この地に有望株の若手冒険者十ダースぐらい送り込みますんで!!」
ギルドマスターとして興奮するのは仕方がない。
でも待って。
ここはあくまで農場国予定地の開拓エリアで、人材養成所ではないんですが。
まあ、この土地では日々の健康状態をよくするために先生考案の体操を日課にして、さらにヴィールのヤツがドラゴンエキスを消費しようと毎日の食事に少しずつ混ぜていますからね。
そのおかげで常人より僅かに地力が上がっているんでしょう。
「そんなこと聞いてませんでしたが!? そんな百倍成長メニューがあるなら私だって参加したかったですよ!!」
今だ冒険者時代の本能がうずくシルバーウルフさんだった。
ん-、でもこれは最初から計画していたことじゃなくてあくまで先生たちの善意だからなあ。
ノーライフキングの先生が考案した体操には、息胎法が組み込まれていて呼吸するたび心身が強化されるけど、それはあくまで健康を願ってのことだから。
ヴィールにとっては私欲だ。ドラゴンエキスを一刻も早く使い切りたいだけだ。
しかしそれが人類にとって最凶のドーピング剤であるからな。
「……S級冒険者になるにはアレぐらいにならないといけないわけ?」
モモコさんの絶望の声が上がった。
「あんなのもうS級じゃないわよ。Z級よ! コーリーくんはこれからZ級冒険者を名乗った方がいいわよ!!」
Z級冒険者。
言い得て妙だなと思ってしまった。
「モモコくん、もちろんこちらもこのレベルまで求めてはいないので安心してほしい。キミのS級昇格動議はまだまだ継続中だ」
安心させるようにシルバーウルフさんが言った。
じゃあ、こっちのコーリーくんはどうなるんですかね。
ここまでワンパクに育ててしまった我々農場側が言うのもなんですが。
「そちらは後日改めて話し合うとして……」
問題を棚上げした。
「モモコくんは引き続き現役S級冒険者を回って、信頼と経験を積んでくれたまえ。随分と進捗したのではないか? カトウくんとピンクトントンのところは既にパスしたと当人たちから連絡があったし、ここではコーリーくんと会っただろう?」
だったら大分進んだことになるかな?
現状S級冒険者は五人なので、三人済ませれば半分は越したってことか。
「残る二人……ゴールデンバットはまだギルド本部でふんぞり返っているから、もう一人のムルシェラを先にしておくのがいいだろうな」
「そうね、あのクソコーモリは最後と決めているからね。……それで、そのムラムラとかいうS級冒険者はいずこにいるの?」
ムルシェラさんね。
悪意のある聞き間違いはやめようね。
「うむ……それが、キミから見て四人目のS級冒険者ムルシェラだが、現在杳として行方が知れないのだ」
「何ですって!? 行方不明!?」
「彼女もS級に抜擢されたからにはそう簡単にどうにかなるとも思えないのだが……。とにかく見つけられなければ審査もできない。どのように処理するかを改めて考えないとな」
「ムムム、所在すら明らかにならないS級冒険者ってことね。ミステリアスで存在感があるじゃない……」
そんなミステリアスなS級冒険者ムルシェラですが……。
「おぉーいコーリー、晩御飯はキミの好きなほねっ子ライス……」
「いたぁあああーーーーーーッッ!!」
ニョキッと出てきたムルシェラさんに最初に気づいたのがシルバーウルフさんだった。
モモコさんの方は『へ? 誰が? あれ?』と戸惑いのご様子。
まあ彼女は初対面なんだろうから仕方ないか。
「ムルシェラぁあああああッッ! なんでここにいる!? ギルドに連絡も入れずに!!」
「ギルドマスターッ!? しまったもう嗅ぎつけやがったか! オオカミだけに!」
違いますよ。
シルバーウルフさんがやってきたんぼはまったく別件でまったくの偶然。
しかしムルシェラさんの口ぶりには確信犯的な匂いが漂っている。
「S級冒険者たるものがギルドに連絡を入れずふらついているとは何事だ! 緊急クエスト等の対処のためにもS級冒険者は常に所在を明らかにしておかないといけない! それをなあ……!」
「ゴールデンバット様は昔からギルドに連絡一つしなかったではないですか?」
「その通りだ! くっそーッ!!」
あえなく論破されるシルバーウルフさん。
「聖者様! アナタもムルシェラがここにいるなら知らせてくれてもよかったでしょうに!」
あ、やっぱ知らせた方がよかったですか?
そう思いつつも日々の用事が引きも切らずに後回しになってしまったこともまた事実……。
要するに面倒くさかったのです。
「まあいい、元より冒険者の活動は当人の自己判断自己責任……。それは等級に関わりないこと。S級冒険者であるキミも所在がわかったのなら、それ以上の文句はない」
「はあ……」
「だが全冒険者の頂点であるS級である以上は、称号に似合った働きをしてほしい。今もギルド本部には高ランククエストが積み上げられてるので、ムルシェラにはすぐ本部に戻って、それらの対処に当たってほしいのだが」
「嫌です」
「なんで!?」
シルバーウルフさんも悲鳴を上げたくなる。
「私だって何の考えもなしにこの土地に留まっているわけではありません。私は私で、重要なクエストを自分自身に課している状態です。それをやり遂げるまでは本部どころか、どこにも移る気はありません」
「そ、そうなのか……!?」
ムルシェラさんの剣幕にシルバーウルフさんも気圧される。
「キミほどの冒険者が、そこまでの気概をもって臨むということなら相当困難なクエストなのだろう。して、一体どのようなクエストを……?」
「コーリーを連れ戻すことです」
「えー?」
呆れないで、彼女は本気なんです。
そもそもこの農場国にムルシェラが襲来してきたのも、ここにいるコーリーくんが目当てのようだったから。
当初は力づくで連れ帰ろうとしていたけど、それが無理とわかると現地に残ってコーリーくんの回りをウロチョロしている。
具体的に何をしているのかと窺えば、コーリーくんの食事を作ったり着替えの洗濯をしたりと身の回りの世話をしているようだ。
何故? と俺などは彼女の行動に疑問符が付くのだが、その一方でプラティとかゾス・サイラとかベレナとか、たまに遊びに来るアスタレスさんとかパッファに言わせると。
――『涙ぐましい努力! そっとしておいてあげて!!』
と言うので俺もなかなか口出しできない。
……面倒臭いわけじゃないよ、ホントだよ!
しかしながら俺より幾分勘のいいシルバーウルフさん。
ドックフードと思って食べたらキャットフードだった、というような顔をして……。
「つまりキミは……コーリーくんのことを……その、す……?」
「それ以上は言わないでください! いくらギルドマスターでも怒りますよ!」
「そう言われましてもッ!」
何とも可哀想なシルバーウルフさん。
ここでも苦労人の性が覗かせている。
「そうよ! 女の子の望みを奪い去ることなんてダメよ!!」
そこへさらにしゃしゃり出てくる何か。
勇者モモコさんであった。
「女の子が一世一代の覚悟で恋を掴もうとしてるんだから、応援してあげるべきでしょう!! 私こういうお話大好き! 私でよければ最大限応援するわ!!」
「あのッ! できればもっと言葉を濁していただけないかと!!」
恋する女性の一番の味方は女性……。
居合わせたモモコさんの奮闘ぶりで、見事その場を押し切ることができたムルシェラさん。
まだまだここ農場国から去る日は遠くなりそうだった。