1230 モモコのS級冒険者めぐり:夫婦編
勇者モモコ改め、S級冒険者を目指せし者モモコ!
そのためにも試練をすべて制覇するわ!
「すまんなモモコくん。あれやこれやで、こんなややこしいことになってしまって」
申し訳なさそうにシルバーウルフさんが言うけれど、いいえ大丈夫。
心配してくださってありがとうございます。
私だってここまで数多くの修羅場をくぐり抜けてきた女。
この程度の困難なんて平気へっちゃら。
あのバカコーモリが仕掛けてきた試練も難なく突破して見せるわ!
シルバーウルフさんが寄せてくれた期待には必ず応えて見せますんで、宇宙戦艦に乗ったつもりで安心してください!!
「あ、うん。じゃあ私は定時なのでここで上がらせていただくよ」
あッ。
意外にアッサリなんですね?
「家で妻と子どもが待ってるからなー。早く帰って子どもをお風呂に入れてあげないと……そんじゃッ!」
シュタッと帰ってしまわれた。
そういえばシルバーウルフさんも最近子どもが生まれたんだっけ。本当に賑やかな世の中だわ。
そして私はそんな世の中で今日も一人……。
何なのよいいでしょうまったく!!
こうなったらさっさと全S級冒険者からオッケーを貰って、私もS級に昇格してやるわ!!
さて……するってと、どこから回ろうかしらね?
S級冒険者全員でしょう?
あのムカつくコーモリ野郎はラスボスとして、他の四人をどう回っていくか。
攻略順もクリアには必須の重要項目よね。
さて、私がもっとも安全かつ確実かつ効率的にS級冒険者になるには……。
* * *
私が最初に訪れたのは、カトウさんのところ。
S級冒険者ブラウン・カトウさん。
彼は五人いるS級冒険者の中でも唯一獣人ではない。
私と同じ異世界からやってきた召喚者。
その関係で、私も冒険者になりたての頃はカトウさんから指導を受けて、たくさんお世話になった。
今、カトウさんは父親になって育児のために冒険者活動を休止している。
それでもS級冒険者であるという事実は事実、私は彼から審査を受けて『新たなS級に相応しい』という認可を貰わないといけない。
カトウさんとは面識があるし、それに下積み時代にお世話になったという事実から一番とっつきやすい相手ではあるのよね。
それが最初の訪問先に選んだ根拠でもあるけど……。
大丈夫よね?
カトウさんは気さくで優しいから、きっとあのバカコウモリのような意地悪もせずスンナリ合格を出してくれるに違いないわ。
そう思ってカトウさんを訪ねてみた。
カトウさんは穏やかな表情で私を迎えてくれた。
「やあモモコさん、よく来てくれた」
「モモコさんがウチに遊びに来てくださるなんて嬉しいわね、うふふふふふ……」
カトウさん宅へ伺うと、そこにはもう一人のS級冒険者ピンクトントンさんもいた。
そういやそうよね。
カトウさんが育休しているのは、ピンクトントンが生んだ子どもを一緒に育てているからで、つまり二人は夫婦。
同じ屋根の下で暮らしているのも当然のこと。
「いやぁー、その節はモモコさんに相当な迷惑をかけたよねえ。いつか改めてお詫びしたいと思っていたんだよ」
ああ、あの時のことね。
ピンクトントンさんが自分の子を身ごもったと知って……なんとこの腰抜け、逃げやがったのよね。
それで関係者総出で捕まえたんだけど、その関係者の一人に私がいたのもいい思い出だわ。
……はぁ。
「そ、その節は多大なご迷惑を……!!」
いいんですよ。
今はちゃんと父親やれているようですし。
男っていうのは、いざとなると意気地がなくなるって聞きましたけどS級冒険者までそうなっちゃうとは呆れたわ。
最後まで意気地がないままなら私がぶん殴っちゃおうかと思ったけれど、まあギリギリ持ち直したからよしとしようかしら。
「大丈夫ですよ、ケンさんは結婚してからとっても親身に私たちのことを見てくれるの。まさか自分が休業してまで育児に協力してくれるなんて……!」
「キミとマイサンのためなら当然だよ、ハニー」
「嬉しいわダーリン」
ごふッッ!?
二人から甘やかなるオーラが……!?
この二人ってこんなにアツアツだったの!?
デキちゃった婚からのこんな蜜愛夫婦になるとは……!?
出された緑茶がゲロ甘いわ、まさか砂糖でも入れた?
入れてませんよね?
「あッ、マイサンは今昼寝中なんだ。挨拶させてやれずに悪いね」
「もう二~三時間もしたら起き出すから、よければ一緒に遊んでやってくれます。人見知りせずにとっても可愛い子なんですよ」
ええ、あの何と言うか……!?
おかまいなく……!?
この二人が、こんなゲロ甘夫婦になるなんて。
ピンクトントンさんも現役時代はS級冒険者きっての肉体派という存在で、女性でありながら筋骨隆々、吉田沙○里もかくやみたいな立派な風貌だったんだけど。
奥様になって子どもを生んでからはすっかり雰囲気が変わって、落ち着いた。
服装も大人びていてハイソなマダムだし、全身から発する柔らかさと自信に満ちた雰囲気を発している。
たくましい体格もむしろ母親の威厳に感じてしまうわ。
きっと自分が愛されているという意識があるのよね。それが彼女の美しさを磨き上げているに違いないわ。
「さて……、キミが来てくれた用件はもう窺ってるよ。シルバーウルフさんが使いを出してくれたからね」
えッ、あの人そんなことしてたの?
別にわざわざ動かなくても用件ぐらい、私が直接伝えればいいことでしょうに。
「S級昇格はギルド公式の案件だからね。しっかりと形式を取りたいんだろう。彼は無頼の冒険者だけどその辺とてもしっかりしているからギルドマスターに選ばれたんだと思う」
そうよね……。
こっちの世界は、そういうのとてもアバウトだから気にしなくなってたけど、本当はとても大切なことだものね。
逆に私たちが元居た世界では、公私の別とか当たり前だったけれどそれでも皆がキッチリ弁えられることはなかった。
それを思えばシルバーウルフさんはとてもしっかりしているんでしょうね。
「キミがS級冒険者だなんてね。出会った頃は簡単な詐欺にも引っかかるような世間知らずの女の子だったのに、いつの間にかこんなに立派になって……。僕も歳をとるわけだな……」
カトウさん、親戚のおじさんみたいになってますよ。
まあカトウさんはおじさんだけでなく父親で一家の大黒柱にもなってしますし、充分成長してますって。
「今の冒険者ギルドの状況には僕たちも責任を感じている。本当なら新人二名を加えて、新たにS級五人体制でやっていってギルド全体の安定化を図るところだったろうに……」
そうねえ、旧メンバーの中でも特に問題のあるゴールデンバットを同じく古参であるカトウさんとピンクトントンさんがしっかり抑え込んでおけば、新人さんが慣れる間もしっかり回していけるという算段だったんでしょうけれど。
よりにもよってゴールデンバットが最後まで残って、新人の成長を待たなければいけないのが今の状況ですもんね。
でも二人が休業しているのはやむを得ない事情があるからで、そこまで気に病むことでは……。
それに、お子さんが生まれてからそろそろ一年でしょう?
もうすぐしたらお二人とも職場復帰できるんじゃ?
「それがね……どうにも物事は計算通りに行きづらいというか……!?」
「授かり物ですから人の都合じゃどうにもならないわ……」
あッ。
この二人、客人の前身の関わらず熱い視線を交えだした。
そしてその言動。
二人目か? 二人目がピンクトントンさんのお腹の中に? 早くも?
つまり、この二人の復帰はさらに伸びるってことね。
「そういうわけだから、是非ともキミにはS級になってゴールデンバットの抑え役に回ってほしい」
「一度会ったことがあるけど、コーリーくんやムルシェラさんじゃまだまだ荷が重そうですもんねえ」
「特にムルシェラさんはゴールデンバットの信奉者だからねえ」
S級冒険者に昇格してしてほしいことが私にとっては甚だ不本意なんですが。
しかし、お二人がそれだけ気にしているということは、私のS級昇格にも前向きだということ!
さすればこの段は、特に何もなしで合格になっちゃう!?
顔パス!?
「じゃあモモコさん、手合わせと行こうか」
世の中そこまで甘くなかった。
「キミにS級として頑張ってほしいのは本音だけど。それでも中途半端な実力の人をS級の世界に送り込んじゃいけないのも僕らの責任なんだ。だから実証してほしい。キミが頂点称号に相応しいと」






