1228 勇者、S級冒険者になる
私は勇者モモコ。
……いや、もう勇者じゃないのか?
私を召喚した旧人間国が崩壊して久しいし、今じゃ勇者を必要とするような大きな戦いも起こっていない。
もはや勇者が果たす役割もこの世界にはなく、あとはもうみずからの求めるように自分の生き方を決めていけばいっか……と思って漫然と過ごす日々がチョイチョイあった末……。
私はある日、ギルドマスターに呼ばれた。
* * *
「頼む、S級冒険者になってほしい」
呼び出された傍から両手をテーブルについて頭下げられた。
何いきなり?
対面に座っているのはギルドマスターのシルバーウルフさん。
その人が一ギルドメンバーに過ぎない冒険者の私に頭を下げるの?
しかもシルバーウルフさんは、元S級冒険者でもあり地位経歴ともに最強のものを持つ人。
そんな人がこうも簡単に頭を下げるなんて……。
今まで出会ってきた人と比較すると、ちょっと考えられない、困惑するという思いがあるわね。
私も当然恐れおののいて……!
「あのッ、いきなりそんなスライディング土下座的なものをかまされても困ります! わけを……せめてこう至るに至った経緯をまとめてくださらないと……!」
「そうだった、わけもわからず土下座かまされてもドン引きさせるだけだったな。すまん、私としたことが状況に追い詰められてわけもわからず……」
ううん、ウソね。
元S級冒険者として数えきれない修羅場をくぐってきたシルバーウルフさんが、こんな執務室で起こる出来事に慌てて度を失うことなんてないわ。
言うじゃない『事件は会議室で起きるんじゃない、現場で起きるんだ』って。
「ここ最近、冒険者ギルドでは大きな悩みの種があってな……」
悩みの種?
「慢性的なS級冒険者不足だな。とはいっても端を発しているのは私の引退からなんだが……!」
シルバーウルフさんも元はS級冒険者だものね。
そういえばシルバーウルフさんの奥さんもS級冒険者とかで、同じタイミングで引退したから。
同時に二つも穴が空いたら、そりゃ大変でしょうけれど……。
「当初五人いたS級冒険者のうち、私と妻のブラックキャットが引退表明して三人になった。そのご補充のために昇格試験を行うも、合格判定を受けたのはたったの一人。新体制は一人減らしての四人でスタートすることになった」
へー、S級に昇格する試験があったんだ。
そんなの私が受けたら絶対合格するんだろうにな。
……ん?
なんで私、受験しなかったの?
「S級冒険者はギルドのシンボル的存在。ゆえに何かしら重要な局面では欠かすことができない。集団攻略クエストでは指揮官なり引率役なりをこなすことになるし、大きな式典ではS級冒険者は出席するかどうかでグレードもかなり変わる。そうしたことを加味してもやはりS級冒険者は、最低五人は欲しいところだ」
欲を言えば七人ほしい……とシルバーウルフさんはぼやく。
そういうもん?
「しかし、ただでさえ欠員状態のS級冒険者にさらなるトラブルが見舞った! 例のあの集団妊娠出産騒動だ!!」
ああ、あの……。
なんか一時期、やたら周囲の人がオメデタだったのよね。
知り合いの成人女性の半分以上がご懐妊だったと思う。
既婚女性じゃないわよ、成人女性よ。
もちろんそれがきっかけで結婚に至った人たちもたくさんいた。
そんな中で当の私は……何もなかった。
勇者で可憐な私には、特に、何もなかった!!
何よ、悪いッッ!?
「そんなブームの中でS級冒険者の一人であったピンクトントンもめでたく懐妊。しかも相手は同じくS級冒険者であるブラウン・カトウくんときた。それが思わぬ影響を及ぼしてな……」
産休ってこと?
そりゃ、妊娠出産は大事なんだからピンクトントンさんを冒険者家業に駆り出すわけにはいかないでしょ。
何考えてんの?
まあ、それでただでさえ数の少なくなったS級冒険者からさらに欠員が出たってことか……。
「ピンクトントン本人はまだわかるんだが、夫になったカトウくんまで何故か冒険者活動も休止して……。“イクキュウ”とかなんとか言ってわけわからん!」
何言ってるんですか!?
子育ては女性一人だけでやるもんじゃないですよ! ダンナさんだって率先して協力しないと!
そのためにも育休が必要なんです!
育休に理解を示さないなんて、冒険者業界遅れてますよ!!
「ええぇ……!? ここでも私が責められるのか? そんなに普通なのかイクキュウって……!?」
しかしシルバーウルフさんの置かれる状況にも一定の理解が示せるわ。
要するに四人体制で、ただでさえ人の減ったS級冒険者からさらに二人、産休育休で脱落していったってことでしょう?
脱落でいいのかしら? この場合?
残りはたったの……二人。
「そのあと何とか見込みのある者を見つけ出して特例措置で即刻S級冒険者に昇格させた。それで三人! しかし内二人はまだまだ昇格したてで『成長に期待』とする面が大きい」
つまりほぼ全滅状態ってことじゃない。
頼れるのは最後まで残った初期メンバーのうちの一人ってこと?
「それがそういうわけでもない……何せ最後に残ったのは、あのゴールデンバットだから……」
……。
ああ。
あの人か……。
まったく面識なくても、冒険者なら誰もがそのフリーダムっぷりを伝え聞くという。
「アイツは自分が気に入らなければギルド命令も平気でブッチするしなぁ……。何なら一時期ギルド脱退していたこともあったし、まともに協力してくれる気皆無というか……!!」
ダメじゃん。
全滅じゃん。
そんな状態の冒険者ギルドを回していたのシルバーウルフさん。
大変すぎて……なんだか同情すると同時に尊敬もした。
「というわけで! 現在冒険者ギルドは早急なトップ体制の刷新が必要とされているんだ! せめて表向きの頭数だけでも元の五人に戻したい! そこで!!」
はいッ!?
シルバーウルフさんの狼の眼光が私に注がれる。
「モモコくん、キミにS級冒険者の称号を受けてもらいたい!!」
やっぱりそういうことになるのね!
そりゃー、わざわざ呼び出されて延々話を聞かされてたら、そういう流れになるのもわかるわ!
え? 一番最初に用件切り出されてたって?
そうだったかした? 私三つ前の用件から件からガンガン忘れていってしまうから!
「それって鳥頭ってことなんじゃ……!?」
ああッ、シルバーウルフさんのこちらを見る視線が冷たいわ!
やめて、そんなことでS級昇格を考え直さないで!
「ぬう、しかしこうなっている現状アホでも多少は大目に見ておかないと! 頼む、キミは勇者としてこの国に召喚され、戦争中も目覚ましい活躍をしていたとか! 冒険者に転向してからも数多くの難関ダンジョンを攻略し、実力と名声は充分S級に足ると思っている!!」
ええ~? うふふふふふふふ?
そこまでおだてられたら、やぶさかじゃないかなーって?
知ってる?
『やぶさかじゃない』ってのは『努力を惜しまない』『喜んでする』ってことで、今じゃ『~じゃない』をつけて打ち消しながら使われることがほとんどの言葉なのよ?
う~ん、でも待って?
おだてに乗る意志100パーセントだったけれど、思い返してみると腑に落ちないことがいくつかあるのよね。
私をS級に招き入れたいんなら、もっと早くできるものではないの?
私だって冒険者になってから日も長いんだし、実績もガンガン上げてきたんだから。
それらをずっと無視して、今更になって『S級になってください』はちっと虫がよすぎるんじゃないかしら?
「何を言う? 私たちの要請をずっと無視してきたのはキミの方じゃないか?」
えッ?
「我々冒険者ギルドは、それこそ私がマスター就任する前からキミの実力に注目していた。S級昇格の動議も出ていたと先代マスターから聞いている」
そうなのッ?
じゃあ私どうしてS級になれなかったの!?
はッ? もしやこれが社内政治ってヤツ!?
「フツーにキミが断ったからだが?」
あれーッ!?
そうだっけ!? 全然覚えてないわ!
「先日の昇格試験も不参加の返答が来たし。特別に打診まで送ったっていうのに。『もっと重要なことがあるので昇格なんかにかまっていられない』と返事されて……」
そうだったわ!
あの当時の私は『聖者の農場』を探し当てることに全身全霊を注いで、他のことなんてまるでアウトオブ眼中に入ってなかったわ!
うう……今思い返すととんでもなく失礼なことしてたわよね?
あの、怒ってます?
「冒険者の無礼失礼は今に始まったことじゃない。元からアウトローの集まりだからな。そんなことにいちいち目くじらを立てていたらギルド職員は務まらん」
あッ、ありがとうございます……?
「そういった経緯で、これ以上キミが断るのをわかっていて面倒をかけるわけにもいかないと今まで打診を控えていたんだが、こちらもいよいよ切羽詰まってきてな。キミも事情があるだろうが、押して頼む! S級冒険者の称号を受けてはくれないだろうか!?」
そんな風に額をテーブルにこすりつけて頼んでくる。
シルバーウルフさんは犬顔なのでどうしても額より鼻先がテーブルにつくけれど。
そうね、私はもう聖者の農場を見つけたし、他にかまうこともないんだからS級冒険者になったっていいわ。
よしわかった!
この勇者モモコ、S級冒険者になるお話受けます!!






