1219 愛の東西線
私はロンドメルト街の女性知事。
名はキメリよ。
昨今我が街は地政学的に重要度をめきめきと上げている。
その理由は、我が街からほどほどに離れた場所に築かれようとしている農場国があるから。
あの国はこれからドンドン大きくなる!
という魔王様の宣言で、世界中から注目が集まっているのだわ。
そんな農場国に、もっとも近い位置にあるのが、私が知事を務めている街。
距離はそこそこあるんだけれども、他の街と比べれば……ってところでね。
だからこそ受ける恩恵も既にあって。
現在、建国の土台を絶賛築き上げ中の農場国は各国からの支援を受けており、支援物資が絶えず送られている。
そうなると、支援物資の通り道ができるわけで、我が街が大事な中継地点になるわけ。
だって我が街は、魔国側から見て農場国直近に位置しているから。
物資運搬用の荷駄なり人足なりは、いったん我が街に立ち寄って、休息やら補給やらを行う。
それによる経済効果はどれほどのものとなるか。
正直我が街は戦時特需もかくやというほどに賑わいまくっている。
税収ウッハウハよ。
そういうわけで我が街にとって農場国は神様ゴッドといっても過言ではないくらいに有難い存在であるのだが……。
そんな農場国の代表を務める聖者様が、ある日妙な提案を持ってこられた。
……鉄道?
と言う。
鉄の道? 何だろうそれは?
全身を鋼鉄の鎧で包んだ兵士たちが列をなして進んでくる道ってこと?
物騒。
また戦争でも起こそうというのですか?
違う?
聖者様の一生懸命な説明を聞くところによると、鉄道なるものは運送輸送を劇的に効率化するシロモノなんだそうな。
そう言われても私はいまいちピンとこずに即答できかねた。
だって知事である私の決断に、街の命運が左右されるんだから決断は嫌でも慎重にならざるを得ない。
そうして渋っていたせいか、聖者様が攻め口を変えて、こう耳元で囁いてきた。
――『鉄道が開通したら、アリアロスさんと頻繁に会えるようになりますよ』
と。
ななななななななな、何を言ってるの!?
アリアロス氏は、農場国を挟んで向かい側にある人間国のとある街の長。
魔国の我が街と、人間国のアリアロス氏の街は互いの国で似たような役割を担っていて、そういう意味では深い関係性で繋がっていた。
互いに街を率いる立場にある私とアリアロス氏も同じ役割、同じ悩みを持っていて共感しあえる要素が多いのよ、ただそれだけよ!!
たしかにまあ?
似た立場同士、意見交換は有意義だから気軽に会える状況が整えられれば助かるっちゃ助かるけれど。
……転移魔法?
そんな一握りのエリートだけが許された超絶豪勢手段を、たかが一地方の知事ごときに求められても!
そんなわけでなんだかよくわからないうちに許可して、数日後……。
* * *
鉄道が開通することになったわ。
聖者様が『冬のうちに終わらせるぞー』って張り切っていたのを覚えている。
しかし、本当に冬のうちに全部終わらせてしまうなんて……。
全部? ホントに?
気づいたら街の一角に何やら立派な建物が現れて、看板に『西武ロンドメルト駅』とか書いてあった。
西武って何!?
そして何やら開通セレモニーとか言うのが行われるというので、私も招かれた。
特に深くも考えず参加を表明。
そしたらなんか目の前にロープ? みないなのが横に渡されて、その前に皆が立って『このハサミでロープを切ってください』と言われた。
何の儀式?
というかこのロープ(?)紅白に色がついていて、素材が上質そうな布で、これを断ち切るの?
もったいなさそうでしたくないんですが。
それにこのカット用のハサミも高級品で、むしろこのまま持って帰りたいんですが? お土産ということで、ダメ?
仕方ないか。
「それでは、次に列車の試乗運転を行いたいと思います。参加される方々は車内に移動ください」
えッ? それ私も参加するの?
公務の予定もあるんだけれど?
「大丈夫です、農場駅を経由して人間国側の終点サンチョウメ駅までの所要時間を四時間を予定しています。途中、農場駅での休憩を一時間取る予定で計五時間となります」
五時間!?
アリアロス氏の住むサンチョウメの街まで、早馬を飛ばしても五日はかかるというのに!?
単位間違えてない!?
戸惑いながらも案内された先に列車とやらがあったわ。
何この巨大な……何?
何とも形容しがたい大きな物体に、私もいい例えが浮かばずに困惑よ。
強いて言うなら……王侯が乗るような豪華な馬車を何台も繋いだような?
しかし馬車なら先頭に馬が繋がっているはずなんだれども、この列車なるものにはどこにもない。
これでどうやって走っていくというの?
一応車輪はついているようだけど、獣に引かれずにひとりでに動く荷車なんて聞いたことがないんだけれど。
『御安心を、皆さまの迅速にて快適な旅は、この私が確約いたします』
ヒィッ!?
誰? 誰が今喋った
『私は異世界鉄道車両第二号ベータ。粗暴な一号機とは違い皆様の安全第一を念頭にお送りさせていただきます』
これは……まさかこの巨大な車両の先端が喋っている!?
自立稼働型ゴーレム!?
理論的にもまだ実現は可能かどうか議論されている最中だと聞いたのに!?
『それが農場国驚異の技術力ということです。それでは試乗運転ということで、我が車両の説明をさせていただきます』
あッ、はい……?
車両みずから車両の説明をされる……?
「この私、異世界鉄道車両第二号ベータは、最高速度三〇〇km/時で走行し、皆さまを農場駅及びサンチョウメ駅へとお送りする計画となっております。所要時間は農場駅までが約二時間、サンチョウメ駅までさらに二時間をかける予定です」
なんだかよくわからないけれど、魔国の一庶民にすぎない私の想像を絶する速度で世界が縮められるということ?
この時点でもう農場国というか聖者様の巻き起こす奇跡に脱帽という感じなんだけど……。
そんな私の満腹感にもおかまいなしにこの自律型ゴーレムは喋り倒す。
『そんな私の後方には、計十両の貨物車両が連結しております。こちらに物資等を詰め込み農場国へと運ぶ手筈となっており、貨物車両は一台で標準的な馬車の五台分の搭載量を確保できる設計となっております』
五台分!?
しかもそれが十!?
待ってちょうだい私の耳がおかしくなったのかしら?
そんなの途方もない物量を……前述の途方ない速度で運べるってこと?
どれだけの効率化になるのよ、まったく想像が及ばないわ。
この鉄道が実用化されれば、どれほどの対費用効果が世界全体に押し寄せるのよッ!?
『さらに今回は、VIPの皆様をお運びするために客室車両も連結しております。こちらは二両になります。ご安心ください、私の牽引力はたかが二両増えた程度では少しも怯みません。定刻通りに皆様を目的地へお運びいたします』
まあ、私たちのために特別な施設を用意してくださったのね。
『もちろん大切なお客様を貨物室で運ぶような無礼なマネは致しません。客室車両は、農場のエルフ族が最高級の調度でもってしつらえた最高のおもてなし空間となっております。ポーエル作の最上級シャンデリアに、マエルガが丹精込めて張りつめた革製シート。一点の曇りもないガラス張りの窓から見える風景をお楽しみにください』
は、はい……!?
聞くからになんか凄そうな……それって本来魔王様が受けるような待遇なのでは?
『ご安心ください。この異世界鉄道車両第二号ベータにかかれば、たとえ光速で走行しようとご搭乗の皆様への不快度はまったくないと保証いたしましょう。車内のシャンデリアが揺れることもなく、急発進急停車も私の辞書にはありません! 快適な旅を、私からご提供させていただきます!!』
「おーい次郎、そろそろ発車時刻だぞー」
『だからベータと呼んでいただけませんか!?』
私は促されるままに客室へと入って……。
本当に豪華だわ。
私の庁舎の執務室より数倍豪華なんだけども?
こんなものを気軽に作ってしまえる豪胆さ。
それが農場にいる聖者様の御力なのね……。
『というわけで見通しよし、準備よし、出発進行。ドアが閉まります、ご注意ください』
「ダァシエリイェス」
最後に変なこと言ってた人、誰?