121 ケーキなるもの
サテュロス族の参加で、我が農場にもついにミルクが供給されるようになった。
牛乳とは言わない。
正確には違うので。
そして、ミルクにまつわる乳製品も同時に手に入るようになったということで……。
可能性がまた一つ、我が前に扉を開いた。
洋菓子。
洋菓子である。
大事なことだから二回言った。
ケーキ、クッキー、シュークリーム、パイ、タルト、チョコレート、アイスクリーム。
こうして例を並べるだけでも口の中が甘ったるくなる。
今回は、そうした洋菓子作りに挑戦したいと思う。
とかく洋菓子は大体小麦粉と卵とバターを使う。
偏見じゃないと思う。
だからその三つが揃わない限り、洋菓子作りには踏み切れない。
小麦粉と卵は比較的初期に手に入るようになったが、バターというか乳製品は、結局一年目には手に入らず仕舞いだった。
それがサテュロスたちによってもたらされるようになったからには、踏み出さない理由がない。
泡だて器! ボウル! ふるい! 器具一式もエルフたちに協力して作成してある!
そしてあっつあつのオーブンだって屋敷を建てた時に用意済みだ!
すべてが揃っていて、足りないものはない!
今こそ天下取りの時! 違う! ケーキ作りの時!!
ケーキは本能寺にあり!!
はい、洋菓子作り第一弾はケーキ作りにしてみました。
定番だからね。
レシピは、前の世界にいた頃にうろ覚えしているものの、菓子作りにもっとも重要なのは各材料の分量をしっかり守ること。
目分量とかナッシング。
いついかなる時もグラム単位で正確に。
しかしこのファンタジー異世界に計量器の類などあるわけない。
これでは菓子作りは頓挫? と思いきや、俺には毎度おなじみ『至高の担い手』がある。
この手の力に任せれば、絶妙の分量をニュアンスで導き出してくれる寸法だ。
俺の知らないレシピの細かい部分も『至高の担い手』が流れで補ってくれるだろう。
頭で考えず、手が勝手に動くのに任せれば『至高の担い手』が自然と一番美味しいケーキの作り方をチョイスしてくれるのだ!
超便利!!
そんな軽い感じでケーキ作りスタート!
まずは生地を作るぜ。
ボウルの中に卵やら砂糖やらをぶち込んで掻き混ぜるぜ。
……。
砂糖の量多くない?
『至高の担い手』に任せて手癖のみでやってるけど、砂糖多くない?
適量?
我が手から返ってくる手応えで、そう納得した。
掻き混ぜるのは、我が手で。
もちろん泡だて器は使うが、電動なんてハイカラなものはウチには置いてない。
だって異世界だもの。
異世界で電動なんて邪道中の邪道!
日頃農作業で鍛えた手首のスナップを活かす時が来た!!
というわけで、ボウルの中の卵と砂糖(ちょっと引く量)の混合物を解いていきます。
…………。
……電動泡だて器欲しい。
すみません。ケーキ作り舐めてました。
掻き回すの超しんどいです。もう手首が痛くなってきた。
そう言えば力仕事の農作業も大部分はゴブ吉たちに任せきりになってるしな最近。
……ダメじゃない俺?
農場作りも軌道に乗ってきて、基本的な作業が疎かになってきていたか。
初心に帰らないとダメだな、と思わせてくれるケーキ作りは、かくも崇高な作業だったのか!
……って現実逃避してもダメですよね。
はい、黙って掻き混ぜます。
今度エルフたちやベレナと相談して魔法で動く泡だて器を作ってみよう。
そう、この世界には電動がなくても魔法がある!
魔法ですべてを解決すればいいんだよ! ビバ魔法文明!!
と益体もないことを考えながらでないと、生地を掻き回す単純作業を延々とやってられない。
生地の固まり具合に応じて、ミルクと小麦粉を加えていく。
そしてバターも。
「バター! バター!」
「バターくれるです? うれしーです!」
「ごしゅじんさまー!」
大地の精霊たちがバターの匂いを嗅ぎつけてきた!?
「待ちなさい! 待ちなさいお前たち! このバターは新しい料理の材料に必要なんだよ!」
「バターにまさる、りょーりはないですー」
「いや、バターよりもっと美味しいものが出来上がるから! 大人しく待ってて!」
「ばたーより美味しいもの!?」
「そんなものが世界に存在するです!?」
口を滑らせてしまっただろうか。
それでも元のバターをいくらか振る舞わねばいけなかったけど。
こういう事態を想定して、多めにバターを用意しておいてよかった……。
さ、生地が出来上がったようなので(『至高の担い手』によるニュアンス頼み)型に入れて焼くぜ!
オーブンに叩きこんで焼く。
燃え上がれ窯の薪よ!!
あの日の本能寺のように!!
……。
上手に焼けましたー。
いい具合にパンパンに膨らんでおる。
最初の試みでこれなんだから上出来のさらに上だろう。『至高の担い手』様々だ。
粗熱を取ってから、用意していたホイップクリームを塗りたくる。これもサテュロスたちの賜物。
クリーム塗って形を整えて……、畑で作ったイチゴを適量乗せまして……。
完成!
ケーキの定番イチゴケーキの完成だ!!
うーむ、上手いこと出来た。
では早速試食と行きますか。
どこで食おうか? 屋敷内の自分の部屋でいいかな? とケーキをもって台所を出ると……。
そこにゾンビ軍団がいた。
「ぎゃあああーーすッ!?」
ゾンビ!?
いや違った。
この農場に住む女性陣だった!!
プラティ始め、人魚や魔族やエルフやサテュロスの皆さんが数十人と群れとなって両手をこちらへ伸ばしている!?
その様が、前の世界で見たゾンビ映画をあまりに彷彿とさせるので見間違えてしまった。
いや、彼女らの目の色もゾンビみたいに血走っている!?
なんで!?
「旦那様! 旦那様!!」
ゾンビ女子軍団を代表してプラティが言う。
「何か甘いもの作ったでしょう!? しらばっくれるんじゃないわよ! 台所の外に甘い匂いが充満しているのよ!!」
それに誘われてみんな集まってきたと!?
まさか、女の子たちがゾンビ然としているのは、ケーキを焼いた甘い匂いによって正常な思考を奪い取られたから!?
「聖者様! 一口! その世にも美味しそうなものを是非一口!!」
「私たちのミルクも原料に使われてるんでしょう!? だったら私たちもご相伴する権利があるはず!!」
「バターより美味しいものってそれですかー!?」
「とにかく食わせろーッ!?」
女の子たちがここまで正気を失う力がケーキにあるのか!?
やっぱり世界が違っても、甘いものが女の子を魅了する事実は変わらないのか!?
「その滅茶苦茶甘ったるい匂い! 餅入りぜんざい以来の大フィーバーな予感がビンビンするのよ!! いいから黙って食べさせなさい!!」
『おれにも食わせろーッ!!』
ヴィールがドラゴン形態のまま突入してきて、現場の大混乱は極致を得た。
結局、最初に作ったワンホールで押しかけた全員に行き渡るわけもなく、俺はその日一日中ケーキを焼く羽目になった。
生地を泡だて器で掻き混ぜ掻き混ぜ……。
……。
……手首が壊れる!
腱鞘炎不可避!!