1215 輸送問題
俺の企画したモノ作り講座が、思わぬ展開を見せた。
陶芸教室で、生徒である開拓者さんたちの幾人かが手掛けた作品がパンデモニウム商会に取り上げられたのだ。
いつの間にか講習会に紛れ込んでいたパンデモニウム商会長のシャクスさん。抜け目のなさは相変わらずだ。
そんなシャクスさんが目ざとく商品になりそうなものを選び出して、『魔都で売り出してくるから』などといって持ち出してしまった。
許可は取ったようで取ってないような感じ。
――『聖者様! この一品是非とも吾輩めにお預けください! よろしいですね!?』
――『ええ? あ、はい?』
――『ありがとうございます! それでは吉報をお待ちください!!』
こんな感じ。
あとでプラティから『押しに弱い!』と怒られた。
でもまあ、開拓者さんが概要を習って初めて作った陶器。
そんな簡単に売れるものかなあと思ったら、なんと早速売れたという。
なんでも開拓者の一人で……マーくん? とかいわれてたっけ?
彼の作ったコーヒーカップとかが何とも味わい深い造形らしくて、一部コアなファンが形成されたらしい。
ちょっとアレな値段までついて当人にとっては破格の臨時収入なんだとか。
そういう時、ちゃんと原作者に分け前を気前よく払ってやるのがシャクスさんの大商人たるところだよな。
結果的にマーくんさんが受け取った報酬は一般人が軽く数年遊んで暮らせるぐらいの金額で、それなら本格的に陶芸の世界に踏み込んでもいいんじゃないかな、と思えた。
教師であるエルロンも『これは! 自然の美しさに人の情念がこもった怪作!』とか絶賛(?)していたし、てっきり本格的に器焼くのかと思いきや、そんなこともなく開拓作業を引き続き従事していく模様。
それでいいの? 生活レベル上げるチャンスだけど? と尋ねてみたこともある。
しかし相手は笑って……。
「そんなの、まぐれ当たりに決まってるじゃないですか」
と言い切った。
「オレみたいな素人がちょっとこね回したぐらいでテッペンとれるような簡単な世界じゃないでしょう。戦場でちょっとした成功に舞い上がったヤツが、次も大金星取ろうと敵陣深くに突っ込んであっけなく死んだって話はいくらでもあります。他の業界でも大した違いはない」
マーくんさんは人族側の開拓者で、そういう人たちは大抵冒険者から送り込まれている。
そして冒険者の前は傭兵という経歴がほとんどだ。
マーくんさんもご多分に漏れない感じで、だからこそ幻想が付け入る余地のない現実の厳しさを知っていた。
「今回買ってくれた物好きも、エルフの陶器とは違う趣を珍しがったんでしょう。見飽きればそれまでですから、貰った報酬はゼウス様からの授かりものと思っておくことにしますよ。これからのことを考えると貯蓄は多いに越したことがないですからね」
手堅い。
貯蓄は多い方がいいって、何か人生設定でもあるんだろうか?
「でも、陶器作りは作業の合間に続けていこうと思います。土こねるのも楽しいですし、どのみちコップや皿も生活には欠かせませんしね」
こうしてマーくんが細々と作っていく食器が独特の意匠を引き継ぎ、素朴ながら特徴的な造形が好評を博す。
農場国の数多くある特産品のなったとかならなかったとか……。
というのが判明するのはもっとあとのことになる。
* * *
冬の間、考えるべきことはまだ他にもあった。
農場国はまだ発展途上の土地だ。
いまだ国のていもなしていない、開拓地と呼び方がごっちゃになる時すらある。
そんな場所だからまだまだ外からの援助なしには物事は進まない。
現状維持すらできない。
実際、冬になって生産力が激減した今、他国から食料物資が送られなかったら餓死すらあり得る。
まあ、本当にそんなことになりかけたら農場がどうにかするんだが。
しかし、お題目としては農場国の立ち上げは世界の共同事業なので皆での支援することが重要だ。
現在議題に上っているのは、そんな各国からの支援物資を“どうやって運ぶか”ということ。
世の中、モノを運ぶにも手間がかかる、時間がかかる、お金もかかる。
前の世界でも輸送は経済の要であった。
より効率よく、短期間で、できる限りローコストで物や人を運ぶことができればそれだけで経済効果になる。
せっかく各国からくださる支援ですもの。
俺たちはそれらを最大限活用しなくてはならない。
さてそんな感じで、どういう風に支援物資を農場国(予定、現開拓地)に運び込もうか。
皆で考えてみよう!
「普通に、馬車に乗せるでいいのでは?」
一人が意見を述べる。
まあそこが基底よな。
馬車とは本来、中世のお荷物を運ぶもの。
旅の仲間のベンチスペースになったのは近世以降の話だ。
十九世紀以降に蒸気機関が発明されるまで、馬は輸送運送の最主力であり続けた。
馬がいてくれたおかげで人類の文明は発展できたと言っても過言ではない。
ウマぴょいするだけが馬の価値ではないのだ。
俺たちは日々お馬さんたちに感謝を捧げていかなくては。
この世界でも当然、お馬さんは輸送業の中核を担うコンテンツではある。
何しろ中世ファンタジー異世界なので、文明も中世準拠。すなわち運送の主役はお馬さんだ。
ただもちろんお馬さんにだって一度に運べる物量には限度がある。
一馬力、二馬力……と言うように、一頭の馬が引いて動かせる限度が一馬力だ。
各国からの支援物資を運びきるのに何馬力必要になるだろうか?
お馬さんの数にも限りがあるし、動員するのに費用が掛かる。
ここは異世界転生(転生ではないけれども)ものの利点を活かして、より効率的な運送法を模索していきたいと思うのだよ。
そして手透きになったお馬さんたちには気兼ねなくウマぴょいしてもらいたい!
ということで意見のある者はいるかね!?
「一番望みがありそうなのは……転移魔法かと思われますが」
転移魔法!
それは魔法による瞬間移動!
それはそうよな、一瞬にして移動できる転移魔法なら、輸送距離輸送時間すべてを消し去ることもできる!!
転移魔法による運送業!
それは世界に革命をもたらす程度となるであろう!
「あの……お言葉ですが……」
ん、どうしたベレナ?
そういえばキミは転移魔法の第一人者、専門家からの意見があるならどうぞ!!
「転移魔法はあくまで移動用ですので、自分自身を転移させることに特化した魔法です。おまけ程度で一~二人を連れたって運ぶことも不可能ではないですが、その分けっこうな魔力ロスがかかりますので効率的と言えるかは……」
なるほど。
最大二人分の質量を物資に換算したら段ボール何箱分に……?
「資材運搬だと、それらを遥かに上回る量を運ばないとお話になりませんし、消費魔力を考えたら馬車による運搬の方が安くつくと思います。それに転移魔法を習得するレベルとなると高位魔導士になりますからプライドも……!」
何を言う! 運送業だって立派なお仕事!
むしろ社会でもっとも重要な職種の一つだぞ!
でも魔導士も『モノを運ぶために魔法を習ったんじゃない!』とか言うか……。
むしろ物資だけを効率的に転送する魔法とかないのかな?
「現状では……これからの魔法技術の発展に期待するとしか……!」
うむむむむ……。
魔法による運送革命は難しそうだな。
ではもう少し発想を変えてみよう。
ファンタジー異世界なのだから存在する生命はお馬さんだけにあらず。
馬より速く、さらにたくさんの物量を運ぶことができる生き物とか入るまいか?
たとえばそう……ドラゴンとか!
アイツら体も大きいし、ヴィールとかも過去十数人を一度に空飛んで運んできた実績もあるからそれをシステムとして定着させれば……。
「おれ様にニンゲンどものために働けと?」
ヴィールから鋭く言われて押し黙った。
……そうだな、この世界でのドラゴンは、人間よりも遥かに強大で誇り高い生き物。
そんな存在が人間のために何かするにしても、もっと上からの立場でやるよな……。
魔法もダメ……ドラゴンもダメ。
やはり既存の方法で革新を起こすのは難しいようだ。
それならば、まったく新しいものをこの異世界に持ち込む他あるまい。
俺には異世界から持ち込んできた知識があるからな!
これをもって、運素輸送に革命を巻き起こす方法は……!






