1210 違和感交じりの開幕
「たっだいま~」
『ですぞ~』
んふ?
ヴィールに先生、どうしたんだ二人して急にいなくなって?
お陰で訓練場にホルコスフォンしかいなくなって、皆で延々と納豆食べる羽目に陥ったんだぞ。
危うく痛風になるところだったぜ。
「ん~、すまんなご主人様。ちょっとした虫退治だったのだ」
『併せて網戸の修繕も少々』
?
まあ、それはいいとして。
訓練も大分進んで、彼らも仕上がってきたと思いませんか?
ここ数日延々とラーメン納豆ラーメン納豆と食わされてきた者たちだ、面構えが違う、ってなってきている。
「ふっふっふ、そりゃーおれらが直々に鍛え上げてやったんだから、戦闘力五十三億ってところなのだー」
『合間にワシの授業も含みましたしの』
先生の御助力も大変ありがたかったです。
「ぐっふふふふふふ……! 聖者様……!」
おッ、ダルキッシュさん?
アナタまで訓練に参加していたんですか?
「もちろん、部下たちに任せて安穏としているわけにはいきませんからな。しかしお陰でいい経験ができた。今ならどんな問題も、困難も弾き返せそうですぞ。同じ試練を乗り越えた仲間と共に!」
一体感が現れるのも訓練の賜物だな。
よし、ここまでサマになってきたのだから、そろそろ全面的に任せてみよう。
今年のオークボ城、とりあえず俺たち農場組は一歩後ろに下がって、現地スタッフの働きぶりを見させてもらうとしよう!
* * *
そんな感じで本番を迎えることとなった風雲オークボ城。
今年も多くの参加者が集って大盛況だ。
賑わいは本会場だけでなく、その周囲に立ち並ぶ売店も。
今年はできる限りを現地民の主導で……というコンセプトの下に運営しているが、売店だけはその限りではなく普通に農場関係者が参加している。
主にヴィールのラーメン屋、レタスレートの豆屋、プラティのカレー屋など。
これは主に彼女らの顕示欲というか諸々があって抑えきれなかったという要因が強い。
今日も自分が最高売り上げを叩き出そうと鎬を削っている。
「豆ぇぁあああああああッッ!! 豆ぁいらんかえぇえええええッッ!!」
特にレタスレートは今年から会社を立ち上げたお陰でとりわけやる気が高い。
オークボ城はイベント規模といい格好のアピールポイントなのだから、そこで不参加を言い渡されれば逆上するだろう。
――『売店に参加できないなら、逆に本戦に出て大会蹂躙しまくるわよ! それでもいいの!?』
という実に効果的な脅しに屈して参加許可した。
ヴィールについても同様。これでまた世界のゴンこつスープの濃度が上がるのだろうな。
いい加減そろそろ寸胴に溜まったスープも底を尽きるじゃないかと思うんだが。
プラティも、最強の調合カレーを追い求めて売店でカレーを売りまくる模様。
そんな風に完全なる脱・農場には達していないが、可能な限りダルキッシュさんたちの手で運営が進むようになっている。
これからもオークボ城が長きにわたって存続するために必要なことだった。
本戦開始に先立ちダルキッシュさんが壇上に上がった。
主催者挨拶だ。
「……あーあー、本日はお日柄もよく。領主のダルキッシュだ」
参加者及び観戦者たちの視線もダルキッシュさんへ集まる。
「皆は訝しく思っていることだろう。私はこの地の領主ではあるが、オークボ城の参加者として何度も、何度も駆け回ってきた。しかし今回からそういうことはナシになった」
ダルキッシュさんは語る。
「知る人もいることと思うが、例年オークボ城を主催してくださるのは聖者様であった。しかし聖者様は近年から公の場に姿を現し、みずからが取り仕切る農場国の立ち上げに奔走されている。この状況ではとてもオークボ城にまで手が回らない」
そこで……。
「運営に関して我々地元の者たちが尽力させてもらうことになった。どれだけ元のクオリティを保てるかわからないが、全力で盛り上げたい。それでは……」
ダルキッシュさん、息を大きく吸い込んで……。
「農場国に行きたいかぁあああッッ!!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!
地を鳴らす歓声。
しかしそれはまた別の決め台詞だが?
ともかくこうして地元主催Verオークボ城は始まった。
まずは第一関門、平均台渡り。
もはや恒例となったこのアトラクションは、城塞設備としての堀に掛けられた細い橋……すなわち平均台を渡るのが目的だ。
バランス感覚がもっとも問われる。
しかし、それだけじゃ渡り切れないのもアトラクションとしての面白さ。
ある程度進むとカタパルトで狙い撃ちにされる。
アスレチックイベントにつきものの進行妨害だ。
カタパルトから打ち出されるのは農場製羽毛百パーセントのクッションだからケガの心配はない。
しかし直撃すれば細い平均台から足を踏み外すぐらいの衝撃は食らう。
例年この第一関門で半分近くは脱落するという単純に見えてなかなか難しい。
しかしもう何年も続いているので挑戦者側も慣れたもの。
中には普通に地上を走るのと変わらない速度で駆け抜けていく猛者もいた。
ああいう人たちは難なく第二関門へと進むだろうが、そうは問屋がオロチ丸。
そんな猛者でも万が一があるようにカタパルトが設置されている。
操るのは昨年まで農場のゴブリンたちだったが、今日はダルキッシュさんの部下たちが狙い定めるのだ。
「ここからは一歩も通さない!」
「そうだ、このために辛く苦しい訓練に耐え抜いたのだから!」
そうした担当者たちは、カタパルトからクッションを連射する。
連射?
カタパルトにそんな機能あったっけ?
「ラーメンと納豆で身についたパワー、そして先生から学んだ技術を駆使すれば!」
「カタパルトから毎秒百発のクッションを放つことも可能!!」
いやそこまでの弾丸クッションを備蓄もしてないんですが?
しかしここまでバラまかれてはもはやそれは弾幕ゲー。
アスレチックの範疇を越えている!
「ぎゃあああああああッ!?」
「さすがに避けきれない! よければ落ちるうううう!!」
そもそも前後にしか逃げ場のない状況での弾幕ゲーなど鬼畜以外の何者でもない。
挑戦者の皆さんはあえなくクッションの集中砲火を浴びて踏みとどまれずに脱落していった。
それでも幾人かの猛者がクッションの雪崩を浴びながらも不退転で突き進み、平均台を渡り切る。
「くそッ、討ち漏らしたか」
カタパルト担当者さんたちが悔し気に呻くけど、討ち漏らしあること前提ですからねイベント的に。
第二関門は坂道から転がってくる大岩。
ジョーンズ並みの仕掛けをかわしながら登っていくというルールだ。
こちらは大岩の転がってくる軌道を予測し、回避するための脚力瞬発力が求められるが……。
なんとここでは、数多くの大岩が横一列にきっちり並んで転がり落ちてくるではないかッ?
逃げ場なし。
これ以上ない殺意がこもっている。
第一関門をクリアした数少ない猛者たちもこれにはどうしようもなく、なすすべなく轢き潰されていった。
……あッ、大岩にはちゃんと魔法がかかっていて、触れる寸前に負け犬エリアへ転送される仕組みになっているから安全対策バッチリだ。
しかし、挑戦者たちが第二関門で全滅してしまうなんて前代未聞だ。
オークボ城はあくまでエンタメ。
どれだけの人がゴールまでたどり着けるか、プレイヤーも観客もドキドキワクワクしながら進めるから意味がるのだ。
ルールを設定できる運営側が本気で潰しにかかったらゲームが成立しない。
破綻したゲームは面白くもなんともないのだ。
「困ったな……!」
きっと地元の人たちは、立派に後釜を務めようと気負っているのだろう。
それがよくない方向に作用している。
これでは、彼らを信じて任せたのが間違いになってしまいかねない。
こうなれば……こちらも切り札を出す。
行け! 俺たちの希望の星よ!!






