1208 オークボ城民営化?
オークボ城の運営を、ダルキッシュさんたちに委ねる?
ダルキッシュさんは相変わらず沈痛な面持ちで言葉を続ける。
「聖者様からしてみれば『何を?』と思うことでしょう。これまで手塩にかけて育ててきた大切なイベントをそっくり丸ごと手渡せと言ってきているのですから」
うん……。
まあ、そこまで重度の思い入れがあるわけでもないけど。
年に一回ハデに騒ぐぞーって感じで。
「正直、我々にオークボ城を任されたところで聖者様が指揮するような素晴らしい大会にはとてもできないと思っています。技術も魔力も能力も足らない。きっと我々が主催するオークボ城は、これまでのものからずっとみすぼらしいものとなるでしょう」
それはせっかく築き上げてきた領のブランドイメージの暴落に繋がりかねない。
生死を賭けた大博打の様相が現れ始めた。
「それをきっかけにオークボ城は縮小し、領の税収にも大きな陰りを見せるかもしれません。しかし、避けて通れぬことだとおもっています。これまでの好景気ぶりが異常だったのですから」
ダルキッシュさんはこれを機に、この異常高騰した領の状況を軟着陸させようと試行錯誤を尽くすのだろう。
それは別に今じゃなくてもいいかもしれない。
しかしいつかはやらなければいけないことだ。
今のダルキッシュさんの状況はたとえるならば、追放モノで主人公一人に支えられてS級にまで昇格した冒険者パーティーのようなもの。
主人公を追放すれば即座に瓦解、残りのメンバーはいい気になっていた分だけ大ダメージを受けて破滅する。
それを、自分の置かれた状況をしっかり理解して、これまで自分たちを支えてくれた相手に感謝しつつ、不安定な現状をどうにかしようとしている。
『ざまぁ』される追放モノの悪役とは比べ物にならない冷静沈着さと先見の明だ。
だからこそ今日まで長いこと俺たちと良好な関係を築き、その関係を富へと変えてきたわけだが。
ダルキッシュさんの考えは決して荒唐無稽なものではない。
楽しい時間はいつまでも続いてほしいものだが、その時間が終わったあとのこともキッチリ考えておくことが、彼のような立場の人には必要なのだ。
「……わかりました、ダルキッシュさんの要望を受け入れます」
「ありがとうございます」
希望が通った割にダルキッシュさんの表情には喜びも安堵も浮かんでいなかった。
それも仕方のないことだ。
これから彼が歩むのは茨の道と決まり切っているのだから。
「では、今年からオークボ城の準備は我々が主体で……」
という声にもげっそりやつれた気配が色濃い。
「きっと聖者様が主催されたものとは比べ物にならない、茶番のようなものになることでしょう。参加者は怒り狂うかもしれませんがそれも甘んじて受け止めなければ。すべては領主たる私が責任を取ります」
そう言うダルキッシュさん。
隣に死神が立っていそうな雰囲気になっている。
「聖者様はどうか、今までオークボ城へ割り振っていた時間と労力を農場国へ向けてください。それが世界全体のためにもなる。我々も及ばずながら支援に務めさせていただきます」
「その前に……やるべきことがあります」
そう、この場所ですべきことが。
ダルキッシュさんの責任感には感服するが、その決意だけを聞いてハイサヨナラでは俺たちにも甲斐がない。
せっかくここまで一緒にやってきたんだ。
もっと助け合ってもいいのではないか。
というわけで、業務委託には何が必要か?
そう“引き継ぎ”。
……を行っていこうと思います!
* * *
「な、なにが行われるのでしょうか?」
ここは、ダルキッシュさんの領の一画で、建物も何もない野っぱら。
だだっ広く平坦で、大人数の訓練にもってこいの地形だ。
そんな場所にダルキッシュさんと他、数百という人が集められていた。
これらの人員はダルキッシュさんの下で雇われている騎士や魔導士。
選りすぐりのエリート人員だと聞いた。
特に魔導士は、魔国から招へいした方々でダルキッシュさんの奥さんが魔族であることからコネが効いたそう。
そういう意味ではダルキッシュさんの領は非常に先進的でグローバルな場所だと言える。
こんないい環境を損なってはいけないだろう。
「あの……聖者様? 指示の通り我が領でも上澄みの者たちを集めましたが、これからどういう?」
「もちろん……彼らには、これからのオークボ城を任せられる人員になってもらいます!」
設備管理!
司会進行!
トラブル処理!
クレーム対応!
新企画立案!
それらを充分こなせる人材の育成!
今ここで断行させていただきます!
俺たちがこれまで積み上げてきたオークボ城のノウハウ!
今こそそれを“引き継ぎ”する時!!
このダルキッシュさんの腹心たちに!!
「そッ、それはつまり我々に、これまでのオークボ城と同等のクオリティを保持させると」
そう。
「そのために、クオリティの保持に足るだけのレベルに鍛え上げると!?」
そう。
そのために本日、特別ゲストを呼んでおります。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャン・ピエール・ポルナレフなのだ!!」
と、人々の前に降臨したのは三名。
ドラゴンのヴィール(人間形態)。
天使ホルコスフォン。
ノーライフキングの先生。
農場が誇る三大最強メンツの揃い踏み。
「このグリンツェルドラゴンのヴィール様が、テメエらを直々に鍛え上げるためにやってきた! おれ様の指導の下ならば、貧弱ニンゲンのテメエらもトラが翼を得たがごとく屈強精鋭となれるから覚悟しつつ期待しろー!!」
「ドラゴンなのにトラの例えを出すんですね」
「ガハハハハハハだーって! 所詮トラが翼をつけて剣を持たせて荷電粒子砲を搭載してもドラゴンには遠く及ばねえんだからなー! まあニンゲンどもなら何とか到達しうる程度ってヤツだ!」
ヴィールとホルコスフォンのやり取りを見て、震え上がるのは集まった人々。
『オレたち今からドラゴンにシゴかれるの?』『それって生還できるの?』『あの翼生えてる女性は誰?』と戸惑うのも仕方なかろう。
ホルコスフォンが冷静な視線をキュインと向ける。
「ご安心ください皆さん。この横暴ドラゴンが無茶をしないためにわたくしがいます。わたくしは天使ホルコスフォン。これでもこちらのドラゴンと同等の力を持っています」
などと言いだすもんだから人々は大困惑。
それもそうだろう、通説ではドラゴンとタメを張れるのはノーライフキングしかいないのだから。
そしてそのノーライフキングもいらっしゃる。
『ヴィールとホルコスフォンが身体を鍛え、ワシが知識を授ける役目を請け負う。ワシと……』
「わたくしと」
「おれ様で! お前らを一人前に鍛え上げてやるのだ! つまりこれが最強種ブートキャンプ! ガハハハハハハハハー!!」
よし、これで育成の土壌は整った。
これでもってオークボ城運営スタッフをバシバシ量産していくんだ!
「ではおめえら! まずはこのヴィール様特性ゴンこつラーメンを食すのだ! スープに使われるドラゴンエキスがテメエらの細胞一つ一つに作用して潜在能力を極限まで引き出し、っていうか極限なのだー!!」
「それだけでは体の負担も極限なので、こちらの納豆を食します。そうすることで体の保全機能が高まり、無理なく身体のパワーアアップを助長できます」
「ラーメンを食べ」
「納豆を食べ」
「ラーメンを食べ!」
「納豆を食べ!」
「何度も繰り返すことでお前たちはますます屈強になっていく! これがラーメン納豆反復強靭法! ヒトを強くするならこれが一番だ!」
いやこれ、いつか魔王さんがやってたダイエット法。
たしかに魔王さんがそれで阿修羅をも凌駕する感じになっちゃっていたが。
「あの……聖者様、これで引き継ぎができるというので……?」
ダルキッシュさんも心配げに話しかけてくる。
でも大丈夫、あらゆることに対する資本は体力。
それをヴィールとホルコスフォンの手で徹底的に鍛え上げられた彼らは、きっと俺たちの代わりにオークボ城を取り仕切ってくれることだろう。
『そのあとで、ちゃんとワシからも必要な知識の伝授は行いますんでな』
ああ見えて先生もやる気に満ち溢れていた。
ドラゴンと天使で強さを鍛え、ノーライフキングの知識を与える。
これでオークボ城スタッフの育成は万全だ!!