1207 今年のオークボ城
また冬が来た。
時間が流れる限り、季節は移ろい風景は色どりを変える。
農場も気づいたらあっという間に銀世界だ。
我が子らも早速雪遊びに興じ、雪だるまを作ったり雪合戦で競ったりしている。
「れいんぼーすぽーくぼーるー」
「ちょうきゅうはおーでんえーだんー」
こないだ覚えた魔球を早速雪合戦でも活用している……。
そんなのどかな我が家であったが、あまりだらだらもしていられない。
今年の冬は忙しないことになりそうだ。
なんてったって農場国があるからな。
開拓作業は冬でも関係なく続いていくので、その指揮支援やらでやるべきことは目白押しだ。
それに加えて冬の恒例行事みたいなのもあってなかなかスケジュールがパンパンの見通し。
冬の恒例行事って何かって?
それはやっぱりオークボ城であるな。
ここでいるかもしれない初見さんたちのためにオークボ城とは何ぞや? というところから説明しておこう。
オークボ城とは……。
とある地方に建てられた城塞の名であり、そして同時に、その城砦を巡って繰り広げられるイベント名でもある。
オークボ城は、毎年冬を開催時期として数多くの挑戦者が集まり、難攻不落の堅城・オークボ城を攻略しようと突撃してくるのだ。
対するオークボ城は様々なトラップ、迎撃機構を用意し、攻めかかる者たちを一人残らず生きて返さぬと待ち受ける。
……そんな設定のアトラクションイベントだ。
無事ゴールまでたどり着けた挑戦者には景品も用意され、リピーターも数多くいる。
最近では人気イベントとして定着していた。
ことの発端は、我が農場に住む一部のメンバーが『城を建てたい』などとほざきだして。
深く考えもせず俺も許可を出したことからすべてが始まった。
当初は、こんな恒例イベントになるなんて夢にも思っていなかったんだが、常に行き当たりばったりでライブ感を最優先に突き進んでいたら、なんかこんなことになっていた。
イベントだから経済効果も生み出して、今や簡単にはやめられないぐらいにまでなっている。
まあ、俺たちも毎年楽しませてもらっているから、それはそれでいいんだけれども。
今年は何をしようかなあ。
農場国のこともあるから上手いこと宣伝に活かせないだろうか?
今年の全関門クリア賞品は『七泊八日農場国リゾートの旅』とかにするか?
……いや、そこまでのブランド力がないか。
そういうのを含めて色々ダルキッシュさんとお話合いしよう。
ダルキッシュさんとは?
人族の領主さんで、俺たちと友好な関係にある。
そもそもオークボ城の建っている場所が、ダルキッシュさんの治めている人間国の領内にあって、そこを間借りさせてもらう形で毎年のオークボ城が開催されている。
だからこそオークボ城の運営に関して話し合うべき立場にあって、毎年の開催に先立ってこうして打ち合わせに訪れているんだが……。
さて、訪問するからには儀礼的に必須の菓子折りも用意して……。
今年は農業国に関する支援や協力もついでにお願いしておこうかな。
ダルキッシュさんも領主としては無関係にはならなそうだし。
そう思って、俺からしてみれば毎年と変わらないつもりで訪ねてみたところダルキッシュさんは何やら深刻そうな顔つきだった。
どうした? 今年の収穫量が少なかったとか?
今季の夏秋は比較的温暖で、豊作が多かったと聞いているが?
でももし領地の運営状況が悪いなら、それこそオークボ城を大成功させて、経済効果をバンバン発生させていきたい。
地域振興もイベントの大きな意義であるからして!!
……え!?
そういうのはもういい!?
どういうこと!?
* * *
「いえッ、けっして聖者様を邪険にしているわけではなく……! 聖者様の存在と広い御心にいつも助けられていることは一瞬たりとも忘れていません! 常に感謝しております! 我らがこうしてのうのうと生きていられるのも聖者様あってこそ、日々みずからの矮小さを自覚する次第です!!」
その日はダルキッシュさんの領主屋敷に訪問中。
応接間でテーブルを挟んで会談中。
しかしダルキッシュさんは何とも言えない恐縮ぶりで、会話内容も要領を得ずに話が一向に進まない。
「ダルキッシュさん……! 落ち着いてください。とりあえずケンカ売ってるなんて思いませんから……! ただもうちょっと詳しい説明があればなとは……!」
「まこと聖者様のおっしゃる通り……どうか私の腹の内を余すことなく晒しますので、小腸と大腸の間までしっかり肝胆相照らして、当方に二心なきことを……!」
いいから、落ち着いて……。
とはいえこちらも唐突に『イベント中断』を告げられたら困惑せずにはいられない。
ダルキッシュさんの主張は要約すればそういうことだろ?
もうオークボ城はやれないんです?
とはいえ、こちらのオークボ城も場所を借りて開催させてもらっている身。
地主さんが『NO』と仰られれば出ていくしかない。
しかしその前にできる限りの意思疎通はできるはずだ。
話し合いを諦めず、互いの意思を確認し合ってwin-winな結果を追い求めていこうではないか。
というわけで質問。
どうしてオークボ城の開催中止を?
「前々から思っていたのです……我々はこのままでいいのか、と」
ふむふむ?
「毎年オークボ城が開催されるようになってから、我が領はこれまでにないほどに潤ってきました。税収はそれまでの約八倍。領外から大量の人が流入し、経済規模も拡大。知名度もうなぎ上りでワルキナ辺境領といえばオークボ城の……という決まり文句が定着。最新の『住みやすい領ランキング』ベスト5入りを果たすこともできました……!」
オークボ城が、ダルキッシュさんの領にとても良い影響をもたらしているってことですね?
したらば、こちらも土地を間借りしている側として大変誇らしいのですが……。
「しかしそれは決して自分たちの努力や意欲で勝ち取ったものではない。ここ数年の我が領の発展は、たまたま自分たちの土地でオークボ城が開催されたという幸運からの賜りものに過ぎない。その繁栄の裏返しにある危険性を、私は常に恐れてきました」
そこまで来てダルキッシュさんの言わんとしていることの意味が推し量れてきた。
要するにダルキッシュさんの領は現状、これまでにないほど絶好調だがそのコンを担っているのがオークボ城。
自分たちとは外にある要素に興廃が左右されるのは、それこそ統治者として憂うべきだろう。
今のままならいい。
しかし突如としてオークボ城開催者側が『よそへ行きますん』とか言い出したら?
土台が抜き取られた繁栄が、さらにそれからも繁栄し続けるというのは現実から目をそらした人々の考えだ。
それをせず厳しく現実を見つめるダルキッシュさんは領主としてしっかりした人となりであることがわかる。
オークボ城が大盛況の裏側で、現状に甘えずに潤沢な資材をもって領の底上げに務めてきたのだろう。
農地を拡大したり、新産業を創造したり、ダルキッシュさんの領主としての采配には隙がない。
「それでも領発展のためにオークボ城には助けられてきました。我々とてここまで大きなイベントを手放したくはありませんし、好意で行ってくれていることを無下にもしたくありません」
ううむ……。
では何故、今?
「聖者様は本年から、農場国を立ち上げるという一大事業に取り組んでおいでだ。そのために今まで避けてきた表舞台へ出ることも敢行し、その本気ぶりは私の下にまで伝わってきています」
だからこそ……とダルキッシュさんは言う。
「これ以上、こちらの世話をおかけすることはできぬと結論に至りました。これから聖者様は農場国の発展のために全力を注がねばなりませんので、ますますこちらへ気を割く余裕はないかと……。地域振興のイベントを催すなら、まず自国で行うのが筋でしょうし」
ダルキッシュさん。
そこまでのことを考えて決断を?
自領のことだけでなく他者にまで考えを行き届かせ、結果的に世界全体の
進歩に貢献できる。
ダルキッシュさんは本当に偉大な為政者だ。
「だからといってオークボ城をいきなり廃止にするのは、影響も大きいんでは?」
「その点についても答えは出してあります。オークボ城はいまや様々な人々から愛されている。いかに開催側でもその一存で存亡を決めていいとは思えません。参加者の皆様が望んでくれる限りオークボ城は続けていきたい」
そこでダルキッシュさんが頭を下げて言う。
「なので、オークボ城の運営を我々に委ねていただきませんか!?」