1206 魔王一家集合
困惑している俺だが。
キャッチボールで遊ぼうとしていた展開が、いつの間にか親殺しにシフトチェンジしている。
魔王さんが唐突なる大魔王殺害宣言。
だってあんな必殺技食らったら死亡以外の結末はないし。
――魔王炎殺黒流弾。
どこかパクリくさいネーミングだが正真正銘、魔王さんが編み出した魔球だ。
投げ放ったボールに暗黒の魔力を付加、燃え盛る邪炎にコーティングされたボールは剛速球で飛来し着弾点の周囲ごとえぐって焼き尽くす。
傍目じゃわかりにくいが、あの躍る黒龍のような炎の中心にはちゃんとボールがある。
ほら……粉々にされた大岩の跡地にちょこんとボールが転がって……。
ボールが燃え尽きずに残っているのが最大の恐ろしいところなんだが……。
「父上、パフォーマンスは終わりだ。次はその身に、あの魔球を受けてもらう」
それ『死ね』って言ってるのと同義ですよ。
魔王さん自身はまったくその気はないんでしょうが。
大魔王バアルさんは、その恐ろしいまでの破壊の跡を眺めて……。
「ゼダンよ、これをすることでお前に益があるのか?」
「無論そうでなければ父上を呼ぶこともない。我は魔王として、父親として新たな段階を踏む。そのために体験しなければならない通過儀礼なのだ!」
そんなこと言っても、あんな必殺技まともの食らったら人体が跡形も残るものでもないでしょうに。
ジュニアやノリトの魔球を真似したのかもしれんが、所詮あの子らは幼児で技の威力もたかが知れている。
それを大人の魔王さんが全力振り絞ったら文字通りの必殺技ではないですか。:
『必ず殺す技』という意味での。
ここは止めるべきで、それができる第三者は俺以外にない。
仕方ねえ割って入るかと思ったが……。
「よかろう」
その前にバアルさんが承諾してしまった。
何故!?
あッ、もしやバアルさんも先代魔王なんだし、あの爆殺熱球も受け止められる実力が!?
「フフッ、だがワシはお前と違い、戦場に出ることなどほとんどなかった文科系魔王。人魔戦争を征した武人魔王に及ぶべくもない。お前の渾身を受ければこの身は粉々に砕け散るであろう」
えー、じゃあダメじゃん?
何を泰然自若としてすべての受け入れ態勢が整っておるのか?
「しかしクーデターの散るべきであったこの命、ついに使いどころが巡ってきたと思えば悪くない。お前は、この経験によって新たな高みに進めると言う。我が子が高みへと立つために犠牲になるのであれば、今日まで生き永らえた意味がある」
なんか悟ったこと言い出した。
ホント何なの魔王さんの一族って
「思えば……ゼダンよ、お前に父親らしいことは何一つしてやれなかったのう」
「……!?」
「他の兄弟を偏愛していたとか、そもそも性格が合わなかったとか色々言い訳はできるが。……それでも我が子の中で一番親孝行だったのはあるいはお前だったのかもしれぬ。国中から退位を喜ばれたこのバカな魔王を、今日まで生かしておいてくれたのだから」
なんか神妙だなバアルさん。
あんなちゃんとした人だったっけ? 俺は数回しか面識がないので性格とかもしっかり掴めていないが。
「本来ならば簒奪の正当性を主張するためにもっとワシを貶め、誹謗中傷してもおかしくない。それなのにお前は、ワシを殺さぬどころか大魔王の称号を贈り、退位後の立場を確保してくれた上に、在位時の評価も正当にしてくれた。褒めるべきところはしっかり褒めてくれてな」
「父上の文化芸術への奨励は、魔国を豊かにするために不可欠な政策であったと理解している。ただ時期が悪かったのだ、最悪なほどにな」
たしかに人が人らしく生きるために、ある程度の文明文化が必要だ。
だから政治側が文明や文化を発展させるために何らかの手を打つことはってもいいと思う。
それより前にすべきことももちろんあると思うが。
「色々してくれたお前に、ワシは少しも返せていないとようやく気付いてな。ここまで無駄に生き延びてきた。この命をお前のために使ってやろうではないか。それで父親の面目が保てるなら安いものよ!」
「父上……その心意気しかと受け取った! ならば受け止めてもらおう、我が魔王炎殺黒流波ッ!!」
再び魔王さんの剛腕から繰り出される黒炎の波。
ちゃんとボールは入っています。
あれが直撃したらレベル二十ぐらいまでなら瞬殺できそう。
バアルさんもお充分その範囲に入る。
これがバアルさんの最期の雄姿となるか!?
「あッ、怖い、やっぱ無理」
しかし、直撃の寸前バアルさんが綺麗に身をよじってかわした!?
目標を失った魔球は、その後方を突き抜けていく。
「おいコラ、バアルさん! 受け止めるって言って全然受け止めれてないやんけ!!」
「だって……いざ目の前にしたら『あー、これ間違いなく死ぬな』という実感が……! そしたらもう恐怖で体が動かなくなって……!」
しっかり動いとったやないかーい。
見事な回避行動ぶりにキャッチボールじゃなくドッチボールかと思ったよ。
どっちも会話のたとえで使われるからな。
「父上!」
父を呼ぶ溌溂な声。
しかしそれは魔王さんがバアルさんを呼ぶ声ではなく、魔王さんが呼べれる側だった。
「ゴティア……」
「アロワナ王から人魚かくし芸・イソギンチャクのかまえを習っていたところに、凄まじい勢いで駆け抜けていく衝撃を目撃したので、その元をたどってきたのです」
何とも説明的なセリフ。
「父上まで農場に来ていたなんて……しかもお祖父様も一緒に。一体何をなさっていたのです?」
「それは……!?」
魔王さんは究極的にゴティアくんのために頑張っていたのだが、それを面と向かって言えない魔王さんの奥ゆかしさだった。
「孫よ……お前の父親はな、息子であるお前のために成長したかったのだ」
「お祖父様」
バアルさんが、さっきのへっぴり逃げ腰などなかったのように威儀を正している。
「我が子らのために立派な父親であろうとな。そのためにワシのようなダメ親にまで教えを請おうとするとは……真面目なのは相変わらず、真面目過ぎて方向性がズレてしまうのは愛嬌だが……」
「えッ? お祖父様に教えを? 家庭教師から“戦犯”“芸術的暗君”“頭の中がキュビズム”などと散々言われていたお祖父様から!?」
「ぐおえぉぅッ!?」
バアルさんやっぱり周囲から散々言われていた。
「……フッフッフ、そんなワシからも学びたいと思うほどにゼダンのヤツは追い詰められていたのよ。孫や、もう少しコイツを温かい目で見てやってくれ。コイツは魔王の仕事をまっとうするだけで大分いっぱいいっぱいなのだから」
魔王さんを擁護するバアルさん。
「ゼダンも、あまり形に拘るなよ。父親らしい接し方がわからぬなら、ただ一緒に楽しむだけでいい。ワシは、ウマの合う息子娘とはそうしておった。たまにはこのダメ父に見習うのも一興よ」
「父上……」
最後になんか上手いこと言って綺麗に締めようとしている……!?
さすがクーデターで引きずり下ろされても処刑も追放もされずに生き延びた男。処世術が高い……!
そんな風に話がいい感じにまとまりそうなところへ……!
「皆で仲よくキャッチボールなのーん」
乱入する破壊神。
魔王家のリーサルウエポンこと魔王女マリネちゃんの参戦だ。
「まッ、マリネ……!?」
異母妹に対して苦手意識を持つゴティアくんは即座に硬直。
さらに……。
「おお、マリネではないか! お前もこっちに来ておったのか?」
「じぃじ、お久しぶりなのんー」
バアルさんは、世のすべてのお祖父ちゃんがそうであるように孫娘にデレデレ。
「父上? マリネのことをご存じか!?」
「うん、こやつは週一ペースでワシの隠居屋敷に遊びに来るからのう。もうすっかり仲よしじゃ」
「週一で!? 聞いておりませんが!?」
初出情報に驚愕の魔王さん。
じゃあお祖父ちゃん家に突撃なのはマリネちゃんの独断ってこと?
「ウチもじぃじのこと習ったんなー。そしたらなんぼのもんか実際にこの目で確かめてみたくなったのんー。気になったら即調査が基本なんなー」
「ふぐッ!?」
マリネちゃんの実証主義に、授業で習ったらそのまんまのゴティアくんダメージ。
「じぃじと遊んでウィットやユーモアというものを覚えたのん。それをキャッチボールにも活かしてみるから、じぃじ、ぱぁぱ、にぃに、見てるんな」
そう言ってボールをかまえる幼女と、その親族三代。
マリネちゃんは振りかぶってボールを放つ。
「ブラック・ボールなのん!」
投げ放たれたボールは、圧縮されてどんどん小さくなり、米粒よりも砂粒よりも分子より原子より素粒子よりも小さくなり、最終的には超重力の塊と化して光すらも吸いこんでしまうから真っ黒な球体のように見えた。
マイクロブラックホールというヤツだ。
「ブラックホールの“ホール”と“ボール”を掛けたのん。シャレが利いててちょっとした笑いを誘うのんなー」
まあ実際にブラックホールが発生したら微笑どころの騒ぎじゃないんだが。
魔王女マリネちゃん、シャレの利いた魔球を編み出して末にブラックホールを創造してしまう。
いや、一体どういう原理でブラックホールなんて作るんだ? という辺りがまったくの謎なんだが。
想像もつかないことを実現させる辺りマリネちゃんは天才肌なんだろう。
危うく農場全体がマイクロブラックホールに飲み込まれて無に帰すかと思われたが、折よく通りかかったレタスレートが咄嗟に握り潰してくれて事なきを得た。






