1201 愛はパワー
反面教師レタスレートが、マリネちゃんに授業を行う。
「いい、真の王女に必要なものは何かわかる!?」
「わかんないのーん!」
少しは考える素振りを見せて。
「……それは、情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そして何よりも……パワーよ!!」
「力はパワーなのーん」
だいぶ違うと思うが。
さすがの反面教師、言うことが違う。
「いい、パワーというものはすべてを解決するの! 故事にも曰く!『すべては暴力! 暴力はすべてを解決する!』と!!」
「時はまさに世紀末なのーん」
マリネちゃんが危険思想に浸っていく!?
もうこの辺で俺が強制ストップをかけなければいけないんじゃないか? と思った矢先……。
「……マリネちゃん、世の中は本当に、力がすべてなのよ」
急にシリアスになるな。
「人間国が戦争に負けたのも、王族がヘッポコだったとか教会がクズだったとか色々と理由はあるけれども、結局それらによって国力が減衰し、魔族に対抗できなくなったのが最終的な敗因なの。力を疎かにする者に、国を率いる資格はないのよ。かつての私のようにね」
急にIQ爆増するな。
「だからこそ魔王女であるアナタにも究極最大パワーが求められるのよ! 力があれば何をしたっていい! その高貴さに見合ったパワーを養いなさい!」
急にアホになるな。
「それがノブレス・オブリージュ(富める者の義務)なのーん!」
いやもっと他にあると思う、富める者の義務。
しかしマリネちゃんはその純真な心で、唐変木なノブレス・オブリージュを果たすためにレタスレートへと飛び掛かる。
「うぎぎぎぎぎぎぎぎ……! ビクともしないのん……!?」
「はっはっは、まだまだお子ちゃまの腕力ねえ」
マリネちゃんが全身で押し込もうとするのを、レタスレートは指一本で受け切り、それどころか押し返している。
そんなん子どもと大人の体格差なら当然やろ、と思われるかもしれないが、あれでマリネちゃんは現時点でも魔族指折りの怪力の持ち主。
母親のグラシャラさんは、元魔王軍四天王の一人でしかも女ながらも筋骨隆々の力自慢だった。
その血統を受け継いでかマリネちゃんだって幼児の時点で舟一層持ち上げられるぐらい力が強いのだ。
信じがたい。
そんなマリネちゃんを指一本で押し返すレタスレートはどうなの? という話であるが。
「まだまだ甘いわね。筋力だけに頼るからそんなヘナチョコパワーしか出せないのよ。覚えておきなさい。……筋肉は、裏切るわよ!!」
問題起きそうなこと言ってる。
「いい、筋肉だけで発揮できる力には限界があるの。ではその先へ進むにはどうすればいいか? わかるでしょう?」
「わかんないのーん」
マリネちゃん、光速の思考放棄。
「ならばヒントよ。私たちが持っているのは肉体だけじゃない。心よ! 心があるのよ!」
「ハートなのーん」
「心に火が付けば凄まじい爆発力となり、それが筋肉にも伝わってパワーと変える。そう、すべての源は心! 心こそパワーなのよ!」
なんか精神論的なこと言いだした。
ここで本来なら『戯言をほざくな』などとツッコミを入れるべきだが、レタスレートに関しては事実に極めて近いので困る。
「精神が肉体を凌駕するパワー!」
レタスレートが拳を繰り出して、その辺にあった大岩を粉砕した。
「心を込めて拳を放てば、岩を砕き空を裂く! 強い想いを込めるのよ! 思いの強さに応じて、アナタの拳も硬くなるわ!」
「ベンキョーになりますのん!」
ただレタスレートが限度を超えて怪力なのは、彼女の体内を巡るマナの働きによるところが大きい……らしい。
こないだの話にもちょっと出てきた法術魔法というヤツだ。
人族特有の魔法である法術魔法は、自然や己自身の中を流れるマナ……魔力であり生命力でもあるもの……を利用して行う。
体内のマナを燃やして力に変えれば、常人を遥かに超える身体能力をも発揮できるというわけだ。
レタスレートの怪力は長年その場とノリと勢いだけで認識されて、原理については触れられなかったが、要するにこの法術魔法による身体強化を無意識に行っていたということだ。
そもそもレタスレートは散々言われているように人間国の王族の末裔。それゆえに生来保有するマナの量が飛び抜けて多いらしい。
だてに選ばれた一族ではない、ということか。
それに対してマリネちゃんは魔族であるゆえに、人族特有の法術魔法との縁は薄い。
魔族が使う魔法は魔術魔法。
これも最近どこかで言ったが、精霊や神と契約し、その助けを借りることで様々な軌跡を引き起こす魔法だ。
分野の違うマリネちゃんに法術魔法は使いこなせないし、だとしたらここまでの講義も無駄になってしまうのでは……?
……ん?
ならばそもそもマリネちゃんがここまで見せつけてきた怪力は、純粋な筋力によって?
「では、どうすれば心を燃やし、力に変えることができるか。そのことについてレクチャーしていくわ」
「核心的な部分ですのん!!」
「心に、自分の一番大切なものを思い浮かべるのよ。一番大切なモノへ向けられる想い、愛……それらが弾け飛んだ時、力はパワーに代わるのよ!」
それがレタスレートの場合は……。
「豆! 豆を想い、豆を愛し、私の心の中の豆宇宙が爆発した時、超パワーが生まれる! 燃え上れ! 私の豆宇宙ぅうううううううううううううううううううううううううううううッッ!!」
レタスレートから噴き上がる気の強さが尋常ではない。
そして突き上げられた拳から放たれる衝撃波的なものが天を駆け上がり、空に揺蕩う大きな雲を真っ二つに引き裂いた。
……。
……衝撃波が出たってことは、拳が音速を超えたってこと?
「さあ、アナタも心に浮かべなさい! 豆を! 豆はすべてを解決するのよ!」
「うーん、うーん、まめ……まめなの~ん……!?」
マリネちゃんはここで苦戦。
さもあろう、豆を想って天を割れるのはレタスレートぐらいのもの。
普通の人は天を割ることができるほどに豆を愛することはできないのだ。
愛に限界は存在する。
見かねた俺は口を挟むことにした。
「あの……別に豆に限定しなくてもいいんじゃないかな?」
「んなー?」
マリネちゃん、しょげきった表情をしている。
やはりまだ子どもか、困難にぶち当たるとすぐさま心が折れる模様。
「マリネちゃんが好きなものを思い浮かべてみればいいんだよ。マリネちゃんは何が好きかなー? ケーキかな? アイスクリームかなー?」
「ウチの好きなん……」
マリネちゃんは思いこんだ表情になり、無言が数十秒続いた。
「何もないん……ウチの好きなもの、ないん……!」
静かに、言葉を紡ぐ。
「お菓子やお料理にはないん……ウチが、心から、全身全霊を込めて愛すべきもの……、それは……この国なん!!」
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
……と凄まじい噴出力で湧き上がるオーラ。
その源泉は小さなマリネちゃんだ。しかしその迫力は大人もビビるほど。
「国を愛し国を想う心が力となる! それが魔王女マリネの生き様なんな!!」
マリネちゃんは拳を振り上げ、天に向けてかざす。
その勢いで放たれた衝撃波が、上空へと向かって駆け上り、そしてまた雲を割った。
ちょうどレタスレートがそうしたのと同じように。
雲は縦と横……十字に四分割されて空に散っていく。
「名付けて、魔国魔王女拳なん!」
マリネちゃんは必殺技を手に入れた。
マリネちゃんの魔国を想う心が力となり、放たれ、物理に作用してあらゆるものを粉砕する。
まさに、国を想う、王族に相応しい力。
マリネちゃんはまさに今、魔王女としてレベルアップを果たした!
「……国を想う、か……」
それを見てレタスレートが一言。
「私も本来豆じゃなくて、国や民のために力を発揮するべきだったのよね……」
レタスレートがみずからを省みている! すなわち自省!
しっかりするんだ! たとえキミが国民より豆を愛する王女だとしても、それでいいんだ!
何しろキミは、反面教師なんだから!!
「レタスレートししょーのお陰で、ウチはまた大人の階段を駆け上ることができましたのん! ししょーは人を育てることに長けていますのん!! 立派な反面教師ですのん!」
「ぐわぁあああああああああッッ!!」
レタスレート、撃沈。
かつてここまでレタスレートの良心を軋ませた者がいただろうか。
マリネちゃん……。
自身が強力なのもさることながら、本当に末恐ろしい女の子よ。
それはそうと、魔族であるマリネちゃんは法術魔法を使えない……ひいき目に見ても適さない体質だよな?
なのにここまでのパワーを発揮できるなんて。
……まさか、本当に……。
心 か ?
少しお休みをいただいて、次の更新は7/18(木)になります。