1200 新旧王女
魔王女マリネ。
現魔王ゼダンさんの次女であり、由緒ある魔王家の血筋を継ぐ生粋のお嬢様だ。
まだ七歳ぐらいだというのに利発で賢く、俺も話していて、時折子ども相手だと忘れてしまうほど。
そんなマリネちゃんを度々農場で見かけるようになった。
いや、見かけるのはいいんだが。
魔王一家は定期的に農場へ遊びにきたりするので、マリネちゃんがそれに同伴して訪れることなどよくある。
問題なのは、まだ幼女なマリネちゃんが親も伴わず一人で歩き回っている……ということ。
見かけた際は、親御さんと一時離れて遊んでいるのかと思ったりもしたが……。
すぐに『今日魔王さんが遊びに来る予定合ったっけ?』と思い直し、困惑したりもする。
そういうことが何度か重なって、ついに俺は『気のせい』では済まされなくなった。
「マリネちゃん、一人で農場に来てるよね!? どういうこと!?」
と尋ねる先は、魔族の女性ベレナ。
「どういうことと言われましても……!? 気づいてらっしゃらなかったんですか聖者様?」
そう言われても俺、充分どんくさい人間ですので普通気づくことでもなかなか気づきませんよ。
女の子の告白でも『なんか言った?』と聞き流せる自信あり!
「マリネ王女は、もう何回も一人で農場を訪れていますよ? かれこれ半年前ぐらいからですかね?」
そんなに前から!?
何故気づかなかった俺!?
なんかあっても『なんか言った?』と聞き逃していたか、それに加えて開拓地へ行くことも増えて農場の不在時間もチラホラあったしな。
しかしあんな小さい子が、誰にも連れられずたった一人で?
さすがに危険が危ないだろう。
『初めてのお使い~農場編~』が始まってしまう!!
「その辺は大丈夫なんじゃないですか? マリネ王女は転移魔法で行き来しているようですから」
ベレナは特に気にする様子もなく言う。
転移魔法って……!?
「ご存じ、あらかじめ設定された任意の場所へ一瞬で移動する魔法です。マリネ王女は自室に転移ポイントを作製して、農場にある転移ポイントと行き来してらっしゃるようですね」
でもちょっと待って。
転移魔法って、魔法の中でもそれなりに難しい部類に入るんだよね?
それを子どものマリネちゃんがやってるってこと?
基礎の基礎から始める時期なんじゃ?
「そうなんですよねえ。転移魔法といえば、そこそこ魔法を極めてきた秀才が、上級者にステップアップする辺りで覚える魔法なんですよねえ。しかもただ使うだけじゃなくて転移ポイントを自分で設置できるなんて、充分一流の域ですよ。マリネ王女、末恐ろしいですよねえ」
『私が数年かけて血の滲む努力の末に修得した魔法を……』とため息つくベレナ。
またマリネちゃんが類まれなる才能の豊かさが発揮されてる。
「……あッ、ちなみにセキュリティ面は心配ないですよ。マリネ様、自室の転移ポイントは宝箱の底に設置してるんですって。使わない時は閉めて鍵をかけてあるので不法に飛んでくる人がいたら、自動的に閉じ込められるって仕組み。……いやぁ、子どもの発想は柔軟ですねえ」
いや、どうでもいいけれども。
それよりも肝心のマリネちゃんは何をしに、一人で農場に通ってるんだ?
一回ならず何回も来てるんだろう?
SHEは何しに農場へ?
「それはもちろん、聖者様の農場にやってきてすることといえば……」
美味しい野菜を貪ること?
「……修行です」
* * *
今日もマリネちゃんがやってきた。
待ち受けるつもりでスタンバっていたので終日マリネちゃんの動向を見守ることが可能だ。
そんなマリネちゃんはパタパタと駆けていくと、一人の人物の前で止まる。
「ししょー、今日もよろしく頼みますのん!」
「いいわ、かかってらっしゃい!」
その人物は……レタスレート!?
かつて身分を追われた亡国の王女とマリネちゃんが何故!?
「まずはいつも通り準備運動から始めましょう! 急激な動作はケガの原因になりかねないわ! 何事も順々に慣らしていくことが大事なのよ!」
「わかりましたのん」
「では行くわよ! 準備運動第一! ぜりゃああああああッッ!」
「ほわたぁあああああああああ」
そして殴り合うレタスレートとマリネちゃん。
その動きは目にも追えないほど速く、ガチモードとしか思えない。
殴り合う音も、爆発してるのかというぐらいに轟音で、一撃ごとに鼓膜が震える。しかもそれが一秒間に何回も鳴るから頭が割れそうだ。
そうは言っても双方、殴ろうとしながらも寸前で相手からガードされている。
だからあの爆発音は拳を腕で遮られた時になる音なんだが、アイツら皮膚の下に鉄板でも仕込んでいるのか!?
さらにアイツらは一つ所にとどまらずに、あっちこっち飛び跳ねながら殴り合いを続行している。
しかもその移動速度がまたしても瞬足で、あっちに移動こっちに移動するさまはさながら瞬間移動のようだ。
そういう激闘を、小一時間ほど継続したあと……。
「はぁあああああああああああああッッ!!」
「ほうわぁあああああああああああああー」
いったん距離をとった二人は、それぞれの両掌を相手に向けて掲げ、何かしら集中したと思うと……。
……出した!?
なんかビーム的なものを出した!?
ビームはレタスレート、マリネちゃん双方から双方へ向かって走り、必然的にお互いの中間地点で正面衝突!
相殺されたビームは、ほんの数秒間だけ押し合いへし合いして力比べをしていたが、すぐさま勢いを失いほぼ同時に霧散した。
急に訪れた静寂に、二人の呼吸音だけが聞こえてきそうで……。
「はい、準備運動終わり!」
「軽く汗をかいたのーん」
ちょっと待てぇえええええええええええッッ!!
さすがに辛抱できずに茂みから飛び出してきた俺。
「あらセージャじゃない? 今日は開拓地へ行かないの?」
「お休みの日なのーん」
いや俺は……実質的に自営業だからスケジュールは自分で調整できるというか……。
受け取りようによっては働いていないニートに思えてくるのでやめてもらえませんか!
それよりもマリネちゃん!
ここ最近一人で農場に出入りしているようだが、一体何をしているんだ!?
場合によっては親御さんに通報しないといけないんだけれども!?
「やましいことは何もしてないのん。……これは、立派な魔王女になるための特訓なのーん」
立派な魔王女になるため?
さっきの殴り合いで?
「将来、父上や兄上のお手伝いをするために、ウチはもっともっと成長しないといけないのん。たくさん勉強して賢くなって、たくさん修行して強くなるのん!」
そのために……レタスレートと?
たしかにあんな殴り合いを続けていたら、戦闘力十八万ぐらいになりそうだが……。
「レタスさんは、絶好の修行相手なのん! 何しろ元王女様なのん!」
たしかにレタスレートは、かつて人間国の王女だったが……
「ほーっほっほっほっほ! まだ小さいのに見る目がたしかなようね! まあ私の、王女時代の経験が生かせるなら謹んで指導役を引き受けないでもないけど?」
「レタスさんは、悪政を敷いた旧人間国の王族で、現役時代かなりヤンチャしてたのん! 我がままで愚かで民のことを考えず、滅ぶべくして滅んだ代表的暗君なのーん」
「ぶぎゃああああああああッッ!?」
まさかの大批判に精神的に吹っ飛ばされるレタスレート。
たしかにレタスレートは、ロイヤルファミリーとしてはダメダメダメのさらにダメ部類に入るが。
じゃあ、そんなどうしようもないレタスレートにどうして師事しようとしたんだ?
何もないところから学びを得ようというのか? マリネちゃん?
「ふっふっふ、そんなことないのん。世の中にはこういう概念があるのん。……反面教師と!」
反面教師!!
名誉なように見えて、物凄く不名誉な評価ナンバーワン!
「悪い例を見つければ、その逆方向の先に正解が必ずあるのん。その逆道しるべとしてレタスさんほど打ってつけはいないのん! 彼女から学ぶことは多いのん!」
「ぎゃああああああああああああああああッッ!!」
羞恥でのたうち回るレタスレート。
彼女としては随分昔に自分を見詰めなおして立派に更生しているからこそ、かつての自分の愚かさをまざまざ理解できるんだろう。
過去の己の間違いを目の当たりにすること、それ以上に身悶えできるものはない。
マリネちゃんがすべてを学び終えるころにはレタスレートの精神はガリガリ削れて何も残らないのではないだろうか?
どうかお手柔らかにねマリネちゃん!!






