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119 覗かれた深淵

 はい、俺です。


 オークボたちが帰ってきた!


 日帰りの予定が四日も音信不通になりやがって! 心配で泣くところだったぞ! というか泣いた!

 んもう、俺をこんなに心配させおって。


 日にちを掛けただけあってオークボたちは大漁だった。

 釣った魚は、あらかじめしておいた俺の指示通り、絞めて冷凍しておいたようなので保存状態は良好。


 とりあえず巨大冷蔵庫に放り込んで煮るなり焼くなり干物にするなりしてもよかろう。


 ただ。

 そんなことも気にならなくなるほどに俺の目を引いたのは、オークボが抱きかかえる人魚だった。

 当然、見覚えはない。


「……それが一番の釣果か?」

「いえ、その……!!」


 オークボは、頭から脂汗を掻きまくっていた。

 人魚さん本人は、人魚の通例に漏れず超美人。下半身魚類の人魚形態でオークボに抱きかかえられているものの、みずからもオークボの首に腕を回しているので『オークに拉致されたお姫様』みたいな印象はない。


 むしろ印象的には『冒険に出た勇者が囚われの姫を救出してきた』という感じ。


「……あれ、アナタもしかして『アビスの魔女』?」


 一緒に出迎えに出ていたプラティが言った。

 知っているのかプラティ?


「アタシやパッファたちと同じ狂乱六魔女傑の一人よ」

「その名で呼ぶな、恥ずかしい!!」


 オークボに抱きかかえられた人魚さんは抗議的に言った。


「アタシだって嫌よ、こんな子どもが精一杯カッコつけてみましたってグループ名……」

「そういうおぬしは『王冠の魔女』だな? この船に刻まれた個人識別魔法薬でも確認できたぞ」

「アナタが、それを感知してオークボたちを案内してくれたのね? 助かったわ」


 なるほどそういうことか。

 人魚には魔法薬を調合して様々に利用する技術があるが、中でも『魔女』と呼ばれる人魚は特にそれが顕著だ。


「俺からも礼を言います。ウチのオークボたちをここまで連れてきてくれてありがとう」

「礼には及ばん。わらわもコイツに助けられたし……」

「?」


 あとは彼女もゴニョゴニョとして聞き取りづらかった。


「し、しかしなんだここは!? 聞きしに勝る魔境ではあらぬか!」


 と照れ隠しでもするかのように急に話題を転じた。

 そして農場の周囲を見渡す。


「向こうで草むしりしているゴブリンも、庭駆け回るハイリカオンも皆、変異化しておるではないか! オークボたちで学習したわらわの目は誤魔化されんぞ!!」

「ゾス・サイラ殿、落ち付いて……!?」

「さらに実体化した大地の精霊まで!?」


 オークボが困っておる。

 ゾス・サイラ? なる人魚さんはまだ下半身魚なので地上で思った活動が出来ず、オークボに抱きかかえて貰わないとどうにもならない。


 そこで暴れるからオークボはよりしっかりと抱きかかえねばならず、よって二人はさらに密着し……。


「……何だこのラブコメ?」


 吐き気がしてきた。

 甘ったるすぎて。


「とにかく、ここはわらわの研究を進めるための好材料で溢れかえっておる! これは洗いざらい研究させてもらうぞ! 異存はなかろうな!?」

「はあ……?」


 研究って何?


「どっちにしろ人魚形態じゃ陸で動きづらいでしょ? これでも飲んでTPOを弁えなさい?」

「『王冠の魔女』謹製、最新陸人化薬か。いいのか、こんな貴重なものを?」

「陸だとそんなに材料調達に苦労しないのよ。……というか旦那様の農場限定だけど。だからお気遣い無用だわ」

「む、そう言うことなら」


 ゾス・サイラは、プラティから小瓶を受け取ると、その中身を一気に飲み干した。

 俺の目で確認できたのはそこまでで、何故かというとプラティが後ろから俺の目を塞いだからだ。


「ええー?」

「ここから先の展開はわかるでしょう? 旦那様は閲覧禁止よ」


 そりゃわかるけど。

 だったらなんでプラティは、この場で薬飲ませたの。


「ゾス・サイラ殿……、ちょ、尻!?」

「きゃああああああああああああああああッッ!?」

「ぶふぉッ!?」


 乙女の悲鳴と、ブタが絞められる時に上げるようなオークボの断末魔が聞こえた。


「ナイスキック。陸人の脚を即座に使いこなすなんて、さすが六魔女最年長『アビスの魔女』……!」


 あれで最年長なの!?

 めっちゃラブコメしてますけど最年長!?


              *    *    *


 こうして『アビスの魔女』ことゾス・サイラ(アラサー)は、ウチの農場を一通り見学していった。

 ノーライフキングの先生やドラゴン化したヴィールに超ビビるというお決まりのパターンも消化して……。


「そろそろ帰るか」


 満足したらしい。


「あれ? 帰っちゃうの!?」

「むしろ何故帰らないと思ったのか?」


 ここ最近、来る人皆ここに住みつくものだから、今回もそのパターンかと。


「『アビスの魔女』は、海底のどこかに秘密の研究所を持っている」


 唐突にプラティが言う。


「その研究所は、下手な学校や病院より巨大で、魔女当人しか管理できない実験体が数え切れないほど飼育されている。一匹でも逃げ出せば大惨事に……、って噂を聞いたことがあるけど?」

「うむ、そろそろ帰らないと一番はしこいヤツが脱走するだろう」


 マジで!?

 早く帰って! 早く!


「しかしこの農場は興味深い。また来て研究させてもらうことにしよう」

「相手の意向を確認しない傲岸さは、さすが魔女ってところだけど……!」

「当然見返りは用意するぞ? ウチの研究所で培養している……、……と、……の薬品などどうだ?」

「それは助かるわねッッ!?」


 よくわからんけどプラティ超食いついた?


「その辺、陸じゃ条件的に栽培できないし、兄さんにお願いするのもどうかと思ってたのよ。王子に法を犯させるわけにはいかないでしょ?」


 法律に違反するの!?

 何をお求めなのプラティさん!?


「商談成立だな。では今度来るまでにわらわ用の宿泊スペースと研究セット一式を用意しておくがよい」

「ちっ、しゃーないわね。この薬品ラインナップと交換ならむしろお買い得か……!?」


 なんか農場主の俺が知らないところで商談がスタートして終わった。


「ではわらわは帰るが……」


 人間形態から人魚形態に戻る薬を飲みつつ。


「オークボ!」

「はいッ!?」


 実は見学するゾス・サイラさんにずっと付き添っていたオークボ。


「次わらわが来るまで、わらわのことを決して忘れるでないぞ! いいな! 絶対だぞ!?」

「は、はいッ!? わかりました!!」

「絶対だからな! 必ずだぞ!?」


 ここまで来るとフリなんじゃないかなって思いたくなる。


 今日まで割と多くの人魚に出会って確信できたこと。

 この世界の人魚は、失恋して泡になるようなか細い存在ではけっしてない。

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