1193 強襲エリート
その日……。
俺の直感にビンビンと閃くものがあった。
「開拓地で何かあったか?」
農場で窯を振るっていた俺だが猛烈な予感に駆られ、サカモトに乗って飛翔すること数十分。
現着してみるとたしかに眼下が物々しい。
「この雰囲気……何があった!? 必殺、聖者降臨!」
「あッ、聖者様!」
空中六回転しながら地上に降り立つと、そこには見慣れた開拓者の仲間たちの面々と、見慣れない面々がいた。
知ってる人たちはともかく、知らない人たちは誰?
「彼らは……冒険者です!」
開拓者たちから事情を聞くと、この身元不明の不審者たちは突如この地へ押しかけてきたらしい。
そんなヤツらは……冒険者だと。
「冒険者?」
それはもう……アレだよね?
もはや有名でお馴染みの?
「人間国からやってきた正規の冒険者……主にC級からA級の上位冒険者たちです。今日になって唐突に」
一体なんでまた?
こんなところに冒険者たちが大勢でご訪問を?
道にでも迷われたか? だったら人間国までご案内……もしくは転送しますが?
すると押し掛け冒険者の一人が口を開き……。
「いいえ、私たちはキッチリと目的があって、この辺鄙な田舎までやってきました」
はあ……。
ではその用件を窺いましょうか。
「この土地に新しいダンジョンが現れたと聞きました。私たち冒険者の仕事は、ダンジョンを探索すること。ダンジョンあるところに冒険者もありなのです!!」
ダンジョン……?
ああ、テュポンが管理しているところのアレか。
もはやアレキサンダーさんのダンジョン体験版というお題目はどこへやら。
完全に地元住民に寄り添う理想の穴と化したテュポンのダンジョンが、まさか界隈に知れ渡るようになっていたとは。
つまりこの人たちは、テュポンのダンジョンを攻略しに来たというわけか。
ふーん、なら別にいんじゃない?
別にダンジョンは誰のものでもないんだし、攻略するときは自己責任でヒトに迷惑さえかけなければ。
……あ、そうは言ってもあのダンジョンはテュポンのものなのか?
誰のものでもないというのは語弊か。
そう納得しかけている俺に開拓者の一人が耳打ち。
「ダンジョンを攻略する……というところまではたしかに問題ないんですが、そこから先が……」
何? 問題あるの?
「攻略のためのバックアップに協力しろと……」
は?
「食料を提供したり、寝る場所を用意しろとか……。挙句の果てにはそれ全部無料にしろとか……」
ケンカ売ってるんですかな?
なんで俺たちが、開拓者がそんなことしなければいけないんだ?
こっちだって日々カツカツでやってるんだぞ!
「ダンジョン攻略は万全な態勢でしてこそ成功が見込めるのです」
だからそれは、そっちで勝手にやってと言ってるんだが。
アナタたちのことはアナタたちのこと、こちらに関係はありません。
「こちらに住んでいる開拓者たちは元冒険者と聞いています。つまりかつての私たちの同類。多少の援助はあってしかるべきでは」
「そうだぜ! しかもここの連中は、冒険者としては成功できなかったからドロップアウトして流れてきたんだろ!?」
「そんな負け組が、今もヴィクトリーロードを駆け続けている正規冒険者の役に立てるんだ!」
「喜んで協力すべきだろうがよ!!」
周囲の冒険者たちもこぞって、わけのわからんことを喚き散らす。
なんだコイツら?
呼んでもないのに押しかけてきて、自分たちの勝手な理屈を押し通そうとしているのか?
そりゃ、俺の仲間たちの開拓者も困って押し問答になるわ。
「ここにいる人たちは、開拓者として今日を一生懸命生きている人たちだ。バカにするのはやめてくれないか」
「はッ、冒険者として食っていけないから仕方なく転職したんだろう! コイツらは負け犬で、オレたちは勝っているから今でも冒険者! それが明確な差ってヤツなんだよ!」
冒険者でいることがそんなに偉いのか?
そもそもどの権威にも属さず独立独歩で生きていくアウトローが冒険者だろう。
そんな冒険者のエリート発言どうなんだ?
ええい、埒が明かない。
大事なものを守るためなら争うことも辞さないと既に覚悟を決めた男、俺。
ここは邪聖剣ドライシュバルツの咆哮を久しぶりに聞くことにしましょうか、と……。
「ちょっと待てい」
ん、誰じゃ?
と思って振り返ったら、そこにいるのはテュポンじゃないか。
人間形態の。
「面白い、おれ様のダンジョンに挑戦したいというなら、受けて立ってやろうじゃないか。ニンゲンどもの諺で言うアレだ、来る者コバヤシってヤツだ!」
何言ってるんだテュポンさん?
こんな迷惑客、『お客様は神様じゃねえ』と叩き出したいところなんだが?
「まあ、いいじゃねえか。しかも貴様ら、サポートが欲しいとか甘ったれたことも抜かしているそうだな。いいだろう、物資からマッピングまで、ダンジョン主であおれ様がガッチリとケツ持ってやる! 恐れず臆さずダンジョンに挑め!!」
「「「「「おおおぉーーーーッッ!!」」」」」
テュポンが景気よく言うものだから場は大盛り上がり。
ちょっといいの!? そんなこと軽々しく言っちゃって!?
「いいんだよ、ガチに攻略させたらどうなるか試してみたかったんだ、おれ様のダンジョン。ちょうどいい実験動物よ」
と悪そうな顔でニタリと笑っていた。
やっぱコイツ本格的に自分の思う通りにダンジョン弄ってるんだな。
「でも……心配です……」
と開拓者さんの一人が言う。
「今やテュポン様のダンジョンは、オレたちの生活に寄り添ってなくちゃならないものになっていますから。アイツらに荒らされやしないかと……」
「下手にダンジョン内でブッキングしたら『攻略の邪魔』とかいって攻撃されかねませんからね。実際にあったんですよ余所のダンジョンでそういうのが……」
冒険者業界も治安の悪いところは悪いんだなあ。
たしかにダンジョン攻略と言ってもすぐ終わるわけじゃないし、何日何ヶ月も常駐されたら地元の開拓者さんたちの迷惑になりかねない。
やっぱり、あの連中を黙認することはおススメしたくないのだけれど、どうするのテュポンさん?
「くっくっく……いいから見ておけ。おれ様のダンジョンと、おれ様のテリトリーに住む者たちをバカにする連中にはしっかりと報いを受けてもらう。アイツらに相応しい方法でな、ククククククククク……!」
と、いやらしく笑うテュポン。
いかにも悪役な表情だな。
「しかし、オレたちが言うのもなんですが、テュポン様のダンジョンってかなり攻略しやすいですよ」
開拓者の一人がやはり心配げに言う。
「そうです、周囲に住んでいるオレたちに寄り添うような構造になっているから、現役の冒険者からしてみたら温さの極みたいなものですよ」
「楽に稼げるスポットと認識されて居座られでもしたら凄く迷惑です……。近隣住民トラブルに繋がってしまう……!?」
と開拓民の人たちも不安に苛まれている。
「ふッ、ビビってんじゃねえ、しっかりしろ」
そこへ叱咤するテュポンさん。
「おれ様の決定が信じられねのか? 安心してみてろ、あのイキり身の程知らずどもは、これから十数えるより前にプライドズタボロにされて、物理的にもボロ雑巾になるから」
自信満々に言う。
その間も、押し掛け冒険者たちは意気揚々とダンジョンに突入していき……。
「何とも間抜けな門構えだな。ダンジョンの難しさってのは入り口の雰囲気を見ただけですぐわかるぜ、オレたちみたいなベテランにはな!」
「落伍者どもの溜まり場なんだからダンジョンも落伍者なんだろ、軽くクリアして本部の土産話にしてやろうぜ!」
「オレたち将来のS級には簡単すぎました、ってな!!」
高笑いする冒険者たちは何とも鼻持ちならない。
ああいう人たちに天罰は下らないものかと、現状傍観していたら……。
「「「「「しゅびだらごぜわぁーーッッ!?」」」」」
しばらく待つ必要もなく一瞬で、ダンジョンからペッと吐き出される冒険者たち。
しかも総身ズタボロのライフゼロで。
それを見届けてテュポンが高笑い。
「はーっはっはっはっは、バカどもめ! 常連用と一見さん用でダンジョンの構造を変える仕組みであることに気づかなかったか!? 何とも迂闊なベテランどもだなあ!?」
構造切り替えだって?
ではあの冒険者たちが入ったのは、開拓者たちがいつも利用している寄り添い率百パーセントなダンジョンじゃなくて……もしや難易度クソ高の?
「おれ様が侵入者撃退用に本気で作ったダンジョンに隙なんかねえぞ! 初見殺しなんて生温いもんじゃねえ! 千回見ても絶対攻略できない千見殺しがひしめく、思いやりゼロパーセントダンジョンなんだからなあ!!」
テュポン凄まじい。
そんなダンジョンに冒険者たちを誘い込むなんて、ガチに迎え撃つ気満々だったんだな。
しかしこれで益々オリジナルの、アレキサンダーさんのダンジョンから離れていってしまうんだが。