1191 精霊王降臨
引き続き魔法研究者のムシュムフだ。
私は今……凄まじい状況に直面しているのかもしれない。
精霊王。
この世界の根幹に関わりあるモノを今、私は目の前にしている!?
精霊は、火や水や風や土……自然界に存在するあらゆる事象の霊的活性力を担って循環に力を貸している。
もし精霊がいなくなったら、この世の自然物は循環することをやめ、生命力を失い、すべて死に絶えてしまうことだろう。
精霊がいるから世界は生きているんだ!!
そして精霊王は、そんな精霊たちを統括する全精霊の長。
精霊王がいるからこそ世界全体のバランスが保たれて、問題なく維持されているという。
ある意味神々よりも精霊王は重要な存在なのだ!
アナタがその、精霊王なのですか?
『うむ、我こそが精霊王なるぞ』
精霊王を名乗られる御方は、見た目が壮年の男性のように見えて、かつ鎧兜に身を包んで厳めしい。
これが精霊王のお姿……?
いやいやいやいやいや……!?
そんなバカな!
精霊はそもそも実体がない。自然に溶け込み一体となる霊的な存在だ。
その精霊が目に見えてかつ、こんなオッサンの姿でふんぞり返っているなんて信じられない!
『まず見えて触れるところから驚き、疑いをかけるとは玄人じゃのう。ちゃんと勉強しておる証じゃ』
ノーライフキング様が『うんうん』と感心気に頷く。
『精霊に実体はない。ぬしが蓄積させた知識の通りじゃ。しかし世界は常に、みずからが知る外側が存在する。精霊とていついかなる時も実体がないわけではないんじゃよ』
そうなのですか!?
ああ、この世界にはまだ私の知らないことが無限にあるのですね!
『聖者様の御力で実体化できた精霊王は、己らの尊厳がないがしろにされている今の状況に苛立ち、聖者様に訴えたのじゃ。聖者様は訴えを入れ、ワシを引き連れその原因を改善しにやってきた』
聖者様が、精霊王のために!?
噂には聞いていたが、聖者様というのはそこまで偉大な御方だったのか……。
でも、その聖者様は何故、精霊王とあんなにガッチリ手を繋いでらっしゃるんですか?
『精霊王を実体化させた主原因は農場にみちた冥神ハデスの祝福ゆえにの。農場を離れれば祝福が届かず仮の肉体も霧散してしまう故、ああして聖者様が「至高の担い手」によって維持し続けているのじゃ』
なるほどわからん。
やはりまだまだ私の知らないことが多すぎる。
早くノーライフキング化して知識をどん欲にかき集めたい!
『この精霊王は、非常に満足している!』
大のおっさんと手を繋ぎながら、精霊王らしい甲冑男は感涙を流した。
『無礼千万なる無詠唱魔法を途絶し、我ら精霊の地位を回復してくれた聖者と先生に感謝の想いがとどまらぬ! それに我ら精霊の立場をしっかりわかっている輩もいてくれたのだな! 感謝の思いがとどまらぬ!』
ええぇーッ!?
それってもしや私のことか?
いやそれは魔法の勉強をちゃんとしていたら当然身に付く知識から判断しただけのことで……。
『その当然の知識を得ている者が何と少ないことか! お前こそ、魔法と我ら精霊のことをもっともよく理解している者だ! この精霊王から祝福をつかわす!』
わー。
精霊王から直接の祝福を?
『これでお前は、我ら精霊とより近い存在となり、詠唱もなしで精霊魔法を使えるようになるだろう。何しろ精霊とマブだからな!』
え?
いえあの……私は無詠唱魔法を必死こいて止める立場だったんですが……。
たとえ許されても、魔法使う時はしっかり詠唱はしよう。
それが礼儀というものだし。
何にしろ話が丸く収まり、これにて一件落着と思っていたのだが……。
「騙されないぞニセモノ!!」
それをぶち壊す大声が。
一体なんだと周りを窺うと、その場に詰めかけた野次馬の一人だった。
あのカイトの野郎に陶酔し、無詠唱魔法を信奉する一人というところか……。
「カイト様は偉大な御方だ! あの人を否定するなんてお前たちが詐欺師か何かなんだろう!」
「オレたちは何があろうとカイト様を信じる! カイト様を否定するなら、魔王や聖者の方がウソつきなんだ!」
何だその暴論は……!?
まさに『公式がそう言ってるだけ』と言わんばかりだ。
カイト自身はノーライフキングからコテンパンにのされて自分の誤りを受け入れたというのに、まさか取り巻きが抵抗を示すとは……!?
「待ってくれ! これはオレの過ちだったんだ! 皆落ち着いてくれ……!」
改心したカイト本人が必死に止めようとするが、一度火のついた群衆のうねりは人一人の力ではどうしようもないほどに激しい。
私も何とかなだめようと進み出たが、すぐさま弾き飛ばされてしまった。
そして熱狂した一団は、なんと精霊王へと詰めかける。
「このオヤジ! 精霊王とか言って、ウソついてるんじゃないか!?」
「そうだそうだ! どう見たって普通のオッサンじゃねえか! しかも別のオッサンと手ェ繋ぎやがって!」
「ウソついてカイト様を陥れるなんて許せねぇ! 自分の犯した罪深さをわからせてやる!」
何と不遜な!
このままでは精霊王に危害が! ここは私が身を挺してでも……!
『ほう我が? ニセモノと? 無知なる人間たちが、みずからの無知を棚に上げて大きく出たものよ』
精霊王の目が光った。
『できる限り人間世界に影響を出さぬようにと気を回したことが仇となったようだな。よろしい、ではもう気兼ねなく思うままの姿をさらすとしよう』
次の瞬間、何の変哲もないオッサンの身体であった精霊王をまばゆい光が包み込む!
あまりの眩さに目が眩み、……そして再び視界が開けた時。
目の前に立っていたのはもうただのオッサンではなかった。
見上げるほどの巨人だった!
見かけの姿はまったくそのまま、大きさだけが最初の何十倍にもなった精霊王が、遥か高みから我々を見下ろしている。
『どうだ人間ども……これから、この精霊王の力のほんの一部を披露してくれよう』
『聖者様! 聖者様どちらですかー!?』
おおッ?
ノーライフキング様が大慌てで聖者のことを探している!?
たしかに巨大化直前まで精霊王と手を繋いでいた聖者が、巨大化後はどこに行ったんだ!?
……あああッ!?
あそこだ!
巨大精霊王の頭部、兜の部分に窓があって、そこからうかがえる聖者の姿!?
『そうか、精霊王は聖者様のお陰で実体化を維持できるので、体内に取り込んだのじゃな!』
『聖者の力を借りて……見るがいい必殺の、精霊王ハリケーン!!』
精霊王の口から吹き出す息が、突風となって吹き荒れる!
竜巻となって上空を駆け回る。
もしあれが地上を吹き付けたら多くの建物が倒壊していただろう。
『次に……今だ出すんだ、精霊王ファイヤー!!』
こッ、今度は精霊王の胸部から熱閃が放たれたッ!?
甲冑姿の精霊王の、胸当ての部分が赤熱して何万度と思しき閃光が飛び出たのだ。
これも上空へ向けて放たれたので事なきを得たが、下に向けられていたら魔都は今頃灼熱地獄であっただろう。
『さらに精霊王冷凍ビーム! 精霊王ロケットパーンチ! どうだ、地水火風すべてを司る精霊王の力は! これでもまだこの精霊王を侮るか!?』
それら圧倒的な力を見せつけられて、さすがにカイトのカリスマに有頂天となっていた群衆も頭が冷めて、跪き祈りを捧げていた。
それでいい。
人が精霊に捧げるべきは祈りなのだから。
『この精霊王は、お前たち人間の言う無詠唱魔法に怒り心頭となり、人間を滅ぼすことをも念頭に考えてきた。しかし精霊のために奔走してくれる聖者や、我ら精霊との関係を正しく理解し敬意を払ってくれるムシュムフのために思いとどまることにした』
えッ、私?
私の名前まで覚えてくださるとは……、恐縮です。
『人間たち、自然への敬意を忘れるな。忘れた時が滅びの時と知れ。この精霊王はいつでも貴様らのことを見張っておるし、見守っておるぞ』
もはや誰も反発できず、精霊王に拝跪するばかりだった。
「へへぇ……!?」
「傲慢でした、思い上がっていました……!」
「人間など、自然の中ではちっぽけな存在……!」
それでいい、人間などこの世界の中でただただ矮小な存在でしかない。
その自戒の気持ちを忘れず、自然への敬意を胸に秘めて生きていこう。