1187 なんかやっちゃった者
魔王さんから提供してもらった情報を元に、俺たちはやってきた。
ここは魔都の一角にある住宅街。
何十何百も並ぶ中の一棟に、凄まじい人だかりができている。
「……ここが……!?」
門前までやってきて、俺はその立派な門構えを見上げる。
ここが魔王さんの言っていた魔法を教える塾?
無詠唱魔法を?
「そう、魔都でもっとも今を時めく魔法塾だ。入塾希望者が引きも切らず、塾棟は毎日すし詰め状態らしい」
魔王さんは、きっと部下に集めさせたのだろう情報をまとめて伝えてくれた。
たしかにこの盛況さは、傍目に見てもわかるほど。
昼食時の人気ラーメン店もかくやという行列ぶりだった。……という言い方をするとヴィールが対抗心を燃やしそうなので注意だな。
「……我も初めて目にしたが、想像以上の流行りぶりだな。まるで昼食時の人気ラーメン店のようだ」
なんで魔王さんまで同じ感想持つの?
やめて! ヴィールが来そうなのでせめて口に出すのは控えて!
「魔法は、我ら魔族にとって重要なテクノロジーであり、文化だ。よって国としても魔法の発達には大いに推奨するところではある。それは戦争が終わり、魔法の戦闘手段としての重要性が薄れた今も変わらぬ」
つまり、大繁盛しているこの塾にも魔国は注目しているってことか。
「無詠唱魔法も、正直言って注目を受けていることも事実だ。『戦争中に確立されていればよかった』などと言う者も重臣にいてな。はてさてなんと返していいやら……!?」
たしかに戦闘といえば一分一秒を奪い合う修羅場。
その状況で何十秒もかけて魔法詠唱を行うのは、それだけ敵に隙を晒すということ。
命を危うくするということでもある。
そんな危険な時間は、できるだけ少ない方がいいに違いない。
そういう考え方から、無駄を省く方法が重宝されるのは致し方のないことだ。
だがコストカットだけで立ち回るほど経営は甘くない。
『どれだけ苦しかろうと省いてはならない無駄がある……ということを知らぬ輩のようじゃのう』
『我ら精霊への敬意を無駄だと申すかぁ……ッ!?』
同行している先生と精霊王のボルテージが上がっている。
「ともかく塾頭と話をしてみよう。この魔王が直接乗り込めば、門前払いということはさすがになかろうが……!!」
そうですな!
さすが魔王さん! 頼るべきは強大なる権力!
では突撃してみましょう! 魔法塾へ!!
「頼もう! 魔王がやってまいりました!!」
そうだぞ! 魔王様だぞ!
ひかえひかえ! ひかえおろう!!
たまには権力をかさに着て好き放題やってもいいじゃない!
「そしてこちらは聖者殿にあらせられる! 魔王と聖者が揃って話を伺いにやってきた! 代表者に取り次ぎいただこうか!」
おえッ!?
なんで俺まで!?
たしかに農場国関連から俺のことは秘密にしなくていい風潮にはなったが……!?
それを聞いた魔法塾の人たちは……!?
「何ッ? 魔王様!?」
「それに聖者だって!? あの伝説の!?」
「魔王様だけでなく、巷で噂の聖者まで訪ねてくるなんて! それだけ我が魔法教室も有名になったということか!?」
「今、代表を呼んでまいります!」
バタバタと騒ぎながら対応してくれた。
魔王さんだけでなく俺の名も効果を発揮している?
「おお、さすが聖者殿の名声は覿面であるな! もう気兼ねなく名乗れることだし、これからは折を見て使っていくことにしよう!」
いや、俺の名前を魔王さんが名乗らんでくださいよ……!
しかし聖者&魔王のWネームバリューアタックの威力はたしかに最強で、相手は大騒ぎになりながらも、少しの時間を経て、一人の青年が出てきた。
涼やかな印象の男性で、細くて長身。
顔容も整っていてイケメンと分類してもいいぐらいだった。そしてイケメンは俺の敵だ。
イケメンは俺たちの前に立つなり……。
「……オレ、なんかやっちゃいました?」
何だよ?
何かやらかした心当たりがあるとでもいうのか?
「いやぁ、なんかオレ知らないうちに凄いことやらかしているらしくて。周囲が驚いてるのを見て初めて気づくんですよね。だから今度もそうなのかなって」
なんだコイツ?
無意識系最強主人公気どりなのか?
「いや……どちらかといえば聖者殿も相当……!?」
「それで、魔王と聖者ですか? すみませんオレ、こっちのシステムよくわからなくて。失礼とかあっても勘弁してくださいね!」
なんだぁテメェ?
……いや失敬、なんだか言葉が乱れてしまった。
取り乱すなんて俺もまだまだ自己コントロールが甘いぜ。
「ああそうだ、自己紹介がまだだったな! オレの名はカイト! この『カイト魔法教室』で講師をしている者だ!」
敬語ぉッ!!
俺はまだいいとして目の前にいるもう一人は魔王さんだぞ! 国主にして英雄だぞ!
敬意を払え、敬意を!
「……カイトとやら、この魔法塾を開いたのは、うぬということで間違いないか?」
ま、魔王さん……相手の無礼をとりあえず黙殺して話を進めている。
さすが大人……!?
「やめてくれないか、塾なんて野暮ったい呼び方。昔の根性論が染みついてるみたいで嫌いなんだよ。オレはもっと気楽にのんびりやりたいって気持ちを込めて『魔法教室』って呼んでるんだ。これは守ってくれよな」
「……ッ、……ッ!」
魔王さん! 落ち着いて魔王さん!
額の血管がブチ切れていますよ!!
「まあ、よい……! それで、うぬの魔法教室とやらでは、無詠唱魔法を主軸に教えているとか。相違ないか?」
「ああ! 魔王さんもソイツが気になったのかい!? マズいな、面倒なのが嫌だからひっそりやってたのに、有名人に知られたら大事になっちゃうぜ!」
「…………ッッ!!」
魔王さん!!
気をしっかり持って魔王さぁーーんッッ!!
「前々から無駄だと思ってたんだよね詠唱って! だってそうだろう、敵が目の前にいるのにムニャムニャと唱えて隙だらけじゃん! そんなの全然リアルじゃねえなって思ってガチバトルなやり方を編み出したんだよね!!」
詠唱魔法は実戦的ではない。
その指摘は兼ねてから言われていることではある。
先に行動を起こす方が有利であるとは今更証明するまでもないが、しかし必要だからこそ存在する段階があるのではないか。
「それで無詠唱魔法を?」
「ああ、一人でも多くの人が便利に魔法を使ってもらおうと思ってね。魔法システムをいじくるのは昔から得意だったから、割と簡単だったよ!」
心なしに誇らしげに話すカイト青年。
彼自身としては純粋な善意と好奇心からくる行動だったかもしれぬが、善意が人を傷つけるなどは往々にしてあるものだ……!
「オレは世界中の人に幸せになってほしいんだ! そのために無駄なものをどんどん排除して、皆の住みやすい世界を作るんだ!!」
『たわけおんどりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーッッ!!』
怒声を上げて突撃してきたのは他ならぬ精霊王。
「うわぁッ!? 何だこのオッサン!?」
さすがに驚くカイトくんとやら。
しかしそんなに驚くものだろうか? 俺たちに伴ってきた人だし、いきなりズイと前に出てもそこまで驚かないと思うのだが?
『精霊王の存在は、ワシと共に消しておりましたからのう』
えッ、先生そうなんですか?
『ワシらのように人外の存在が街中を練り歩くと大パニックですからのう。騒ぎを避けるためにも配慮は必要でしょう。ノーライフキングとして姿隠しの術ぐらいは修得しておりますので』
そんな先生の配慮が……!?
隠形の術で姿を隠していたから、それで今になって周囲から悲鳴が上がるのか。
『精霊王が先走ったおかげで姿隠しが解けてしまったようですのう。魔力で周囲の人間の意識から強制的に外されていたのが、ワシの存在まで引き戻されてしまいましたわ』
「ここまで完璧な隠形の術があったなんて……! どういう術式なんだ? メカニズムを解き明かしたい……!」
カイトくんはマイペースに興味のあることだけに気を引いている。
元から研究者気質なのかな。
『研究熱心なのは大変よいことじゃ。しかしそれが礼儀知らずの言い訳にはならんがの』
先生の口調は淡々としているが、どこか冷たさを感じる。
『研究心旺盛な青年よ。今日はぬしにクレームのある方を連れてきた。それが彼じゃ』
『うごぉおおおおおおッ! 精霊を舐めおってぇえええええッッ! 我々を貶めるなぁああああああッッ!!』
ついに問題の根源までたどり着いて、ボルテージマックスの精霊王。
「なんだ、このオッサン? いちゃもんはやめてくれよ。オレは皆が幸せになるために研究してるんだぜ」
『自分の行動が、どのような方向へ影響を与えるか考え及ばぬようじゃのう。ヒトのために道を究めるなら、あらゆる可能性を考慮に入れるべきじゃ』
なんだか高まる対決ムード。
これから何が始まるのか。






