1185 愚かなり人類
精霊王、敗れる!
この世界の運行を直接司る存在であるはずなのに、それを力でねじ伏せるなんて。
農場の常識ぶっちぎり具合を改めて思い知らされる。
『ご主人様とジュニアたちの明日を奪おうなど不敬不遜すぎるのだー』
勝者であるところのヴィールがフンスと鼻を鳴らすのであった。
恐ろしくあるが味方であればこの上なく頼りがいがある。
そんなヴィールであった。
その一方で……。
『ぐおぉおおおお……!? この精霊王が……!? 世界の運行を統べる最強者が……!?』
ボロ負けした精霊王は地べたに這いつくばりながらボロボロに泣き崩れていた。
敗者の必定とはいえ、見てるこっちまで悲壮漂う。
「せーれーおーさま、げんき出すですー」
「つまづく日もあるんですー」
「あしぶみする日もあるですー」
「かみなりにみちた日があってもいいですー」
大地の精霊たちもこぞって精霊王を慰めにかかる。
手のひらでポンポンするのがより一層慰めポイント。
「もし……人間の方々……精霊王様をお許しくださらぬか?」
おう誰?
許しを請うのは好々爺の面貌をせし炎の精霊。
「あのお方もけっして軽はずみな気持ちで人類滅亡などと決めたわけではありません。耐えようとしても耐えがたきことがあり、やむにやまれず駆け出してしまったのです」
そう言われても、やむなしで滅亡させられる身になってほしいものである。
「すべては人間が悪いのです」
炎の精霊だけでなく、水の精霊も援護射撃。
「人間は、我々精霊のプライドを踏みにじったのです。精霊王はそのことに対してお怒りになりました。すべては庇護者である我々のためなのです」
と全力擁護してらっしゃる。
やはり精霊たちはなんやかんやで精霊王側なのだな。
しかし何がそこまで精霊たちを怒らせたのだろうか?
一方的に人間が悪い風に言われているが少なくとも人間の一員である俺には何ら心当たりがない。
何? 別に核戦争とかもやっとらんよ?
「そこからは私がご説明いたしましょう」
お前は豆の精霊!?
やめろ出てくんな! お前の存在自体が歪みなんだよ!
「精霊王と精霊の皆さんが激怒しておられる理由……。それはある魔法に関してです」
魔法?
そりゃ、この世界はファンタジー異世界。
魔法も奇跡もあるんだよ。
その魔法がすべての元凶だというのか?
まさか世界の禁忌に触れる魔法があったりなかったり? それで世界の管理者である精霊が怒って、調停に動き出したとでも!?
いかにもファンタジーにありそうなストーリーライン!
どんな魔法だ死者蘇生魔法か?
それとも時間逆行魔法とか!?
「それは……!」
溜めて溜める豆の精霊。
「それはぁ……!!」
はよ言え。
「……無詠唱魔法です!!」
……。
無詠唱?
何それ?
『本来魔法に必要となる詠唱を省略もしくは破棄する技系のことですなあ』
ノーライフキングの先生が言う。
ここまで静かに見守っておられた先生。しば漬けをポリポリして平和なノリであった。
『魔法……特に魔族発祥の魔術魔法は、超越者との契約によって成り立つ体系です。魔導師が、霊的世界に住まう超自然の存在から助けを借り、みずからの魔力を代償にして呪文や魔法陣といった儀式を元に力を発動する。……難しい言い方をするとそうなりますかの』
うん、難しい。
もっと簡潔に言ってほしい。
『要は、神や精霊に助けてもらって使う魔法ですな。他にみずからの体内を巡るマナを活用する法術魔法、それらを超越せしドラゴンの使う竜魔法などがあります』
人類的に主流なのが魔術と法術。
その魔と法を合わせて“魔法”という。
少なくともこの世界ではそういう定義なんだそうな。
「魔術魔法はとにかく霊的他者からの援助なくば成り立たない魔法です。そして援助するのは大抵の場合我ら精霊です。神は精霊よりも上位存在ですからね。契約して庇護を受けるにはより大きな魔力と高い技量が要求されます」
説明を引き継ぐ豆の精霊。
コイツの話しぶりがまともで理性的なだけでもキレたくなるのは理不尽だろうか。
「そして魔術魔法において重要とされるのが詠唱です。詠唱はトリガーとなる発動呪文の前に唱えられる予備呪文で、基本的にいくつかの節で構成され、文を成したもの。唱えるのに一定の時間を要します。そしてその詠唱をすっ飛ばして発動させる魔術魔法を、無詠唱魔法というのです!」
『無詠唱魔法の噂はワシも聞き及んでいますぞ。なんでも最近大流行りだとか。外界の街を歴訪して情報を仕入れました』
先生……。
農場の外にある一般の街や村をブラリ訪問する企画をまだ続けていたのか。
しかしそのおかげでしっかりと世俗的な情報を仕入れている。
『以前からも存在だけは窺っていましたが……。現在に至っても輪をかけて流行しているとは……。まったく今どきの若い者は……!』
先生をして『今どきの若い者』発言が出てしまうような問題なのか?
『魔術魔法とは、神や精霊といった霊的存在の力を借りて発動させる魔法……と先ほども言いましたが。そのためにも術者は精霊もしくは神と契約を結び、その力を貸し与えてもらうルートを作らねばなりません』
「そして契約によって出来上がったルートを使い、力を発動させるためのものが呪文及び詠唱なのです。呪文は魔法発動のためのトリガー。では詠唱は何のためにあるのか?」
先生と豆の精霊が交代しつつ説明を展開していく。
豆の精霊のインテリジェンス差が際立ってムカつくんですけれど。
「詠唱とはズバリ、力の提供元となる霊的存在への祈りの文言です。魔導師は彼らの協力によって魔法を使える、そのことに対する願いと感謝が込められたものなのです」
『精霊は魔導師のために助力しているわけですからな。感謝と儀礼は当然のことです。礼儀とは人間関係を円滑にするためにある。それは人類と精霊の関係であってかわりありません』
そりゃそうだよな。
ここまでの説明からして、少なくとも魔術魔法は精霊の助けがなきゃ使えないわけだし。
そのことに関して『いつもお世話になっております』ぐらいの礼を払っておくのは当然と思える。
そうした考えに立ってみて、改めて無詠唱というものを吟味しなおすと……。
『相手への礼儀をすべて取っ払っている技法……ということになりますの』
「それが無詠唱魔法なのです!!」
豆の精霊、怒りのシャウト。
彼もまた精霊の一員として、自分たちのおかれる理不尽さに憤りを感じているようだ。
でも豆の精霊ってなんだ?
魔術魔法で、力の提供者とされる霊的存在は精霊もしくは神。
つまり今ここにいる大地の精霊や炎の精霊や水の精霊、そして精霊王も範囲に入る。
豆の精霊は……どうだ?
「我々精霊は、世界の運行が正常になされることを保全するのが務め。人間同士の争いに介入する義務など本当はないのです! それを、長年の付き合いから義理で力を貸してやっているというのに! その感謝も言い表さず礼を欠く! 人間とはなんと愚かなるものか!」
「そうじゃそうじゃ!」
「豆の精霊の言う通りですわ!!」
激しく同意する炎の精霊と水の精霊。
彼らが魔導師に手を貸すとき、魔導師の唱える詠唱こそが彼らへの敬意と感謝の表れになるのだ。
その詠唱をすっ飛ばすということは、たとえるならば……。
例:詠唱ありの場合
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謹啓
暮秋というにふさわしい気候となってまいりました。精霊様の素晴らしいご活躍を拝聞しております。
わたくしは、初めてご連絡させていただきます○○族○○国の○○○○と申します。小職は魔術魔法を使用する者でございます。このたび、小職の魔法の発動を精霊様にご協力いただきたく連絡を差し上げました。
ご多用のところ恐縮ですが、お力添えいただけますと幸甚でございます。ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます。
敬具
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……ということであり……。
例:詠唱なしの場合
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やれ。
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ということになるのだ。
こうして見比べてみると、何と侮辱的な対応。
精霊王がブチ切れるのも致し方ない。
『ええい、許せぬ! 許せぬぞ人間ども!』
俺たちが事情を知ると同時に精霊王もインターバルを経て復活してきた。
『我ら精霊に対して泥を塗るかのごとき侮辱ぶり! ここまで散々力を貸してやったというのに何という恩知らずか! このような邪悪な種族は生かしておく理由もない! だからこの精霊王は……精霊王はぁーッッ!!』
事情がわかってしまうと、この怒りにも納得できてしまう。
すべては我々人類のエゴから発した災いということか……。
ならば人間の罪は、人間が清算しなければならないな。
迷惑こうむった精霊たちのために俺たちが、問題を解決する!!